第271話
聡子さんは確信犯めいた笑みを浮かべる。
「トップアイドルだって成長するんです。玲美子さんはまだまだ伸びますよ」
息を飲んだのは奏ちゃん。
「夏のアイドルフェスにも当然、出てくるんでしょ?」
「今年もみねみー枠は手堅いねっ」
れっきとしたライバルのことなのに、私、自分のことみたいに嬉しかった。
この夏、玲美子さんは『本気』で来る。そんな相手と競いあうのは、確かに怖いけど、観音玲美子の最高のステージを目撃できるかもしれないんだもん。
私の人生を変えた、あの輝かしいステージの主人公。
その玲美子さんがアイドルフェスティバルで私たちを待ってるんだ。
「早くリカにも教えてあげましょう、結依」
「はいっ! えぇと……あっちはお昼でしたっけ」
強敵を前にして、杏さんや奏ちゃんも高揚しつつある。
ところが、後ろで咲哉ちゃんがきょとんとした。
「ねえ……今さらこんなこと聞くのも、おかしいとは思うんだけど。アイドルフェスティバルって、なぁに?」
私も聡子さんも目を点にする。
「あれ? 知らなかった?」
「ごめんなさい。わたし、アイドル歴はまだ一ヶ月程度で……」
「無理もありませんね。今までは『歌って踊る』ことと無縁だったわけですから」
杏さんは何やらほっとした顔つきで、咲哉ちゃんに相槌を打った。
「実はわたしも具体的なことは……去年のフェスをBDで観ただけなのよ」
「ちゃんとBDには目を通してるあたりが、杏先輩ね」
奏ちゃんの茶々を流しつつ、改めて聡子さんが説明を始める。
「わかりました。おさらいしておきましょうか」
アイドルフェスティバルは毎年、八月の末に開催されるの。著名なアイドルが一堂に会して、確か……三部構成だったかな?
「午前に第一部、午後に第二部と三部を演るんです」
「時間帯によってアイドルに偏りがあったりするのかしら?」
「そうですね……どの部も、後半に人気の高いアイドルを寄せる傾向にあります」
出場するアイドルは女子限定だよ。
ただし前にメイド喫茶で会ったような、男の娘(?)は参加が認められるんだって。
そして出場するアイドルにとって肝となるのが『上演時間』だった。名声や人気、実力によって、舞台の持ち時間が変わってくるの。
去年はSPIRALが25分を達成。玲美子さんも20分を独占した。
この上演時間はぎりぎりまで未定だから、夏の活躍次第でいくらでも変動する。
「今のNOAHなら何分くらい行けそうですか?」
「10分は手堅いと思いますが……余所のアイドルもどんどん追い込んできますので」
ぼやぼやしてたら、私たちの持ち時間はみるみる減っちゃうってこと。
奏ちゃんはライバルの動向を気にしてた。
「SPIRALや観音玲美子は当然として、パティシェルも油断ならないわね。あの綾乃さんが何の作戦もなしにフェスを迎えるとは、思えないもの」
「同感よ。特に百武那奈ちゃんは警戒が必要だわ」
「那奈ちゃんは悪い子じゃないったら」
う~ん……確かにパティシェルも、夏には強力なカードを切ってくるかも。
この状況を理解してるからこそ、リカちゃんは映画よりNOAHの全国ツアーを取ろうとしたんだよね。実際、私たちは玄武リカという一番人気の戦力を欠いたうえで、ツアーを始めなくちゃならなかった。
センターの私は自分で頬を叩き、気合を入れなおす。
「――よぉし! とにかくみんな、自分のお仕事をひとつずつ頑張ろっ!」
杏さんや奏ちゃん、咲哉ちゃんも頷いた。
「結依の言う通りね。一歩ずつ確実に前へ進むべきよ」
「下手な作戦を打ったって、見透かされるのがオチだものね」
「わたしもできることは何だってやるわ」
リカちゃんが帰ってきた時、がっかりされたくないもん。でもって絶対、リカちゃんも一緒に、みんなでアイドルフェスティバルのステージへ立つの。
意気込む私に、聡子さんが眼鏡越しの視線で釘を刺した。
「結依さんには早速、リカさんの代理のドラマ撮影を頑張ってもらいましょうか。監督を始め、スタッフはオジョキンの番外編と同じかたがたですので」
杏さんの表情が苦くなる。
「わたしの棒演技に面食らってた、あの監督ね……」
あの時は私、杏さんの代打でドラマに初出演を果たしたんだっけ。
「挨拶ひとつで四回もリテイクさせたド新人が、どれだけ成長したか、確かめてやるって仰ってましたよ。頑張ってください」
「う。だ……大丈夫ですっ」
これは予期せぬプレッシャーだなあ。
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