共闘

第30話 共闘

 カルガが夜半に女性と共に現れ、僕達は驚きを持ってその光景を見つめた。カルガより年齢は少し上なのかな? この中では一番上かも知れないけど、女性に年齢は聞けないよね。ちょっときつめの印象だけど大きな瞳の綺麗な方。艶やかな黒髪を後ろで縛り快活なイメージを後押ししている。カルガはあからさまに不機嫌な様を見せ、女性は正反対に落ち着いた雰囲気で静かに佇んでいた。

 

 隠れ家とも言うべきログハウス。僕はここで軟禁状態でいた。仕方ないと諦めはついている。安全に過ごせるだけで充分に有難い。混乱の城を抜け出ると、真っ直ぐにここに連れて行かれた。

 しばらくはここに身を隠すのかな? 気になるのは、【召喚の間】の鍵が開けられていないかどうか。ミヒャが上手い事やったらしく、大手を振って確認出来るらしい。ミヒャなら任せても安心だよね。


「カルガ、ありがとう。カルガが作戦を考えてくれたんだって」

「ああ? 遂行したのはオレじゃない。他のやつに感謝しな」


 いつもにも増してぶっきらぼうだ。僕はひとつ息を漏らし続ける。


「それで、そちらの方は?」

「ああ?」


 紹介する気がゼロのカルガを横目に女性は自ら口を開く。


「はぁ、すまんな。紹介が遅れて。マイン・リカラーズ。カルガ・ティフォージとは古い付き合いの者だ」


 女性が名乗りを上げると、部屋の空気が一変する。勇者達の視線も、パーティーの視線も、涼しい顔で座っている女性に一気に注がれた。僕はその光景に、ただ首を傾げるだけ。


「どうしたのですか?」


 僕は隣に座る呆けたままのキリエに声を掛けた。僕の言葉に我に返ったのか、驚いた顔のまま答えてくれる。


「マイン・リカラーズ。ラムザ帝国の勇者よ」

「そう。ラムザ帝国の⋯⋯って! ええええーっ! 何で? ここに? え? カルガ? え? どういう事?」

「⋯⋯ティフォージという名は、クランスブルグでは聞かない。カルガもラムザの人間。勇者の馴染みの者⋯⋯パーティーに所属って事か?」


 ミヒャがすかさず付け足した。その言葉にマインは微笑みを見せる。


「さすがね。話が早いわ。あなたの名は?」

「⋯⋯ミヒャ・ラグー」

「あなたがミヒャ、では、そちらがリアーナ? キリエ?」

「キリエ・ルジンスカです」

「僕はコウタ・ミハラ。あっちはジョン」

「ジョン・レーベンだ。しかし、驚いたな。素人では無いと思ってはいたが、まさか勇者のパーティー所属だったとは」

「今はしてねえ」

「って、言っているのは、こいつだけよ」


 マインが付け加えると、カルガは軽く舌打ちをして見せた。

 カルガはラムザで勇者のパーティー所属。で、何でクランスブルグ??


「カルガは、どうしてクランスブルグに? ⋯⋯まさか勇者の暗殺が目的」

「はは! ある意味正解だ。クランスブルグだろうが、ラムザだろうが、関係なしだ」

「カルガ、お前は本当にこの人達に何も話していないのだな」


 マインは溜め息まじりで額に手を置き、心から嘆いて見せた。

 どうもマインさんは、カルガの事を良く知っているみたいだ。まるで面倒見のいいお姉さんって感じがする。


「勇者と慣れ合う気はねえ」

「まあ、いいよ。無理して話さなくても。必要な事だけ、ちゃんと話してくれれば、オレ達は構わない。勇者のパーティー所属なら、いろいろ納得だ。それよりマインはなぜここに? 敵とは言わないが、国って単位で見たら敵対国だ。それなのに何で、わざわざ危ない橋を渡るような事を?」

「元々は勇者が本当に死んだのか、確認に来たのだが、カルガから話を聞いた。あなた方の力になりたいと思って橋渡しをお願いしたのだが、余り意味無かったな。召喚を潰すという話、私も乗りたい。ラムザの勇者も事実を知れば、力を貸してくれる者はいる。これ以上、犠牲を出すのはごめんだ」


 ジョンは、マインの言葉が本意かどうかを考えてみる。キリエやミヒャの様子も含めて、信用たる者かどうか見極めようとした。


「へぇー、凄いね! マインさんも手伝ってくれるの! ラムザの【召喚の間】も潰したいんだ。助かるね! って⋯⋯あれ?」


 手放しに喜ぶ、アーウィンの姿に苦笑いを零す。その姿にアーウィンは動揺を見せた。


「あれ? ダメなの?」

「⋯⋯ダメじゃないが、敵国でもある勇者が突然現れて共闘すると言われて、はい、そうですかという分けには普通いかないのだが⋯⋯」


 ミヒャが、苦笑いを浮かべたまま言葉を濁す。アーウィンのその余計な事を考えない純粋な姿が羨ましくもあった。


「アーウィンは、どうしてマインに手伝って貰おうと、すぐに思えたのかしら?」


 キリエもミヒャと同じく、素直なアーウィンが微笑ましかった。そして、本質だけを見て判断している姿が羨ましい。余計なしがらみなど気にしないその姿勢に。


「どうしてって言われても⋯⋯。カルガがここに連れて来た時点で、マインさんに悪意は無いし、語る言葉に嘘は感じられなかった。難しい政治の事は分からない。けど、子供達を救う事にクランスブルグもラムザも関係無いでしょう」


