第383話
シンセサイザーを相手に悪戦苦闘するうち、陽も暮れる。
初心者用の動画を探しても、わたしの知りたいことをピンポイントで教えてくれるわけじゃないから、時間が掛かるの。
やがて、エプロン姿のパパがわたしを呼びに来た。
「響希~。今夜はパパ特製ハンバーグだぞ、冷めないうちに……おや?」
その目が昨日まで我が家にはなかった、新入りのシンセサイザーを見つける。
「シンセなんてどうしたんだい?」
「友達の伝手でね、貸してもらったの。だけど、使い方がよくわからなくって……」
「ふむふむ。響希はずっとピアノだったからねえ」
音楽教師だけあって興味はあるみたい。パパはシンセサイザーをまじまじと見詰め、感心したように舌を巻いた。
「――社製のミドルモデルか。なかなか上等なやつだよ、これは」
「わかる?」
「もちろんさ。お夕飯のあとで教えてあげよう」
最初からパパに聞くべきだったかも。
ただ、ピアノ以外の楽器を触ってるとこ、パパに見られるのは抵抗があった。パパは娘のわたしが『お母さんのピアノ』を弾くのが、何よりも好きだから。
「シンセのお礼、やっぱり何かしたほうがいいかな? パパ」
「そうだねえ……」
シンセサイザーをひと撫でして、パパが呟く。
「響希が上手に弾けるようになるのが一番、喜んでもらえるよ」
お値段に気後れするなってことだね。
このシンセが現役なら、わたしも現役! 頑張ろうっと。
放課後はパートナーとケータイで連絡を取りあいながら、二年生のフロアへ。
「コードネーム・スカイブルー、どーぞ」
『こちらスカイブルー。ターゲットはまだ捕捉できません、ドーゾ』
わたしと律夏ちゃんとで今、大羽栞ちゃんを調査中なの。
栞ちゃんはS女子学園の二年二組で、ブラスバンド部に所属してる。でもってライブハウスの支配人さんの姪っ子で、ベースが弾けて、おそらく音楽の造詣も深い。
そして作曲も手掛けてるみたいなんだよ。
『本当に、そのっ! さっき葛葉さんが弾いてた、勝ち組の曲ではありませんので……』
ライブハウスで相談した時の、この反応……間違いない。
栞ちゃんはオリジナルの楽曲を隠し持ってる。
その真相を探るべく、わたしと律夏ちゃんは作戦を開始した。
律夏ちゃんから発見の一報が届く。
『ターゲットを捕捉! ブラスバンド部の部室へ向かう模様。アースレッドはターゲットについて聞き込み調査に入ってください。ドーゾ』
「了解しました」
そんなスパイ活動を二年の教室の前で堂々とやってたら、声を掛けられちゃった。
「面白い一年生ね。誰かに用事?」
「あ、えぇと……ちょっと聞きたいことがあるんですけど。二組のかたですよね」
初対面の先輩たちに少し遠慮しつつ、尋ねてみる。
「栞ちゃ……大羽栞先輩って、どんなひとなんですか?」
先輩たちは不思議そうに顔を見合わせた。
「大羽さん? おとなしい子よね……よくイヤホンで音楽聴いてる感じ?」
「ブラスバンド部でベースやってるにしては、目立たないかなあ。でも同級生にも礼儀正しいし、悪い子じゃないよ」
なるほど、なるほど……クラスメートの印象はまずまずみたいだね。
栞ちゃんには悪いけど、栞ちゃんが部室にいる間に情報を集めておくことに。
「ブラスバンド部って普段は何やってるか、ご存知ですか?」
「う~ん……あんま聞かないなあ。確か学外で活動してるんじゃなかったっけ」
「文化祭で演るくらいじゃない? 大羽さんも出てたでしょ、去年」
ブラスバンド部こと『アンタレス』はもっぱらライブハウスでの活動がメインで、学校では文化祭で演奏するだけ、と。
「正式な部活のはずだから、実績になるようなことはやってると思うよ?」
「色々とありがとうございます。参考になりましたー」
「どういたしまして。じゃあねぇ、一年生」
わたしは頭をさげ、ほかの先輩にも似たようなことを聞いてまわる。
「大羽さんはお昼、学食だよー」
「勉強はできるほうかな。たまにノート見せてもらってるし」
栞ちゃんはどうやらクラスメートから『おとなしい優等生タイプ』とみなされていた。バンドでベースを担当してるのは違和感あるって、みんなが口を揃えるほど。
「バンドやってるくらいだから、カラオケに誘ったことあるんだけどねー。恥ずかしがっちゃって、断わられたんだ」
「うちら、去年の学祭でブラバンは観てないから……」
それでも栞ちゃんはブラスバンド部に所属し、今日も部室にいる。
「こちらアースレッド、調査は完了しました。これよりそちらへ合流します、どーぞ」
『了解。ターゲットに動きなし、問題ありません。ドーゾ』
あらかた聞き込みを終えたところで、わたしは律夏ちゃんのもとへ急いだ。
S女子学園の一角にはプレハブのような部室棟があるの。すでに律夏ちゃんはブラスバンド部の部室の前で身を屈め、突入のタイミングを窺ってた。
「お待たせ。律夏ちゃん」
「しーっ。ゆっくりね、こっち」
この扉の向こうに今、栞ちゃんがいるはず……。
「表札とか掛かってないけど、ここで間違いないの?」
「栞チャンが入ってくとこ見たから」
わたしと律夏ちゃんは意を決し、部室のドアを少しだけ開いた。
ところが――そこで、栞ちゃんとはまったく無縁のグループを目撃する。
「……あれ?」
団体さんのほうもわたしたちに気付いて、振り返った。
逞しい身体つきが目を引く。
「うちの部、ミーティングの最中なんだけど……ああ、ひょっとして入部希望の?」
「入って、入って! ふたりも来てくれるなんて、嬉しいなあ」
「え? ええっ?」
女子レスリング部でした。
栞ちゃんにまんまと嵌められちゃったわけ。律夏ちゃんの追跡を振りきるため、レスリング部の中を通って、窓から抜けたのかも。
「怖くないよ。ちゃんと練習すれば、怪我することもないからね」
「ふたりはウェイト、どれくらい? ちょっと立ってみてー」
その後は逃げるに逃げられず、体重まで白状させられてしまった……うぅ。
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