第466話
思い出したように響希さんが呟く。
「あ……パパの母校だよ、確か」
「宗太郎さんの?」
「うん。この夏はケイウォルスのオケ部を教えてるって、言ってたもん」
私たちにとっては名前だけの存在だったケイウォルス学園が、急に身近に思えてきた。
長瀬宗太郎の出身校……。会議室のノートパソコンで調べてみると、ケイウォルス学園のオーケストラ部は幾度となく全国大会へ進出、数々の実績を残してる。
雲雀Pが唇をへの字に曲げた。
「そういや長瀬宗太郎の母校で、天城はその娘だっけか」
「雲雀さん?」
「あーいや。この学校からお前らANGEに、依頼が来てんだよ」
律夏さんは疑問符とともに腕を組む。
「依頼って……まだ大した実績もない、ANGEに?」
「おう。学園祭でぜひ、ANGEにライブをやって欲しいんだとさ」
資金力のある私立の学校が文化祭に芸能人を呼ぶ、なんて話はよく耳にした。ましてやケイウォルス学園は世界有数のお金持ち学校だもの。
にもかかわらず、ANGEに出演の依頼を?
麗奈さんも話の出どころを訝しむ。
「まだフェスタに一度出ただけなのに、どうしてANGEを知ってるのかしら」
「わたしも変だと思います。なんだか話が上手すぎて……」
そう、ANGEは名前が売れるほど活躍してないのよ。CDの一枚さえリリースしていないから、ANGEの存在すら知らないひとのほうが多い。
ただ――ごく一部の界隈で、ちょっとだけ噂にはなっていた。あの葛葉律夏がドラムをやってる、ってふうにね。
頭の中で整理しつつ、私はみんなの疑問を代弁した。
「ひょっとしたら……響希さんが卒業生の、長瀬宗太郎さんの娘と知って、アプローチを掛けてきたんじゃないでしょうか」
当事者のような立場に置かれ、響希さんは困惑の色を浮かべる。
「ど……どうかなあ」
「その可能性はなきにしもあらず、だな」
雲雀Pは神妙な面持ちで続けた。
「まあギャラは弾んでもらえるし、コートナーグループとのコネクションに繋がるかもしれねえしな。ついでに、そのへんの事情に探りを入れてみるか」
「では、ケイウォルス学園の依頼は受けるんですね」
「おうよ。十月の末はそのつもりでいてくれ」
九月と十月と……忙しくなりそうね。
「お前らも文化祭でANGEの曲を演奏するってんなら、構わねえぞ」
「でもクラスでヨーヨーやるからなあ……あ、栞ちゃんは?」
「私のクラスは性格診断で――」
答えようとしたら、律夏さんに言葉を被せられた。
「そっちじゃなくって、ブラスバンド部。アンタレスと演るの?」
「そういえば……」
すっかり忘れてたわ。大羽栞はS女のブラスバンド部でもベースを担当してること。
「なんだ、掛け持ちか? クラブ活動ならいいけどよ」
「文化祭だけですので。練習には何回か、参加することになると思いますが」
「私たちも観に行くわ。頑張って、栞さん」
作曲のお仕事もあるから、私のスケジュールだけ密度が濃いかも。
雲雀Pがミーティングの締めに入る。
「……と、大体は話したか。何か質問はあるか?」
ここで響希さんが挙手。
「お仕事とは関係ないことなんですけど、その……さっき脱線した時の。月島さんの彼氏って結局、どんなひとなんですか?」
私と環さんもはっとして、プロデューサーの回答を待った。
雲雀さんがチッと舌打ちする。
「あいつはなぁ、カマトトぶってやがるが面食いで……すげえぞ? なんと彼氏は」
「そこまでですよッ!」
ところがあと一歩、話題の人物にとっては間一髪のタイミングで、怒号が割り込んだ。月島さんが勢いよく扉を開け、躍り込んでくる。
「私の話はいいですから、巽先輩は次のお仕事へ行ってください!」
「彼氏のことは喋ってねえんだから、がなるなっての」
雲雀さんはやれやれと席を立つと、逃げるように会議室を出ていった。
疑惑だらけのマネージャー(面食いらしい)が私たちを急かす。
「ほらほら、みなさんも。社長がお待ちです」
「はぁ~い」
女子会のチャンスを逸し、ANGEのメンバーはがっくりと肩を落とした。
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