第340話
月曜の朝がやってくる。
『僕』たちはいつも通りの時間に起床し、登校の支度を済ませた。朝ご飯はトーストとサラダ、ハムエッグなど。プロデューサーとして栄養面に抜かりはない。
苦めのコーヒーを味わいながら、天気予報をチェックする。
「今週は晴れるみたいだね」
「ゴールデンウィークまで持つといいわねえ」
しばらく快晴が続くとの予報には、『僕』もほっとした。
「洗濯物は僕が干しておくから、行っておいで」
しかし毎度のように恋姫から厳しい念押し。
「お願いします。でも下着には触らないでくださいね? P君」
「触らないってば……」
ぬいぐるみの『僕』が溜息をつくと、急に里緒奈が立ちあがった。
「ちょっと、恋姫? Pクンがそんな変態っぽいこと、するわけないでしょ? ぬ・い・ぐ・る・み、なんだから」
唐突な反論に恋姫は目を点にする。
「里緒奈? どうかしたの?」
「べ、別にぃ? Pクンにはお世話になってるから、フォローしたくなっただけ」
菜々留も首を傾げていた。
「まあ確かに恋姫ちゃんは最近、少し言いすぎかもしれないわね」
「わ、わかったわ……P君もごめんなさい」
「僕は気にしてないよ? 全然」
里緒奈は座りなおしつつ、『僕』にだけウインクで合図する。今しがた『僕』がぬいぐるみだと強調したのも、例の秘密を守るため。
(参ったなあ……)
彼女に『僕』の正体が人間の男子だとバレたのは、一昨日のこと。里緒奈はほかのふたりには話さず、『僕』と秘密を共有することになった。
そのうえで『僕』と密会を提案。
月曜と木曜はお風呂で合流して、お喋りしよう――と決まってしまったのだ。
早くも今夜はお風呂デートがある。
それは里緒奈も意識しているはずで(いくら『僕』がぬいぐるみとはいえ)、アイコンタクトに含みを込めていた。
(アイドルとお風呂の約束だなんて……)
抵抗はあるものの、『僕』とて菜々留や恋姫に正体を知られたくはない。当面は里緒奈に調子を合わせることに決めた。
平日の朝は早い。間もなく三人は隣のS女子高等学校へ。
朝一で体育はないので、『僕』は家事がてらプロデュースの仕事を進める。
もちろんプロデューサーとして、ケータイくらいは持っていた。
「もしもし~。衣装についてなんですけど……」
SHINYのメンバーとSNSでやり取りすることもある。
『次のライブ用の衣装、できたってさ』
『やったあ! さすがPクン、頼りになる~』
『授業中でしょ!』
『恋姫ちゃんも読んでるじゃない』
そんな中、作ったばかりのホットラインに通知が来た。里緒奈とこっそり連絡を取りあうためのもので、少し緊張する。
『今夜の水着、リクエストある? リオナが着てあげよっか?』
『そーいうのはいいから!』
からかわれただけ――と頭ではわかっていても、ひとりでに胸が高鳴る。
まるで恋人同士のコミュニケーション。彼女イナイ歴が年齢とイコールの『僕』は、ワクワクせずにいられなかった。
(そ、そうだよ。気分だけ……気分だけ)
仕事の手を休めては、里緒奈のアイドルぶりを思い出す。
里緒奈はSHINYのセンターにしてムードメーカー。天真爛漫なキャラクターは多方面で大いに受け、『妹にしたいアイドル』ランキングでは四位をマークしていた(一位~三位はパティシェルが占めているので、敵うわけがない)。
そんな人気アイドルと秘密の関係。
優越感と背徳感とがない交ぜになって、『僕』を高揚させる。
「あ~~~!」
胸の疼きを堪えきれず、ぬいぐるみの『僕』はごろごろと床を転がった。
しかし一分後には我を取り戻し、自分の浅はかな妄想に辟易とする。
「……ないか。里緒奈ちゃんは僕のこと、異性として意識してるわけじゃないし……」
気を取りなおし、仕事を再開。
下着以外の洗濯物を干したら、授業のためにS女へ。
お昼休みは里緒奈たちのクラスでお弁当を食べるのが、恒例になっていた。『僕』がSHINYのプロデューサーであることは、生徒も知っている。
『僕』の背丈では机に届かないので、妹の膝に乗せてもらうことに。
「世話の焼ける兄さんね。まったく……」
「リオナが代わってもいいよ?」
「大丈夫よ。軽いから」
学校のほうは五月後半の期末試験まで、これといった行事もなかった。しかし生徒会は今のうちから体育祭、さらには秋の文化祭に向けて動き出しているのだとか。
生徒会役員の美玖が肩を竦める。
「文化祭はSHINYにライブして欲しい、なんて話も出てるんだけど……」
「ナナルはいいわよ。学校のみんなに観てもらえる機会って、なかなかないもの」
「でも事務所と相談しないことには……ですよね? P君」
菜々留や恋姫もプロらしくなってきた。
SHINYの結成当初はまだまだ仲良しグループの遊び感覚だったが、最近は実績を別にしても、マーベラスプロで評価が高い。これで世界制服が軌道に乗れば、いよいよトップアイドルの仲間入りも現実味を帯びてくる。
またマーベラスプロとしても、SPIRAL一強という今の状態には危機感を抱いていた。ナンバーワンさえ売れれば済むほど、芸能事務所の経営は簡単ではない。
だからこそ、SHINYには大きな期待が寄せられていた。
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