第334話
里緒奈は不思議そうに首を傾げる。
「そもそも、なんでリオナたちに黙ってたの? 今週には撮影が始まるんでしょ?」
「それは……お、怒られそう……だから?」
「当たり前じゃないですかっ!」
恋姫はぬいぐるみの『僕』を捕まえると、顔の部分が横長になるまで引っ張った。
「やめふぇえ? れんひひゃ~ん!」
「黙って企画を進めてた、Pくんが悪いのよ? んもう」
菜々留は落ち着き払って、お茶に口をつける。
「ナナルたちが身体を張るんだもの。Pくんも何かしてくれないと、不公平よね」
「……エ?」
『僕』と恋姫は同時に動きに止めた。
里緒奈が人差し指を立て、得意満面に微笑む。
「じゃあじゃあ、Pクンの奢りでお姫様デートとか? えへへっ!」
「エッ?」
「そうね……P君が反省するなら、それもいいかしら」
「エエッ? それって……」
お姫様デートという言葉は、彼女のいない『僕』でも知っていた。デートの間、彼氏は彼女のおねだりをすべて聞かなくてはならないという、恐るべき慣例だ。
しかも『僕』の場合、相手は女子高生が三人も。財布だけで済むならまだしも、何を命令されるか、わかったものではない。
「どーお? Pくん。ナナルたち、お姫様デートで手を打ってあげてもいいけど……」
それでも企画のため、背に腹は代えられなかった。
「わ、わかったよ。何でも言うこと聞くから……そ、そのぅ」
頭を下げると、菜々留に念を押される。
「スクール水着を着てくださいって、ちゃんと大きな声で、約束して?」
「う……うん。スクール水着を着て、く、ください……」
次の瞬間、菜々留の手元でケータイが音を立てた。
『スクール水着を着て、く、ください……』
まさかの録音。『僕』は愕然として、菜々留の柔らかい笑みに戦慄する。
「もし約束を破ったら……これ、美玖ちゃんに聞かせちゃうわね」
「ヒイッ!」
『僕』の頭脳は一瞬のうちにバッドエンドまでの全ルートをシミュレートした。今の台詞を妹に聞かれたら最後、修行に物言いがつく可能性もある。
お調子者の里緒奈はウインクを決めた。
「いいじゃない、Pクン。リオナたちの水着も拝めるんだし」
「妖精さんじゃなかったら、とっくに死刑ですよ? 猛省してくださいね」
恋姫の言葉がさらに『僕』の心胆を寒からしめる。
彼女たちが酌量してくれるのは、あくまで『僕』が人畜無害な妖精さんだから。もし本当は人間の男子だと知られたら――死ぬ。
同時に『僕』はもうひとつの可能性に気付いた。
(ひょっとして……?)
恋姫の『妖精じゃなかったら』という言葉は、裏を返せば、『僕』が本当は人間だという事実を知らないことになる。
つまり――SHINYのメンバーは『僕』をぬいぐるみの妖精と思っている。
思い返せば、『僕』は里緒奈たちの前で一度も変身を解いたことがなかった。『僕』の技量では変身の魔法と、服の出し入れを同時にできず、素っ裸になるために。
もちろん、今さら『本当は人間だよ』と白状できるはずもない。
(部屋の着替えとか、異次元ボックスに隠しといたほうがいいか……)
臆病風に吹かれながら、ひとまず『僕』は誤魔化す方向で進めることにした。
「じゃあ今週は水曜がCMの撮影で、木曜は雑誌のインタビュー。土曜は朝から世界制服のスタートってことでいいかな」
「リオナはりょーかい」
「ナナルも了解よ」
「レンキは納得したわけじゃありませんからね?」
こうしてSHINYのアイドル活動は繁忙期へ突入する。
☆
昨日に続き、今日も生憎の雨。
とはいえS女のプールは屋内のため、天候に左右されずに練習できる。金曜の放課後は『僕』も水泳部に合流し、指導に力を入れていた。
「P先生、バタフライ教えてぇー」
「オッケー。それじゃ、僕の頭に跨って……そうそう、それからうつ伏せに」
バタフライは全身を波打たせるところに難しさがある。
これを習得するには、習うより慣れろ。プールサイドでうつ伏せに寝そべる女の子のデルタへ『僕』が潜り込めば、バタフライの理想的なフォームになった。
あとは『僕』が繰り返し跳ねて、相手にバタフライの動きとリズムを教えるだけ。
「きゃっ? こ、こんなふうに、やん、腰を動かすんですかあ?」
「次は自分でやってごらん?」
この方法は効果がてきめんで、水泳が苦手な女の子でもバタフライを習得できた。今回の女の子も、最初のうちは腰つきがぎこちなかったものの。
「ンッ、はあ……あっ、できました! こおですか?」
「うんうん。その調子」
『僕』を支点にして、お尻を小気味よく弾ませる。
水泳部の皆は順番待ちの様相を呈していた。
「フォームを見直すなら、やっぱりP先生の個人レッスンだよね!」
「次は私に平泳ぎ教えてよ~。ほら、後ろから浮き身を支えてくれるやつ」
「任せてよ。すぐに僕が泳げるように――」
ところが『僕』の眼前に、何やら鋭いものが飛び込んでくる。
「んばぶっ!」
部員の股下からボールを掠め取るような、ストライカー級の一撃。『僕』は水平近くに蹴り飛ばされ、プールの水面をホップ、ステップ、ジャンプで沈む。
「ほんっと、ヘンタイなんだから!」
殺人蹴りを放ったのは、妹の美玖だったらしい。
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