第345話
その後もゲームセンターで遊び倒すうち、お腹が空いてきた。正午をまわり、日曜日のレストランはどこも繁盛している。
『僕』と腕を組みながら、里緒奈はカントリー調の喫茶店を指差した。
「Pクン、あれ! あのお店、すっごく可愛くって美味しいの!」
「じゃあ、お昼はあそこにしようか」
窓際の席が空いていたこともあって、『僕』たちはその店でお昼を済ませることに。
向かいあって席につくと、周囲の視線は気にならなくなった。『僕』はお手軽サイズのピザ、里緒奈はサンドイッチのセットと、それぞれ飲み物を注文する。
さすがランチタイム、料理はすぐに運ばれてきた。
ケータイでその写真を撮りながら、里緒奈が八重歯を光らせる。
「ちょっと交換してよぉ、Pクン。ピザも食べたいの」
「そうだね。取っていいよ」
その頃には『僕』も大分、落ち着いていた。
午前中は初デートに身構えていたものの、相手は気心の知れた女の子。天真爛漫な里緒奈と遊ぶうち、『僕』のほうも自然体になってくる。
ランチの量を抑えめにしたのは、スイーツに備えてのこと。
「あとでクレープ食べようね、クレープ!」
「はいはい。……っと」
食いしん坊の頬にピザのソースを見つけ、『僕』はティッシュを取り出す。
「ついてるぞー」
「どこ? 拭いて、拭いて。……ン」
デートというより、歳の離れた妹をあやしている気分になった。
もちろん本物の妹(美玖)は顔にソースをつけたりしないし、『僕』に拭かせることなど絶対にしない。そんな美玖に比べると、里緒奈は隙だらけで少し不安になる。
「次はどこに行こうか?」
「お買い物かなー。ゲームセンターでぬいぐるみは取ってくれなかったから、何かプレゼント! リオナ、新しいストラップが欲しいんだけど……だめ?」
里緒奈のいとけない瞳が『僕』をまじまじと見詰めた。相変わらず甘え上手な妹分に、ころっと騙されてやることにする。
「それくらいなら構わないよ。ストラップだけでいいの?」
「Pクンも! お揃いにしよっ」
コーヒーで一服して、午後はショッピングへ。
認識阻害の魔法はしっかり効果を維持しており、里緒奈が素顔を晒していても、誰もアイドルとは気付かない。
里緒奈たちのほうが魔法に順応しているおかげでもあった。仮に『僕』から魔力の供給が途切れても、一日くらいなら持つはず。
『僕』は安心してデートに勤しむ。
当然、里緒奈がストラップを買いに直行するはずもなかった。
「Pクン、見て見て! タメにゃんのグッズがあんなに!」
「う~ん……僕にとってはライバルなんだよね、タメにゃん。被ってるってゆーの?」
「また対抗意識ぃ? はいはい、Pクンが一番カッコいいってば」
何度も寄り道しては、無邪気な瞳を輝かせる。
里緒奈も年頃の女の子、特に洋服には興味があるらしい。四月の半ばとなると、売り場もすっかり春物一色だった。
(僕はいつも全裸だからなあ……う~ん)
我ながら自分の変態ぶりにげんなりとする。
入浴以外はぬいぐるみの姿でいるため、『僕』が服を着ることは稀だった。手持ちの洋服も少なく、今日も面白味のない恰好で里緒奈の隣を歩いている。
里緒奈のほうはバッチリめかし込んでいるのに。
この有様では申し訳なくなってきた。
「ねえ、里緒奈ちゃん。Tシャツも見て行かない? 何枚か欲しいんだ」
遠慮がちに提案すると、里緒奈は前のめりの勢いで頷く。
「じゃあね、リオナがPクンにぴったりの選んであげる! Pクンも裸でうろうろしないで、おしゃれしなくっちゃ」
ほかの客が『エッ?』と慄いた。
(誤解されちゃったかなあ、今の……)
訝しげな視線を背中に感じつつ、『僕』は里緒奈と一緒に次の店へ。
しかし里緒奈が嬉々として持ってくるTシャツは、プリントの文字が『健康第一』だの『焼肉定食』だの。明らかに『僕』をオモチャにして遊んでいる。
「どっちがいーい? Pクン。両方買っちゃう?」
「もうちょっと、こう……ビビッドな方向性で頼めるかな」
「え~? ビビッドなPクンって、何それ~」
一通りのショッピングを終える頃には、もう3時近くになっていた。『僕』たちはS女でも話題のクレープ屋へ寄り、公園のベンチで一休み。
「落とさないようにね」
「リオナ、そんな子どもじゃないってば」
「怒っちゃった? ごめん、ごめん」
自惚れるな、と自分に言い聞かせながらも、『僕』は恋人同士の甘い一時を堪能してしまった。里緒奈も『僕』にべったりと寄り添い、1センチと離れようとしない。
自然と『僕』が彼女の肩に腕をまわす姿勢になる。
里緒奈が食べかけのクレープを『僕』の口元へ近づけてきた。
「Pクン、リオナのも食べてみる?」
「え? えぇと……でも」
「もお。こーいうのは素直に応じるものなのっ」
こちらは躊躇うものの、いたいけな上目遣いが有無を言わせない。
「はい。あーん」
「あ、あーん……」
観念しつつ、『僕』はおもむろに口を開けた。イチゴ味らしいが、動揺のせいでよくわからない。わざとらしくそっぽを向き、無言で咀嚼する。
「あはっ、クリームついてるよぉ? Pクン」
不意打ちで頬をぺろっと舐められた。
危うく自分のクレープを落としそうになりながら、『僕』は目を見開く。
「り、里緒奈ちゃん? 今……」
「サービス。男の子のPクン、優しくってカッコイイんだもん」
里緒奈は照れ笑いを綻ばせた。そして『僕』に寄り添いながら、本音を吐露する。
「いつものPクンも、その、頼りになるけど……。SHINYが大人気なのって、Pクンがプロデューサーのお仕事、頑張ってくれてるからでしょ?」
『僕』もプロデューサーとして正直な気持ちを彼女に打ち明けた。
「逆だよ。里緒奈ちゃんが頑張ってるから、力になりたくて……魔法の修行なんて、本当はどうでもいいんだ。もっと……ステージの里緒奈ちゃんを応援したくってさ」
「Pクン……」
互いに視線を吸い寄せられ、見詰めあう。
クレープで口元を隠しつつ、恥ずかしそうに里緒奈が囁いた。
「サ、サービス……特別にもっと、してあげよっか?」
「え?」
「だから……今夜、ね? 日曜日だけど、お風呂で待ってて。エヘヘ」
まだデートは終わらないらしい。
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