第413話 『天使の翼を』 #2
L女学院の寮で迎える、週末の朝。
梅雨の合間に見え隠れする青空が気持ちいいわね。でも、もうじき暑くなるはず。
L女の寮は部屋ごとに洗面台があって、小さいなりに役に立ってた。私、速見坂麗奈は冷たい水で顔を洗い、まだ少しまどろんでいたらしい目を完全に覚ます。
そう、学校では『速見坂』よ。
実家の『青龍』じゃ仰々しいから、お母さんの旧姓を名乗ってるの。
ただ、それでも青龍家の息女であることは変わらなかった。本来は寮生がふたり一組で住む部屋を、ひとりで使わせてもらってるんだもの。
もちろん寮を希望する生徒が奇数なら、ひとりだけ余るんでしょうけど……。
おかげで部屋は独り占めできるものの、ルームメイトとの出会いにも恵まれなかった。
隣のベッドは春からずっと空っぽ。勉強机も片方は本棚のスペアと化してる。
原則としてルームメイトの交換や部屋の変更は禁止だから、卒業まで、私はひとりで部屋を使うことになりそうね。
でも先日、ちょっとした噂を耳にした。
寮生によっては、学期の節目に実家へ移るひともいるらしいのよ。やっぱり実家から通学しようってことね。逆に長距離の通学に辟易して、寮へ入ってくる生徒もいる。
そうして寮生が増減することで、部屋割りにも変動が生じるわけ。
ルームメイトが退寮したために、ひとりになるパターンとか。入寮のタイミングで空いてる部屋にまわされたら、ひとりだったパターンとか。
その際に部屋割りの整理がおこなわれると、新しいペアが成立する。
つまり私も今後の寮生の動き次第では、ルームメイトと出会えるかもしれないの。L女学院が青龍家の私を特別扱いしていなければ、の話だけどね。
でも……やっぱり、ひとりのほうが気楽かしら?
仮にルームメイトができても、下手に遠慮して、気疲れしちゃう気もするし。それに家のことで探りを入れられたりするのも、ちょっと……ね。
自分が『青龍麗奈』であることに、私は少なからず負い目を感じてる。
実際、お嬢様扱いされるたびに困惑したわ。
海外にいた頃もそうよ。言葉が不自由なのを別にしても、私は自分と周囲の間に一種の『ズレ』を感じていたもの。
きっと、生まれた時から青龍家にいたなら、お嬢様然と振舞えたんでしょうけど。
小五で自分の出生を知るまでは『普通の女の子』だったからこそ、私はいつまで経っても己の立場に違和感を拭いきれず、ミスマッチを引きずっていた。
「ルームメイト、か……あら?」
ふとケータイが鳴り出す。朝一で掛けてきたのは、幼馴染みの響希。
『麗奈ちゃん、おはよう! 今日の練習なんだけど――』
「街でカラオケ? ……あぁ、私にも歌のパートはあるものね」
今日の練習はお昼からのところ、朝から集まって、カラオケに行こうですって。
「私と響希のふたりで?」
『違うよ。律夏ちゃんと、栞ちゃんと……』
当然のことながら、ふたりで遊ぼうってお誘いじゃなかった。
べ、別に? 響希とふたりきりがいいってわけじゃないけど……。
『そうそう! この間の女の子も連れてきてくれないかなあ、麗奈ちゃん』
「この間って……篠宮さんを?」
『うん、環ちゃんだっけ? なんか誤解されてるっぽいから、お話したいんだー』
篠宮さんはANGEのメンバーじゃないのに?
けど、響希の言うことにも一理あった。
篠宮さんに決して悪気はない、とは思うものの、ライブハウスではひと悶着があったばかり。私としても、篠宮さんをフォローするための機会が欲しかったところなの。
響希のほうからきっかけを作ってくれて、むしろ助かったわ。
「じゃあ、篠宮さんにも声を掛けてみるわね。同じ寮生だから一緒に……ええ」
『ありがとー、麗奈ちゃん。またあとでねっ』
響希との通話を終え、続いて篠宮さんにコールを掛ける。
『ははっ、速見坂せんぴゃい? おっおぉ、おはようございまひゅ!』
「そんなに噛まなくても……おはよう、篠宮さん。今日の午前中って空いてるかしら?」
『だい、大丈夫です。……え? 先輩とカラオケに? 行きます、行きますっ!』
「それじゃ、門のところでね」
にしても……カラオケなんて本当に久しぶりだった。
海外で友達に誘われて、何度か行ったくらい? また向こうの友達にエアメールを出しておかないと、ね。
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