第449話
次の曲も、さらに次の曲も、ミュージック・フェスタの時より上手に思えた。なんだかんだで環ちゃんの歌唱力が高いから、わたしたちも合わせるのが楽しい。
「パートデュエットの編成も考えなおさないとね」
「私はバックコーラスでお願いします」
演奏すればするほど、新しい可能性が見えてくる。
「そ、そろそろ休憩に……はあ、しませんかぁ? 速見坂先輩……」
「あっ、ごめんなさい! 今日が初めてなのに、いきなり無理させちゃったかしら」
やがて環ちゃんは歌い疲れ、休憩を取ることに。みんなでリビングへ戻り、栞ちゃんは癒し系の王ことタメにゃん様にダイブ。
「もふぅー!」
「独り占めしないでよ? 栞チャン。タメにゃんはみんなのアイドルなんだから」
その後ろでは律夏ちゃんがやきもき。メインボーカルの参入がどうより、タメにゃん様を巡って、メンバー間に亀裂が入るかもしれなかった。
も、もちろん? わたしは寛容だから、みんなに譲るよ?
夜は好き放題にモフモフできるし……。
そんなタメにゃん信者たちを尻目に、麗奈ちゃんはリビングを見渡した。
「響希、宗太郎さんは? 音大も夏休みでしょう?」
「母校のオーケストラ部を教えてるんだって」
今日はタメにゃんのせいで出番のないスピーカーを、環ちゃんが珍しそうに覗き込む。
「響希の家って、ほんとに音楽三昧なのね。これもお父さんの?」
「そうだよ。なんか掛けてみる?」
曲は麗奈ちゃんに任せて、わたしはみんなの分のアイスを取りにキッチンへ。
その後はショパンをBGMに涼みながら、夏休みの残りについて相談。律夏ちゃんと栞ちゃんも席につき、アイスクリームに手を伸ばした。
「ふう~。響希チャン家でまったりするのも、久しぶりだね」
「フェスタで燃え尽きた感はあります」
一気にダラけの雰囲気が濃くなる。
ミュージック・フェスタのステージはゴールじゃない――それはわかってる。けど、わたしたちだってカタルシスの余韻にはもう少し浸りたかった。
「ところで……追い詰める気はないんですけど」
と前置きしたうえで、栞ちゃんが環ちゃんに問いかける。
「環さん、受験のほうはいいんですか?」
「そうよね。篠宮さんには演劇部の活動だって……」
麗奈ちゃんも心配そうに、中学三年生の環ちゃんをまじまじと見詰めた。
環ちゃんはさらっと答える。
「演劇部との兼ね合いは取れてますので、心配しないでください。受験も今の調子なら、内部受験なしで進学できますから」
「え? どーゆーこと?」
その続きを教えてくれるのは、L女学院の麗奈ちゃん。
「L女の場合は、中等部一年から三年までの成績次第で、受験せずとも内部進学ができるのよ。私も去年はその方法でパスしたわ」
「ふうん……じゃあ成績が悪かったら、外部受験と同じ扱いになるの?」
「そうでもないの。内部生は若干、有利な条件で受験できるから」
中等部からのエスカレーター式にも、色々事情があるんだなあ……。
環ちゃんは胸を張る勢いで意気込む。
「高等部に行きたくて、ず~っと頑張ってましたからっ」
「頼もしいわね。待ってるわ」
と言いかけ、麗奈ちゃんは瞳を上へ転がした。
「篠宮さんも寮でしょう? ひょっとしたら、同じ部屋になるかもしれないし……」
「エッ?」
環ちゃんのアニメ声が裏返る。
「学年が違ってて、ルームメイトってあるの?」
「ええ。中等部と高等部は別にしても、L女は年齢で垣根を作ることを、よしとしないとか、何とか……このへんはうろ覚えだけど」
律夏ちゃんは頬杖をつくと、色っぽい調子で思わせぶりに囁いた。
「あたしと響希チャンが一緒に寝るようなもんだね」
「り、律夏っ? あなた、また泊まったりしてるんじゃ……」
「アハハ! だったら、どうするわけ?」
おどける律夏ちゃんを麗奈ちゃんが睨みつけ、そんな麗奈ちゃんの横顔を、環ちゃんがはらはらと見守る。
その時、賢者が迷える子羊たちに救いの一言。
「タメにゃんでもぎゅっとして、落ち着いたらどうですか? みなさん」
「うぅ……。か、借りるわよ? 響希ぃ」
環ちゃんは床で膝をつき、タメにゃん様のお腹へ頬擦りし始めた。
ひとまずのところ、環ちゃんの部活や受験に支障はなし……と。でも、だからといって負担を掛けるわけにもいかないよね。
そもそも環ちゃんには、バンドのほかに目的があるんだもん。
律夏ちゃんが真面目な顔つきで切り出す。
「環チャンもいることだし……ここいらで一度、プロ活動について、ちゃんと割りきっておくべきじゃない? なし崩し的に付き合って、あとで『嫌だ』となってもね」
それはANGEの結束を揺るがしかねない、デリケートな警告。だけど、今後もこのメンバーで一緒にやっていくんだから、避けては通れなかった。
麗奈ちゃんはばつが悪そうに、それでも正面を切る。
「私はもとよりデビューが目当てでANGEに入ったから、ちょっと耳が痛いわね」
そして深呼吸で間を置き、
「でもフェスタの夜、響希とも話したの。プロ活動であってもなくても、あなたたちと、これからも一緒に音楽を続けたいって……これでどうかしら? 律夏」
「そこまで考えてくれてるなら、あたしも異存ないよ」
麗奈ちゃんの真摯な抱負を、律夏ちゃんも真正面から受け止めた。
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