第29話 ひまわり

 長かったようで短かった夏休みも今日で終わり。この八月は短い俺の人生の中でも今後も含めたとしても一位二位になるくらいの激動の夏になるはずだ。

 香織とは恋人関係になり、しかも大人の階段をつい最近ふたりで登った。自分で言っていて恥ずかしい。お互いの母親が旧友だったり、恋春が甘えん坊になったり、畑の作付けが終わったりとちょっと思い返すだけでもいろいろあったな。


「悠くん、どうしたの? ぼーっとしちゃって」


「夏休み終わりだなぁって思ったらいろいろ思い出してね」


 今日はこの前の登校日に予定していたダブルデートをしている。今は電車移動中だけどね。

 郁登と優美さん、俺と香織は電車で今日で最後というひまわり畑を見に出掛けている。

 ショッピングならいつでも、プールでも来月半ばまでは行けるのだから、これで最後と言うなら、日中でもひどい暑さではないと言うので、牧場併設のひまわり畑に行くことに決定した。香織もひまわりと悠くんの写真を撮りまくると気合が入っていた。


「ほんとにいろいろあったね」

 と俺の手に自分の手を重ねにっこりと微笑む香織と見つめ合う。




「……優美。すごいの見せられている気がするんだけど、どう思う?」

「私たちも居るっていうの忘れているわよね。電車内が甘い香りで充満していそうだわ」


 ……恥ずかしい。香織も隣で俯いて真っ赤になっている。俺も顔が熱いので一緒に真っ赤になっているはずだ。恋春や親の前でもここのところこんな調子だったので忘れていた。

「ううう。恥ずかしいです……」


「まあまあ、ずっと秘めていた想いが叶ったんだからしょうがないわよ。郁登も見逃してあげて。それより、私のことも甘やかしていいのよ? いいんだけど?」

 優美さんが郁登に迫って、おどけけてくれた。俺と香織の恥ずかしさは軽くなったけど、今度は郁登が真っ赤になってあわあわ慌てている。



 移動の時間も退屈なんてことはなく、ひまわり畑の最寄りの駅についた。日差しはまだ強いので大きい日傘を駅前で借りて日傘の相合い傘二組でひまわり畑まで歩いていく。


「抜けていく風は気持ちいいな」

「悠くんてば、自然のちょっとした変化とかに目が利くよね。やっぱり畑仕事とかやっていたせいなのかな?」

 香織が聞いてきたけど、そうなのかな? あまり気にしたことないけどそういうことなのかな。

「言われてみるとそうだよな。悠は雨が振りそうだとか風が強まるとかよく言っているもんな」

 郁登にも言われる。

 小さい頃から爺さんに仕込まれていたんだろうな。特に意識しなくても自然の変化には目敏くなっているのだろう。

「人間百葉箱って感じかな」

「「「百葉箱って?」」」

「そこから??」


 わいわい話しながら歩いていくとひまわり畑が見えてくる。ここは標高がちょっとうちの方より高く半月から一月弱こちらの方が成長が遅いとはいえ、そろそろ花も終わりに近そうだ。それでもまだ元気な花がたくさんあって迷路になっていたり撮影スポットになっていて家族連れや俺たちのようなカップルなど大勢の人々が楽しそうにしている。


「郁登! ソフトクリームがあるよ~」

 優美さんは花より団子のようで、ひまわり畑より併設されている牧場のソフトクリームに心奪われているようで、郁登の手を引いてお店の前に彼を連れて行ってしまった。


 ツンツン……

 脇腹を香織が突いてくる。

 見るとじ~っと俺を見た後、ソフトクリーム屋さんを見やる。

「香織、おまえも花より団子派なのか」




「負けた方が勝った方にジュース奢り、な」

「分かった。負けないからな」

「ふっ、言っておきなさいよ。後で吠え面かかないようにね」

「あうあう」

 ひまわり迷路前で俺が郁登を煽ると、郁登が乗り、優美さんが被せて乗ってくる。

 香織はあたふたするだけ。未だ香織のスイッチのオンオフ加減がわからん。


 ひまわりの花や葉がどっちを向いているかなどで方位が予測できた俺たちが驚異的な速さで迷路を抜け圧勝した。しかし、後で気づいたが迷路の中は人がまばらなのでイチャコラするには最適だった模様。のんびり出てきた郁登たちはイチャコラ写真をたくさん撮っていたので、それを見た香織がもう一度行きたがって俺とふたりだけで再度迷路に潜ったりした。試合に勝って勝負に負けたとは正にこのことだと思った次第ですよ。


 借りてきた日傘も邪魔になり、返してしまい散々遊び回ってしまった。『日焼け止め塗っておけば大丈夫! 若さでGOだよ!』と優美さんと香織は叫び走り回って写真も撮りまくっていた。


「悠くん! 大変だよ」

 香織が走って戻ってくる。走り方が子供みたいでカワイイ。


「どうしたんだ?」

「スマホのメモリーがいっぱいだよ。もう写真が撮れないよぉ」


 一体どれくらい写真を撮ればメモリーいっぱいになってしまうのだろうか? 『クラウドに上げるにもwifiがないと追いつかないの!』と半泣きだ。写真が撮れないくらいで泣くなよ、しかもその写真て俺の写真じゃん。そんなに撮ってどうするつもりなのよ?


「最高の1枚は悠くんの等身大パネルにするんだよ」

 ウキウキと答える香織に対し、郁登に肩を叩かれた俺は項垂れてなにも言えないのであった。




「牧場の方のレストランでお昼ごはんにしようか」

 郁登の提案に優美さんはワクワクしながらついていく。団子派は崩れない模様だ。

「レストランにはフリーwifiがあるみたいです!」

 香織は団子より電波だったのか? 機嫌が戻れば何でもいいや。


 ハンバーグにステーキにカツに唐揚げ……牧場で肉づくしって……いやいや想像してはいけない。ごちそうさまでした、美味しくいただきました。ありがとう。

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