第475話

「エ、エレベーターで一緒になったのよ。タイヤキを持ってたわ」

「タイヤキ……? なんかイメージと違うよ?」

 確かにタイヤキをガツガツなんてのは、清純派アイドルのイメージじゃないわね。でもサバサバした物言いとか、プライベートの観音さんは意外にキツいのかも。

 麗奈さんが含みを込めた。

「前にみんなで行った時は、SPIRALの有栖川刹那とすれ違ったのよね。さすが最大手のマーベラスプロ、出てくる芸能人もトップクラスだわ……」

「詠ちゃんはそんなとこでお仕事してるんだね」

 ANGEのメンバーはどんどんN(一般人)やらC(モブ)にランクダウンしていく。

 それに歯止めを掛けたのは、律夏さん。

「響希チャンも麗奈も、もう一端のミュージシャンなんだからさ? ビッグネームに気後れしてるようじゃだめだよ」

「そ、そうですよ、速見坂先輩! 先輩だって、きっと」

 環さん、できることなら響希さんのこともフォローしてあげて……。

 詠は一足先にパフェを平らげ、満腹感に浸る。

「ごっち~。……で、お姉ちゃんたちのほうは? 声優のオーディションだっけ」

「だから話すまでもないったら。環さんはともかく、私は撃沈」

 うなだれるしかない私の一方で、環さんは興奮気味にまくし立てた。

「でっでも、プロの声優さんがいっぱいいて、びっくりしちゃいました。その、そこまで超有名なひとがいたわけじゃ、ないんですけど」

 敬語だから麗奈さんに言ったんだろうけど、響希さんが頷く。

「それもマーベラスプロの力なのかなあ。……あれ? なんでプロの声優さんがオーディションを受けるの?」

「えぇと……」

 と言いかけるも、私は眉根を寄せた。

 プロが審査を受けて、採用? 専門分野じゃないから、はっきりと説明できない。

 代わりに業界通の律夏さんが教えてくれる。

「キャラクターごとに声優を集めて、役者を厳選するんだよ。特にメインキャラの場合はね。だからたとえプロでも、キャラクターと相性が悪かったら落ちるわけ」

「じゃあ、栞さんたちは激戦区に放り込まれたんじゃないの?」

「だろーね。普通は脇役とか、そのへんから攻めるべきだと思うけど」

 やっぱり今回のオーディションは『無理難題』だったのよ。

 ミュージック・フェスタと違い、ろくな準備期間もなしに。しかも私はずぶの素人で、審査員にとっても時間の無駄にしかならなかったもの。

 詠がざっくばらんに切り捨てる。

「無茶苦茶じゃん? それ。タマキチだって、ほとんど実績ないわけでしょ?」

「タ、タマキチ……」

「お姉ちゃんの話を聞く限り、勉強になったわけでもないみたいだしさあ。あのグラサンのプロデューサーが、何も知らずに進めちゃったんじゃない?」

 かくして疑惑の矛先は雲雀Pへと向けられた。

 麗奈さんまで口を揃える。

「雲雀さんだったら、ありえる話だと思うわ。口止めされてたんだけど……実は、私と響希、とんでもないところを見ちゃったのよ」

「それって麗奈ちゃん、ひょっとして……あの夜のこと?」

「ええ。スタジオにお酒持ち込んで、真夜中に演奏」

 私と律夏さんは顔を見合わせた。

「初耳ですね……」

「そういや、夜中にふたりして起きてたことあったね。あの時かあ」

 あれは合宿の夜のこと。響希さんと麗奈さんが『ピアノの音が聴こえる』と言い出し、調べたらしいの。雲雀さんとふたりが面識あったのも、それがきっかけだったのね。

 井上社長も言ってたわ。

『あなたにはベースのほかに、作曲やら進行管理やら、色々と任せちゃってるから。雲雀が大雑把な分、皺寄せはあなたに来てるでしょうし』

 実際、雲雀さんのプロデュースはいい加減な気もした。

 それでもANGEの演奏を少し聴いただけで、メンバーの弱点を看破したんだから、音楽プロデューサーとしては本物かもしれない。

 律夏さんが溜息をつく。

「……まっ、変人ってことは井上さんも知ってるんだし。月島さんがいるうちは、これ以上の無茶はしないでしょ、多分」

「悪いひとじゃないと思うけどなあ、わたしは……」

「騙されるとしたら響希ね」

 とりあえず雲雀Pの素行については保留、と。

 麗奈さんが仕切りなおす。

「とにもかくにも、月末のレコーディングに備えないとね。メインボーカルは篠宮さんに頑張ってもらうとして、私や律夏もまだまだ問題点が多いから」

「ドラムが駆け足すぎるって?」

「自覚があるんなら、改善しなさい」

 レコーディングについて相談してると、本来は部外者の詠が口を挟む。

「ボーカルがタマキチってことは、響希っちや麗奈ぴょんは歌わないわけ?」

「詠さん? あだ名については、あとでちょっと」

 麗奈ぴょんのフレーズは流すとして。

 ANGEのパートデュエットについては、井上社長から注文がつけられていた。

「それが……メンバー全員に一通り歌わせたいらしいのよ、社長は」

「ってことは、お姉ちゃんもぉ?」

 私たちはボーカルとして篠宮環さんを迎えてる。にもかかわらず、井上さんはガールズバンドのアイドル性を重視してか、全員のパートを要求したの。

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