第22話 真実の独白
椅子に座る縛られている男の言葉が、居間の空気をヒリつかせた。大袈裟と思う思考と、まさか⋯⋯と思う心思考。頭の中をぐるぐるとさせながら、皆が男の言葉を待っていた。
カルガは不敵な表情を勇者に向ける。椅子の背にもたれ、勇者をひとりひとり眺めていく。
「知らない方がいい事もあるんだが、まぁ、そんなに知りたいなら教えてやる。なぁ、パーティーのやつらは学校入る前になんか測定だって神官に囲まれなかったか?」
カルガは身動き取れない体で、後ろのパーティーへと声掛けた。獣人やエルフが顔を見合わせ、ぼそぼそと思い出しながら話している。
「あった。それこそ、神官に囲まれて何か質問受けたよ。もうほぼ覚えてないけど。それがどうした?」
「それじゃ、勇者さん達。あんたらはどうやって生まれた? ジョン・レーベンどうだ?」
「どうって言われても、気が付いたらこの世界にいたって感じだ。暗い部屋で起き上がったくらいしか覚えてないな」
「そうだよな。他のやつらもそうだろう。気が付いたら召喚の間にいた。だったらお前らのその体はどっから来た? その体はお前らのものか。体ごとこっちに生まれ落ちたのか?」
カルガの瞳が勇者達を真っ直ぐに射抜いていく。僕はカルガの言っている意味が良く分からなかった。というか、想像出来なかった。困惑するのは僕だけではなく、居間全体がカルガの言葉の意味に困惑している。カルガは黙ってその困惑を眺めていた。
「あ!」
ミヒャは珍しく大きな声を上げた。大きく目を見開き、カルガに向ける。
「ミヒャ・ラグー。分かったか」
ミヒャは驚愕の表情を浮かべたまま固まった。僕達はさらに困惑を深める。ミヒャの赤い瞳は険しさを見せ、深く逡巡の素振りを見せた。
「ミヒャ、何? どういう事?」
コウタは、首を傾げながら問いかける。居間に集う者の声を代弁した。ミヒャは大きく息を吐きだし、コウタだけではなくジョンやキリエにも視線を向ける。
「⋯⋯この体は、誰かの物だ。こちらの世界の誰か⋯⋯。カルガが言っていた神官の話はそこで体の選別をしていたって事ではないのか」
「そうだ。お前の言う通りだ。【
カルダの語尾に怒りが見える。
誰かの体に召喚させていた。そして、その選別は学校に入る前にしていたという少なくない衝撃に困惑は驚愕に変わる。
コウタは自分の体を触り、キリエは今にも震えだしそうだった。ジョンも黙って煮え切らない顔を見せ、先ほどまで見せていた元気な姿は一気に消えた。
誰かの体。それは人の体を乗っ取ったと同義。
「はっはー。勇者さんどうした? さっきまでの元気はどうした」
「あのう、この体にあった精神と言うか魂はどこに行ってしまったのかしら⋯⋯?」
キリエは不安を口にする。それはどこかに救いがあるかもと願う淡い期待でもあった。カルガはキリエに不敵な笑みを見せる。
「知らねえな。お前らが追い出したんだ、お前らが知らなきゃ、知るわけねえだろ」
「オレ達の魂が出て行けば、例えば死ぬとかで復活する事は⋯⋯⋯⋯」
ジョンの語尾は弱々しく知り切れる。カルガは軽く舌打ちを見せ。
「アサトもマリアンヌも死んで、元の魂は戻らなかったじゃねえか。お前らはその体の主を殺したのと同義なんだよ。子供の体を乗っ取って、勇者なんて言っておだてられチヤホヤされて、いい気な物だな。罪のない子供の人生を奪い取って、のうのうと生きてやがる。こいつらの存在自体がすでに罪なんだ。消えるべき存在なんだよ」
勇者達は、誰も言葉を失う。俯き返す言葉が見つからない。後ろに控えるパーティーもどうすればいいのか正解が見つからなかった。
カルガはその姿を軽く睨み、追い討ちをかける。
「勇者の召喚の為に年間どれだけの子供が死んでいるか知っているか? まさか、勇者の数しか召喚してないとでも思っているのか? 冗談だろ。年間で100近い子供が召喚に失敗して死んでいるんだぜ。効率悪い術式だよな。こいつらを呼び出す為にどれだけの子供が死んでいるか計算してみるか? お前らがのうのうとしていられるのは、何百、もしかしたら何千って数の子供の屍の上で成り立っているんだ。お前らがいなかったら何百、何千って子供が遊び、仕事をして、結婚もしたかもしれない。小さな家庭を作って幸せな人生を送れたんだ。そいつをぜーんぶ、踏みにじった。お前らの存在がな」
「⋯⋯や⋯⋯て」
「ああ?」
「⋯⋯やめて⋯⋯お願い⋯⋯」
