第197話

 やがてSPIRALのコンサートは大盛況のうちに幕を降ろした。わたしは楽屋でまだ鳴りやまない胸を抑えつつ、尻餅をつくように椅子に座る。

 結依ちゃんやほかのメンバーも満身創痍ね。

「踊りきれたあ……」

 それでも結依ちゃんはありありと達成感を浮かべ、はにかんだ。みんなの顔も緩む。

 コーチは拍手を惜しまなかった。

「ナイスファイト! 結依も咲哉さんも、初仕事にしては上出来だったわ」

「はぁ、はあ……ありがとうございます」

 初仕事にしては、ね……。

 正直言うと、ちょっぴり悔しかった。序盤は浮足立って、自分がどう踊ってたか、ほとんど思い出せないんだもの。ミスだってしたわ、絶対。

 練習以上どころか、練習通りにも力を出し切れなかった部分はある。

 だけど結依ちゃんとフォローしあってからは、ちゃんとダンスに集中できた。バックダンサーのみんなと一本の糸で繋がったみたいに、身体が動いたの。

 何より楽しかった。今すぐ『もう一度演れ』って言われても、大喜びでステージへ飛び出せるくらいにね。

そして――今日のステージの遥か先には、あのクレハ・コレクションのランウェイが待ってる。あの舞台も今日のと同じってことに、武者震いした。

その時までにもっと、もっと舞台に立って、力をつけなくっちゃ。

 デザイナーの道だって捨てきれないけど……。

 ステージ衣装の製作だけじゃ、もう満足できないって、確信してしまったから。

 休憩がてらチームメイトは着替えを済ませ、楽屋を出ていく。

「お疲れ様、結依、咲哉も。SPIRALのライブはすごかったでしょー?」

「まだ明日と明後日もあるんだから。早く帰って、しっかり寝なよー」

 ここで着替えられないわたしは荷物を抱え、席を立った。

「じゃあ、わたしもお先に。結依ちゃん、鍵をお願いしてもいい?」

「オッケー。また明日ね」

 コンサートの余韻にあてられちゃってる自覚はある。

 でも、もう止められなかった。ケータイで井上さんに繋ぎ、はきはきと宣言する。

「井上さんですか? あの、わたし――」

 よろしくね、NOAH。


                   ☆


 そうして三月は過ぎ、新しい春が幕を開けた。

 わたしは二年三組へ進級。武田さんや杉さんとまた同じクラスになって、お昼はいつも三人で一緒に食べてる。

 この面子で秋は修学旅行に参加できたら、なんて思ってるわ。

 今日もランチを食べながら、武田さんがぼやく。

「二年になってすぐ進路調査だなんて……はあ。由美子はなんて書いたの?」

「出版社とか、印刷所とか。本に関わる仕事とは考えてるけど」

 わたしと武田さんの頭の中で多分、同じ二文字が浮かんだ。

 BL趣味の延長かなあ……。

 そのことに気付いたらしい杉さんが、強引にターゲットを替えたがる。

「渡辺さんは? ……って、やっぱ洋裁?」

「うん。先生も希望が固まってるなら、それでいいって」

 これは本当のことよ。以前にも増して、わたしはデザイナー業に魅力を感じてた。それを目指して一直線――と、本来なら行くべきところ。

 だけど、わたしは同時にファッションモデルの道も進んでやることにしたの。

 もう一度ね。

 九櫛咲哉にとって出発点なのよ、モデルは。

 それをなくしちゃったら、デザイナーとしての九櫛咲哉も成立しない。

 もちろん二足の草鞋とか、二兎を追うもの一兎を得ず、なんて言葉の通りになる恐れもあるわ。だからって片方だけを選んでも、それは同じだと思うの。

 何にしたって失敗のリスクはあるんだから。

 なのに恐れてばかりいたら、チャンスは永遠に掴めないでしょ?

 中学時代のみんなが夢を語れなかったのも、その『恐怖』が原因なのよ。

 夢なんて叶うわけがない。失敗したくない。――だから、みんなは夢を見ることを異端視して、卒業までの時間稼ぎに終始してしまった。

 本当はみんなが胸に秘めてるはずの、夢。

 そのせいで傷つけあったりするなんて、おかしいよね……。

 でも、わたしたちは高校二年生になった。『夢』を『進路』に置き換え、本気で直面しなくちゃならない時期に来てる。

「武田さんは? 進路調査」

「んー、栄養士。つーても、現実的な路線で埋めてみたってだけ」

 武田さんはジュースのストローから口を放すと、わたしに視線を返した。

「それよりさあ……渡辺さん? もう遠慮する仲でもないと思うんだよねー、私たち」

「そうそう。もう二年目なんだし、ねえ?」

 杉さんも声を揃える。

「咲哉って呼んでいいでしょ? 私らのことも普通に千佳、由美子でいいから」

 遅ればせながら、やっとわたしにも高校で『友達』ができた。

「うん! これから一年、またよろしくね、千佳ちゃん。由美子ちゃん」

「ちゃん付け~? ……まっ、いっか。なんか渡辺さんらしくって」

「そうじゃないでしょ、由美子。咲哉だってば」

 小さな笑いが起こる。

 杉さん改め由美子ちゃんが、ふと呟いた。

「そーいや咲哉ってさ、漢字もあのファッションモデルと同じよね? 九櫛咲哉」

 わたしの表情筋が俄かに強張る。

 友達にいきなり隠し事ができちゃったわ……はあ。

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