第16話 不協の種

 キリエとコウタが治療院へと戻ると、ユウを筆頭にジョンとリアーナがマリアンヌの部屋を捜索していた。マリアンヌに布を被せてはいるが、大量の血から漏れる鉄の臭いと小瓶から微かに香る防腐剤の臭いに、ふたりはやはり顔をしかめた。

 キリエは、ミヒャの姿を探すが見当たらない。どこに行ったのかな? 


「ジョン、ミヒャはどこかしら?」

「ミヒャは下りた。そこら辺をぶらついているんじゃないか?」

「ええ?! そうなの?」

「なら、僕も下りるよ」


 ふたりのやり取りを見ていたコウタがそれだけ言い、部屋を出て行こうとした。リアーナが手を挙げて、通せん坊をする。


「ダメよ。あなたは勇者でしょう。勇者殺しを見逃すつもり? 仲間が殺されたのよ」

「勇者殺し⋯⋯仲間ね。今回の件に関して言えば、悪いがどうでもいい。付き合っていられない」

「はぁ? 何それ? 何様のつもり?」

「お前こそ、何様のつもりだ? 頭湧いているんじゃないのか」

「コウタ言い過ぎよ」


 キリエに諌められ、コウタは一瞥して部屋を出て行った。あんな表情をするコウタを見たのは初めてかも知れない。

 でも、コウタの気持ちは痛い程分かる。キリエ自身もここから出て行きたい衝動に常に駆られていた。

 頬を膨らませ、怒りを露わにするリアーナを見つめ、彼女の危うさをさらに感じる。とりあえずミヒャとコンタクトを取ろう。


「ちょっと、コウタとミヒャをなだめてきますわ」

「頼むよ。あの様子だと、無理っぽいけどな」


 ジョンが頷いて見せると、キリエも部屋を後にしてミヒャを探した。彼女がひとりになりたい時は水辺が多い、川や池を当たってみよう。

 治療院の外に出ると険しい表情のまま佇むコウタを見つけた。


「コウタ、一緒にミヒャを探しましょう」


 村内の森を通る小さな小川。絶える事なく流れる水流はこの村の水源として重宝されている。ふたりは小川を上流へと沿って進んで行った。静かに流れる水の音と豊な森が奏でる音、それらがふたりの耳朶をくすぐった。


「静かだね」

「そうね。珍しいわね、コウタがあんなに熱くなるなんて」

「ハハ、そうかな。なんか、ジョゼフの顔が浮かんで、あの中にジョゼフの目があると思ったらイライラしちゃった」

「その気持ちは分かるわ。ここを発つ前に、ミヒャを連れてもう一度顔を出しましょう」

「うん」


 流れる水の音が雑念を一緒に流してくれる。思考がシンプルになり、クリアーになって行く。


「ほら、いた」

「ビンゴだ」


 水辺で足を投げ出し、小川を見つめているミヒャの姿を見つける。真っ直ぐに流れる小さな川を、そのルビー色の瞳は見つめていた。その瞳は悲しみと憂いを湛え、静かに時を刻んでいた。


「ミヒャ!」


 コウタが呼び掛けると、少し驚いた顔を見せた。こちらの気配に気づかない程、物思いに耽っていたのか。キリエは柔和な笑顔で、ミヒャの隣に座る。コウタもそれにならうと小川の片隅に三人の勇者が足を投げ出し、静かな流れを見つめた。


「⋯⋯良く分かったな」

「だって、いつもそうでしょう」


 キリエはクスリと笑い、答えた。


「ミヒャ、僕も下りて来たよ。あれは無理だね」


 ミヒャは、コウタの言葉に少し驚いた顔を見せた。その姿にキリエは、苦笑する。


「⋯⋯なぜだ? コウタが下りる必要はない」

「それが違うのよ、ミヒャ。あるのよ」


 キリエの瞳は憂いを帯びる、悲しい出来事の全容はまだ見えていない。ただその骨格はしっかりと見えた。許す事の出来ない非道に、溜め息しか出なかった。


「マリアンヌに襲われた男の子に会ったのよ」


 ミヒャの顔が一瞬で険しくなった。眉間に皺を寄せ、厳しい表情を向けた。


「詳しく」

「私とコウタで話を聞いたけど、辛くて細かい事は聞けなかった。でも、その子の左目は抉り取られていたわ。あれは酷い」

「酷かったよね。あれ見せられて、詳しい話を聞かせてなんて言えなかった。余り驚かないね」

「⋯⋯予想はしていたからな。ただ、こんな身近に、しかも早々に被害者に会えるとは思わなかった。切り取っても殺しはしないって事なのか?」

「どうかしら。隙を見て逃げたって言っていたから、もっと酷い事が待っていたのかも」

「魔女は子供を食べるって言っていたよね」

「⋯⋯子供を食べる」

 

 ミヒャは逡巡する。現場と証言を繋ぎ、見えない全容の糸口を求めた。自分の予想を裏付ける証言。やはり今回の件はマリアンヌの非道を表沙汰にするのが第一目的と見ていいのか。アサトの時といい、襲撃犯にシンパシーを覚える自分がいる。リアーナに知れたら斬られそうだ。


