第275話

 このお城は『ウェスター城』っていうんだって。

 高さはVCプロのビルほどもないけど、敷地は思いのほか広くて、厩舎や弓の訓練場なんてのもあった。ファンタジー映画の舞台にはもってこいだわ。

 今回はバイクも登場する、現代のお話だけど。

 すでに大半のスタッフは現地入りして、てきぱきと撮影の準備に取り掛かってた。水道は通ってても、電気は通ってないから、わざわざ街からケーブルを引いたそうよ。

 子役時代に鍾乳洞で撮影したのを思い出す。あれも大変だったなあ……。

 まずはNOAHの結依に倣って、元気が取り柄の挨拶から。

「おはようございまーす!」

「おっ? リカちゃん、鳳さんも! 遠かったでしょ」

 スタッフのみんなは作業がてら、明るい笑みで迎えてくれた。

「蓮華さん、監督は? 挨拶しなくっちゃ」

「そうね。英梨香さんもついてきて」

 その後もスタッフと挨拶を交わしつつ、アタシたちは大野監督と対面を果たす。

 画将の異名を持つ、映画業界きっての大物よ。当の本人は髭を蓄え、いかにも職人気質って雰囲気を醸し出してた。

「ようこそ。鳳、玄武。それから……すまない、スタントの代理だったな」

 さしもの英梨香さんも少し緊張してる。

「高須賀英梨香です。なにぶん初めてですので、どこまでやれるか、わかりませんが」

「話は聞いてる。あとで身体能力と運転技術をテストさせてくれ」

 構わず、大野監督はアタシに鋭い視線を向けなおした。

「で……お前が玄武リカか」

 アタシはあらかじめ用意してた常套句で切り出す。

「貴重な代役に抜擢していただいて、本当にありがとうございまーす!」

 恒例のご挨拶ってやつよ。プロにはこういうスキルも必須なの。

「素敵な映画にできるよう、みなさんとともに一意専心、ガンバりますので……」

「お前、歳は?」

 ところが、アタシの社交辞令は急な質問で遮られた。

「16……ですけど」

 大野監督は眉ひとつ動かさずに続ける。

「本来の役者は二十歳を過ぎてた。しかしサキは17だ。歳のうえでは、玄武のほうがよりリアルに仕上げられるだろう」

 アタシが演じるのが、その『サキ』って女の子。

 17歳のキャラクターなら当然、十代の役者が演じるほうがいいわ。二十代の俳優が高校生を演じたりするのって、無理があるでしょ。

 でも、それなら――。

 と思ったことを、蓮華さんが問いかける。

「十七歳の役でしたら、最初からリカちゃんにお願いしてもよかったのでは?」

 大野監督は一秒と間を置かずに、かぶりを振った。

「候補には挙がったが、玄武ではサキのイメージに合わなかったんだ。まあ、代役という形にせよ、こうして来てもらったからな。期待はしている」

 その視線が再びアタシを射竦める。

「わかったな? 玄武」

「は……はい!」

 アタシは柄にもなく姿勢を正し、返事に力を込めた。

 今の監督の言葉はアタシに釘を刺すものだったの。代役だから妥協してもらえるなんて思うなよ、元の役者以上に演ってみせろ、ってね。

 監督らへの挨拶を終え、アタシは蓮華さんとともに下がる。英梨香さんはスタントの件でまだ話があるんだって。

 蓮華さんがアタシの耳元で声を潜めた。

「どう? リカちゃん。噂の大野画将の感想は」

「う~ん……根っからの職人タイプ? 演技の指示とか厳しそ~」

「うふふ、間違ってないわね。わたしも初めてお会いした時は、気圧されちゃったもの」

 薄々予感はしてたけど、アタシの苦手なパターンかも。 

 何より驚いたのは、挨拶も抜きにして、いきなり映画の話を振ってきたこと。

 顔合わせの際は、握手のひとつでもするところよ? 単に女子のアタシに遠慮したのかもしんないけど。

 大野監督は本当に映画のことしか考えてないの。

 玄武リカのネームバリューも一切、頭にないんだわ。アタシにどれだけの演技ができるのか、それ以外にはまったく興味がないワケ。

「鳳さん、リカちゃん! 衣装の調整をしますから、こちらへ!」

「はい! 今行きまぁーす」

 とことんやってやろうじゃないの。

 天才子役の名に懸けて――ううん、新生・玄武リカを見せつけるためにね。


 ところが翌朝、大失敗をしてしまった。

 やっぱり時差ボケを引きずってたみたいで……ね。昨日もお城と麓の街を行き来して、体内時計は完全に狂ってたのよ。そのせいで派手に寝坊して……。

 英梨香さんが起こしに来てくれた時には、遅かった。

 大野監督は怒鳴りこそしないものの、怒りで顔を歪ませる。

「初日から寝坊とはな。サキのシーンから撮るのは、お前も知ってるだろう」

「……ご、ごめん……なさい。時差ボケで……」

 アタシは気をつけの姿勢で、頭を垂れるほかなかった。

「時差ボケが理由になるか。お前と一緒に現地入りした高須賀は、今朝は五時起きでマシンをメンテしてるんだぞ」

 何をどう答えても、浅はかな『言い訳』にしかならないのが、苦しい。

 かといって、黙りっ放しでもいられないじゃない? お説教のために撮影は十分押しのスタートとなり、現場の空気もぎこちなくなった。

 落ち込むアタシを、英梨香さんが小声でフォローしてくれる。

「ごめんなさいね。もっと早く起こしに戻ってあげてれば、よかったんだけど……」

「英梨香さんのせいじゃないってば」

 アタシは顔を上げ、勝気な笑みを振りまいてやった。

 出鼻を挫かれたとはいえ、撮影はもう始まってるんだもの。衣装をチェックしつつ、気を取りなおしてカメラの前に立つ。

「スタート!」

 監督の合図とともに現場のムードは一変した。

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