第460話 『夜明けのスピカ』

 児童合唱団にいた、あの頃の私。

 両親の趣味が音楽で、叔父さんはライブハウスを経営してたから。妹の詠とともに、私も自然と歌や曲に関わることが多くなって。

 勧誘を受け、私は児童合唱団『スピカ』へ入った。

 私、大羽栞には、それなりの歌唱力があったようね。合唱団で歌うたびに認められ、ソロパートを担当する舞台もあった。

 でも、それ以上に認められたのが――作曲のセンスよ。

 合唱団のコーチこと神谷先生は、私のオリジナル曲に驚愕した。

「こいつはすごいぞ、大羽! 俺に任せておけ!」

 小学生の私も得意になったのを憶えてる。

 ただ、先生は私に堅く口止めした。

「……いいか? 大羽。曲を書いてるってことは、誰にも喋るんじゃないぞ。妹やご両親にも、だ。小学生が書いてると知られたら、舐められるからな」

 幼かった私は疑いもせず、先生の言いつけに従う。

 それは間もなく私の音楽に黒い影を落とした。大羽栞の楽曲を貶める、呪いとして。


「たかが一曲くらいで、何だ! また書けばいいだろ!」


 私の音楽は無残なまでに踏みにじられた。

 そのせいで、今なお作曲するのが後ろめたい。悪いのは私じゃないのに、罪悪感が背後から襲ってきて、私の曲を嘲笑うの。

『また奪われるのに? それでも発表するの? あなたは』

 そのたびに手が止まる。

 この呪いがある限り、私の音楽に自由はない。


                  ☆


 おかしなことになったなあ……と、今でも思ってるわ。

 大羽栞という高校生はS女子学園に通いながら、叔父さんのライブハウスでアルバイトをしていた。妹の詠が働いてたのを、引き継いだの。

 その縁あって、常連のバンドグループ『アンタレス』に声を掛けられた。

 アンタレスもS女の生徒なんだけど、ベース担当のメンバーだけ、ほかの学校らしいのよ。そこで文化祭では、私にブラスバンド部の一員として代打に立って欲しい、と。

「そんなに上手くありませんよ、私。あと、ものすごい緊張しぃですので」

「いいって、いいって。栞ちゃんもせっかくベース弾けるんだからさ」

 まあ常連を無下にするわけにもいかず……文化祭だけならと、妥協したのよ。

 そこまではよかった。文化祭のステージは緊張したものの、どうにか誤魔化せた感じ。

 しかしターニングポイントは翌年、前触れもなく訪れた。

 アンタレスの面々は学外の活動がメインで、部活のほうはそっちのけ。

 さすがにそれじゃ体裁が悪いから、私は新入部員の勧誘のため、ビラを張ったりしていたの。別に本当に部員が欲しかったわけじゃなくって、学校への言い訳のために。

 その時、ふたり組の新入生と出会った。

 絡まれた、といったほうが正しいかもしれない。

「響希チャン。相手、先輩だよ?」

「……エッ?」

「この通り……青のネクタイは二年生ですので」

「ごごっご、ごめんなさい! 本当にすみませんでした、先輩っ!」

 相手は私が二年生だという事実に驚いたわ。

 けど、こっちも『先輩』なんてふうに呼ばれて、気が動転しちゃって……。

「いいっいえ、わ、私のほうこそ……ダメな先輩で申し訳ありません。私なんて、新入生に敬語で話してもらえるような人間じゃないんです」

 おかげで、その夜はベッドで頭を抱え込む羽目になった。

 先輩として……いや、人間として痛すぎるでしょう? これは。

 そんな人間として情けない出会いを経て、私は天城響希さん、葛葉律夏さんと交流を始めることに。この時はまだ、バンドを組もうって話でもなかったから。

 ところが、響希さんが幼馴染みの麗奈さんとすれ違って……。実力を証明すべく、ライブを開催することになったの。

 そのライブには、私もベース担当として参加。

 しかも『私の作った曲』で、ね。

 だけど、それでもまだ終わりじゃなかった。ANGEの初ライブを、さる事務所の社長が観ていたのよ。バーチャル・コンテンツ・プロダクションの井上理恵さんが。

 もちろん私は困惑した。

「私たちは素人ですよ? 確かに響希さんは子どもの頃からピアノを弾いてますし、私もベースはそれなりに長いですけど……プロデビューだなんて……」

 それに対し、井上さんは言いきったの。

「技術なんて、デビューしてから磨けばいいのよ。完成を待ってからデビューだなんて、時間が掛かりすぎるうえに、伸びしろがなくってつまらないわ」

 この言葉が本気なのか、建前なのかはわからない。

 でも、とりあえず夏のミュージック・フェスタを目標に据えることで、話がついた。私はANGEのベース担当兼・作曲家の大羽栞として、活動することになる。

「ありったけの曲を全部、まわしてちょうだい。公開してない分もあるんでしょう?」

 正直なところ怖かった。

 よく知りもしない事務所の社長に、自作の音楽を渡したりして、大丈夫なのかって。半分は提出せずに隠そうかとも考えた。

「信用しろ……というのも、難しい話よね。無理にとは言わないわ」

 でも、私は『あの呪い』を克服したかったのかもしれない。

 井上さんの言葉を信じ、すべての楽曲を提出。

 数日後には『採用』の返事が来た。それとともに、

「作曲家としてのハンドルネームは考えてたりするのかしら?」

「あ、いえ……ありません」

「そう? じゃあ『大羽栞』で進めるわね」

 何が起こってるのか、わからなかったわ。やがて私の曲は、ミュージック・フェスタという大舞台で日の目を見ることに。

 しかも、次はCDを発売?

 どうやら私、とんでもないバンドに関わってしまったようね。

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