「⋯⋯しかし、なぜ今まで表沙汰にならなかったのだ? 相当な数だ」


 キリエとコウタは顔を見合わせた、ふたりはジョゼフの母親との対峙を思い出す。


「相手が勇者だからよ。仕返しが怖くて、黙ってやり過ごすしか出来ない。アサトの件でもそうだったでしょう? 被害者の口の重さは、私達が思っている以上よ」

「今回ばかりは勇者なんて肩書き、投げ捨てたくなったよ」


 コウタから心底痛感したのが伝わった。体を投げ出し、天を仰ぎ見る。


「⋯⋯その子に会えないか?」

「もちろん、そのつもりだったわよ。帰る前にもう一度挨拶をしに行こうと思っていたしね」

「⋯⋯なぁ、あっちとは別に襲撃した人間を探してみないか」


 ミヒャの思わぬ申し出に、ふたりは少し驚いた。犯人捜しは下りたのでは?


「犯人捜しは下りたのに?」

「⋯⋯私は個人的に襲撃した人間に⋯⋯シンパシーを感じる。放っておいてはいけない人間を排除したのだ。彼らか、彼女らがやらなければ被害者は増え続ける一方だった。自分の知らない所で、自分と同じ肩書きの人間がこんな非道を犯していたなんて⋯⋯気が付かなかった自分も許せない」


 ミヒャは珍しく感情を露わにした。

 吐き出す思い。

 ふたりはその言葉を聞き大きく頷く。


「ミヒャ、手伝うわ」

「僕も、僕も」

「⋯⋯ありがとう。ジョンにも声を掛けよう。きっと手伝ってくれる」


 三人は進むべき方向が決まり、また川沿いを歩き始めた。


◇◇◇◇


 滑らかなシルクの布を羽織い、回廊を上へと向かう。神官に前後を挟まれ、少年は気だるい雰囲気で階段を上った。コツコツと石を叩く音が暗い階段に鳴り響く、階段に備わる燭台の灯りは心許なく、先頭を行く神官長ランプが明るく感じた。


「アラタ様。間もなくです」


 階段を上りきると一気に陽光の射し込む長い廊下が現れた。柔らかい真っ赤な絨毯が足音を吸い込む。

 豪奢な扉を衛兵が両脇から開くと、ちょっとしたホールくらいありそうな広間が広がっていた。高い吹き抜け、白と薄い緑を基調に統一されたその広間の一段と高くなった所に鎮座する老人。

 蓄えた髭を撫で、満足そうに神官達を見つめている。痩せこけた頬は、病的な物を感じる。威厳を保とうと必死に胸を張っていた。


「ご機嫌うるわしゅう、閣下」


 神官達は跪き、胸に手をやり忠誠を誓う。


「さぁ、アラタ様もここは謁見の間。閣下に忠誠を⋯⋯」


 跪く神官達を冷ややかにせせら笑うと、王の玉座へとゆっくりと近づいて行く。

 一連の不可解な行動に周りの人間は呆気にとられ、体と表情を硬直させる。神官達の奇異な眼差しなど気にする素振りは全くなく、少年は王の前に立った。


「おぉ、良くぞ参られた勇者殿。心より歓迎するぞ!」

「ハハッ! 【硬化フェルムフォルマ】」


 少年の腕が黒く光る。その腕を王の首に向けて振り抜いた。

 王の首は目を見開いたまま宙を舞う。床で二、三度跳ねると王の首が謁見の間に転がった。

 首を失った体は無言のまま血を噴き出す。


「今回は拳闘士ピュージリストか。まぁまぁだな」


 そう呟き、少年は玉座に座る首のない王を後ろから足蹴にした。

 ゆっくりと前のめりに倒れる王。その後ろに立つ少年。

 頭から被った血が少しウェーブのかかる髪を汚し、纏っている純白のシルクは真っ赤に染まっていた。返り血を意にも介さない姿に、見つめる者達は恐怖を覚えた。


「ああ~」


 大きな溜め息を尽きながら空席となった玉座に座り、片肘をついて見せた。ざわつく一同を気にする素振りもなく、逡巡する素振りを見せる。


「おい! おっさん。お前だよ、勇者いるんだろう。呼んでこい、話がある」

「ええ、ああ⋯⋯しかし⋯⋯」

「いいから! 早くしろ!」

「はい!」


 神官長がつんのめりぎみに駆け出した。恐怖が覆うこの空間を鬱陶しく見つめる。


「チッ! ガキひとりにビビり過ぎだ。大人しくしてりゃあ、何もしねえよ」


 神官達が顔見合わせ、互いの動揺を静めていった。その姿を冷ややかなブラウンの瞳が見つめる。

 回廊をバタバタと走る音が聞こえ、三人の勇者が飛び込んできた。少年は片肘をついたまま、片手を上げた。


「よお! はじめまして。楽しくやっていこうぜ! この世界はどうしようもなく退屈だからな」


 少年は玉座からニヤリと笑みを零した。

 

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