第343話
スポンジを脇に置き、里緒奈が背中に抱きついてくる。
「Pクンってば、ほんと面白ぉい!」
濡れそぼったスクール水着が、ソープを絡めつつ『僕』を擦った。薄生地越しにはっきりと彼女の柔らかさも感じられ、鼓動が跳ねあがる。
「ちょちょっ、里緒奈ちゃん?」
「抱っこなら毎日してるでしょ? Pクン」
おそらく里緒奈には、これは行き過ぎたスキンシップだという自覚がなかった。無邪気な笑みを浮かべ、『僕』の胸やお腹にてのひらを這わせてくる。
「でも……なんだろ? ぬいぐるみのPクンを抱っこするより、気持ちいいかも……」
しかも色っぽい吐息を『僕』の首筋に添えながら。
(うわあああ~ッ!)
おかげで『僕』は大混乱に陥った。
かろうじて自主規制はガードするものの、里緒奈のアプローチに成す術がない。巨乳らしい曲線の感触にも思考を遮られ、息をするだけがやっと。
ところが『僕』も里緒奈も同時に固まった。
「里緒奈~! いるの?」
脱衣所に恋姫が入ってきて、ふたりで肝を冷やす。
(ややっやばい! やばいよ、里緒奈ちゃん!)
(声出さないで! え、ええっと……!)
咄嗟に『僕』は変身し、湯舟へダイブした。
お湯の外には里緒奈だけが残り、スモークガラス越しに恋姫に答える。
「ど、どうかしたのぉ? 恋姫」
「お部屋にいなかったから……お風呂なら一番に入ってなかった?」
「か、髪洗うの忘れちゃって! ほんと、それだけ」
スクール水着を着ていようと、シルエットは変わらないはず。
「じゃあ、あとでいいわ」
恋姫はあっさりと引き返していった。
と思いきや、足を止め、扉越しに再び声を掛けてくる。
「里緒奈……あなた、着替えは?」
「っ!」
同じ湯舟の中で『僕』たちはぎくり。
ここで隠れるべきは里緒奈であって、『僕』ではなかったらしい。里緒奈が入浴の事実を誤魔化すために、パジャマを隠したのが仇となった。
「タ、タオルんとこに置いてあるの!」
「え? ならいいけど」
関心が薄いのか、恋姫は今度こそ引きあげていった。
里緒奈が胸を撫でおろす。
「危なかったあ……失敗、失敗」
「本当だよ。慌てた僕も悪いんだけどね」
『僕』も変身を解きつつ、ほっとした。
正体が人間の男子とバレるだけならまだしも。女の子と一緒に内緒で混浴――などという事態が明るみになれば、どうなっていたことやら。
何せプロデューサーがアイドルを連れ込んで、セクハラ紛いのバスタイム。温厚な月島社長も怒髪天を衝くのは、想像に難くなかった。
この危機をまた体験しようとは思わない。
「や、やっぱり寮だとバレそうだし、お風呂デートは当分なしってことで……」
ところが里緒奈はけろっと断言した。
「だ~めっ。スリルがあるから、いいんじゃない?」
友達の悪戯に付き合わされる、気の弱い少年少女の心境が、今ならわかる。
「それよりぃ、約束のお姫様デート。リオナ、思いついたんだけど」
嫌な予感がした。
「な……何を?」
「SHINYのみんなで一緒じゃなくって、ひとりずつ。でね? Pクン、リオナとは男の子のほうでデートするの!」
『僕』は人生初のデートに唖然とする。
「ぼ、僕と里緒奈ちゃんの……ふたりで?」
「だからデートなのっ」
次の日曜日はさらなる危機が待っている――かもしれない。
☆
そして日曜日がやってきた。
ライブやイベントがない限り、SHINYも日曜は休暇と決まっている。これはマーベラスプロの方針で、休日に働いた分は必ず代休でフォローすることになっていた。
菜々留や恋姫は寮で過ごすらしい。
「ひとりずつデートしようなんて……ナナルはそれでも構わないけど」
「てっきり美玖も呼んで、みんなでスイーツでも食べに行くのかと思ってたわ」
里緒奈の『お姫様デートはひとりずつ』という提案に、ふたりは首を傾げたものの、ことさらに追及はしてこなかった。いずれ順番がまわってくるため、自分なりのお姫様デートで納得したのだろう。
「にしても……」
と、菜々留が里緒奈のスタイルに目を留めた。
「今日はまた随分と気合入ってるのね、里緒奈ちゃん。それ、新しい服でしょう?」
本日の里緒奈は柄入りのカットソーに、ミニのフレアスカート。髪には愛らしいシュシュを添え、爽やかな女子高生を演出している。
里緒奈は照れ笑いを浮かべた。
「そ、そお? せっかく買ったから、着ようかなって……」
「よく似合ってるわよ、里緒奈」
『僕』は嬉しさでぬいぐるみの胸を熱くする。
(僕とデートするから、おしゃれしてくれたんだ? よ、よぉし……)
そんな『僕』を抱え、里緒奈はデートへ。
「いってきまぁーす!」
「気をつけてねぇ」
しかし寮を出たところで、『僕』は里緒奈と一旦別行動となった。
「じゃあ、僕も着替えてくるから。二十分後でいい?」
「オッケー。見つからないようにね」
『僕』の技量では、変身の解除と同時に服を着ることができない。自分の部屋で裸の男子になってから、デートの準備を始める。
(う~ん……いつも着ないから、服って、あんまり持ってないんだよなあ)
我ながら裸族の発想に呆れつつ、異次元ボックスの中をごそごそ。
そもそも『僕』が普段からぬいぐるみの姿でいるのは、魔法を使うためだった。
人間の姿では大部分の魔法が制限されてしまい、お湯を沸かすか、異次元ボックスの出し入れ程度しかできない。認識阻害の魔法も効果が落ちる。
それがわかっているから、あらかじめ菜々留と恋姫には『今日は魔力を消耗してて、認識阻害が不完全なんだ。外出はなるべく最小限にね』と念を押していた。
(ふたりは予定もないって話だし……)
着替えを済ませたら、『僕』は静かに部屋を出る。
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