キリエは、俯き大粒の涙を零す。のうのうと生きていた自分を激しく悔いた。頭を過るのは横たわり山となった子供の屍。その頂上で笑顔を見せている自らの姿に震える。
「なんだ、なんだ、お前らが知りたいって言うから教えてやったんだぞ? 本当の事は辛いから止めて下さい? お前、本当に勝手なやつだな」
「でも、今の話が嘘だって事もありえるよね」
「⋯⋯コウタ、多分ない。数字の誤差はあってもカルガの言葉の真意に嘘はない」
「ハハァー、そういう事だコウタ・ミハラ。だいたいオレがここでこんな嘘ついて何の得がある? 大サービスで内緒話をしてやったんだ。ありがたく思え」
カルガはニヤリと笑って見せた。
「⋯⋯そうだな。カルガ、本当の事を教えてくれてありがとう。アサトの時といい、マリアンヌの時といい、また真実を知らずに盲目になる所だった」
「チッ!」
頭を下げるミヒャにカルガは不機嫌な表情を浮かべ視線を逸らす。カルガの一言一言が居間の空気を重い物へとさせた。困惑、驚愕している居間の中、僕はひとりだけ腑に落ちない気持ちに苛まれていた。カルガの言葉に落ち込む勇者達、混乱しているパーティー。カルガの言葉を信用していないわけではない、むしろ勇者に向けた刃の意味が分かった気がした。それでもなお、心の中の靄はすっきりしない。何かがずれている気持ち悪さを感じていた。
「何だ、アーウィンすっきりしねえ顔しやがって。今の話で分かったんじゃねえのか、こいつらもアサトやマリアンヌと変わんねえ。存在するだけで犠牲が出るんだ、お前オレの話を嘘だと思ってんのか」
「思ってないよ。本当だと思う。でも、すっきりしない」
「何がだ?」
「うーん⋯⋯」
その何が分からない⋯⋯。
いや、そうか。
そうだ。
「カルガごめん」
僕は立ち上がり、カルガの横に立つと思い切り頭突きをかます。
ごつっ。
僕の頭蓋骨とカルガの頭蓋骨が鈍い音を鳴らした。
「いっつうー。カルガの頭固いよ」
「痛えなぁ。何すんだ!」
頭をさする僕の姿に一同は、呆気に取られる。ふざけている場合じゃないとでも言いたげだね。僕は頭を押さえながら、カルガに言う。
「目が覚めたろう。カルガ、間違っているよ」
「何がだ、本当の事しか言ってねえ」
「違うよ。ここにいる人達は、アサトやマリアンヌと一緒じゃないよ」
「何、甘い事ぬかしてんだ。何人こいつらのせいで死んでいると思っている」
「それだよ。この人達のせいで死んでいるんじゃないよ」
「ああ! ふざけんな!」
「ふざけてないよ。この人達は望んでここに来たわけじゃない。怒りの矛先が間違っているんだよ」
「ああ?」
アーウィンの言葉に勇者達が顔を上げた。
「召喚された側に怒りを向けたって問題は解決しない。どうせ怒るなら召喚をした側だ。そして、もう召喚出来なくすればいい。勇者を退治するより、よっぽど子供達を救える。矛先を変えなきゃ」
「寝言言うな、そいつは国を相手にするって事だぞ! それが出来ねえから、召喚しても意味がなくなるように勇者を潰すんだよ」
「それはひとりでやっていたからでしょう? 今なら手伝ってくれる人達がいる」
「はぁ?」
僕はそう言って、勇者達を見つめた。
「カルガが、いいと言うなら喜んでその話に乗るぞ」
「僕も」
勇者達はカルガを力強く見つめる。カルガは顔をしかめ視線を逸らした。
「⋯⋯あなたがやらないと言っても私⋯⋯、私達だけでもそれはやる。だから、どうか敵対関係だけでも止めてはくれないか。必ず召喚出来ないようにして、これ以上犠牲が出ないようにする。約束する」
カルガは視線を逸らしたまま、ミヒャの言葉に耳を傾けていた。その姿は逡巡し、迷っているようにも見える。
「カルガ、きっと君の力が必要だよ。まずはみんなで召喚の間ってやつを無効化しようよ」
「チッ! 勝手にしろ」
「力強い味方を得たんだからさ、少しは喜びなよ。素直じゃないね、全く」
僕が嘆息して見せると、居間の空気が弛緩していく。カルガも渋い顔を見せてはいるが、召喚を無効化するという話はカルガの望むべき物でもあるはずだ。
カルガは渋い顔を勇者に向ける。
「ひとつだけ約束しろ、やるなら徹底だ。クランスブルグはもちろん、ラムザの召喚の間も潰すぞ。やらないなら、オレは手を貸さない」
「もちろん。それじゃなきゃ意味がないでしょう」
僕が笑ってみせると、カルガは諦めたように大きく溜め息をついた。
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