 屈託の無い笑顔で語られては、納得するしか無い。キリエもミヒャも諦め顔で微笑む。


「まあ、アーウィンの言う通りだ。頭でっかちに考えちまったのはオレ達の方だ。カルガがマインに勇者の秘密を話した時点で、こうなる事は予見したんだ。違うか、カルガ?」

「知らねえよ」

「ははー。イエスって事だな」


 ジョンは満足気な顔でカルガに答えて見せた。

 カルガは相変わらず不機嫌だが、思いは一緒なはず。きっと力になってくれるに違いない。と言うか、僕は力になれるのだろうか? 何か出来る分けでも無いし、力も無い。足を引っ張らないようにしないと、僕は改めて気合を入れ直す。


「カルガには話したが、まずはラムザの状況について話しておこう」


 マインの言葉に、またしてもその場にいた人間が目を剥いた。王が殺され、勇者が王に、手引きしたのはアサト。そしてアサトの【憑代よりしろ】は、カルガの息子⋯⋯。

 【憑代よりしろ】の話になると、カルガはマインを睨んだ。マインは気にも止めず話し続ける、このふたりの間にある信頼関係の強さが垣間見えた。

 事の重さに部屋の空気が停滞する。この空気を吐き出すにはどうすればいいのか、全員が押し黙り逡巡した。


「やる事は変わらない。でしょ?」


 僕は割とすぐに答えを導き出した。そう、やるべき事は何も変わらない。【召喚の間】を潰して子供達を助ける。そこに変わりは無いはずだ。まずはクランスブルグの【召喚の間】を潰す。僕は言葉を続けた。


「まずはクランスブルグの【召喚の間】を潰す。そこに変更はないでしょう? ならば、やるべき事は変わらない。今は頼もしい助っ人が現れた。次は召喚の術式の潰し方を調べ、潰す。アサトの件は置いておくでいいんだよね? ミヒャ」

「⋯⋯とりあえずは。邪魔になった時にまた考える」


 ミヒャの言葉にカルガはさらに不機嫌な様を見せる。

 複雑だよね。僕が理解出来るほど簡単な事では無い、それだけは分かる。だけど、中身はアサトだ、将来的に放って置いていい存在になるとは思えない。頭の片隅に常に重く圧し掛かってはいるが、今は考えるのは止めだ。


「その事なのだが、子供達を救うと考えるとだ、最終的には国の頭をすげ替えないとダメだと思うぞ」

「そらぁどういう事だ、マイン」

「国の頭が召喚にこだわっているうちは、どんなに邪魔しようと復活してしまう。国の頭が召喚に対して強いノーを言う人間じゃないと、この悲劇は最終的に止まらない」

「【召喚の間】の無効化は意味が無いと?」

「いや、そんな事はない。無効化の意味は大きい。ただ、召喚に固執するやつが頭だといずれまた召喚は復活する可能性が高い。無効化のあとは、頭をどうやってすげ替えるか考えねばなるまい」


 事の大きさに一瞬ざわついた。

 王様を替える? こっそり【召喚の間】を潰すだけではなく、国の方針転換を行うって事? そんな事が出来るのかな? 僕はジョンとマインのやり取りを見つめぼんやりと考えていた。


「⋯⋯簡単ではない。だが、あなたの言っている事に間違いは無いと思う。クランスブルグではまず、【召喚の間】を潰す。もしかして、ラムザは王をすげ替える方が容易いのか?」


 ミヒャの言葉に、マインは深く逡巡する。すぐに顔を上げ大きくひとつ頷いて見せた。


「そうね。ミヒャの言う通り、ラムザは王をすげ替える方が容易いかも。まぁ、容易くはないけれど、クランスブルグより容易いのは間違いない。空っぽの王様だ、存在自体は軽い」

「王が死んだのに、王族は黙っているのか?」

「ジョン、勇者に逆らえる力が王族にあると思う? すでに三人の勇者がなびいている、今はもう少し増えているかも知れない。もしも、クランスブルグでユウ・モトイが反旗を翻し王になり、ここにいないリアーナ・フォスとマリアンヌ・バッラン、そしてアサトが生きていたとして、ユウ・モトイに追従したら、君達はそこに簡単に反旗を翻せるか?」


 勇者達は押し黙り、頭の中でその状況をシミュレーションしていく。コウタは早々に肩をすくめて見せ、他の者も複雑な笑顔を見せるだけだった。


「まぁ、アサトもマリアンヌも、もういないから現実味は薄いよね」

「そうよね」

「待て! マリアンヌ・バッランもいないのか?」


 コウタの言葉にマインが、驚愕の表情を見せた。


「あれ? カルガから聞いてない? カルガとアーウィンでアサトとマリアンヌをやっつけたんだよ」

「やっつけたって⋯⋯。マリアンヌもか?! そもそも、なぜ勇者殺しと勇者がつるんでいるのだ? 子供を救うとはいえ⋯⋯アラ⋯⋯アサトは危うい空気を纏っているが、マリアンヌは⋯⋯」

「カルガは何もおしゃっていないのね。アサトもマリアンヌも、私達の知らない所で酷い行いをしていたの。それをこの二人が止めてくれたのよ、だから私達はこの二人を信用しているの。私達がやらなければいけない事を、肩代わりして頂いたって言えばいいのかしら」


 溜め息まじりのキリエの言葉を、マインは頷きながら聞いた。アサトとマリアンヌの醜行にマインは険しい表情を見せ、怒りを露わにする。

 この世界への反旗がゆっくりと振られていく。潰される未来の根絶、それに向けて間違いなく動き始めたんだ。

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