第3話 支配人を探して
(あ~、ちょっと疲れてきたな……)
遊園地を、寄り道もふくめてかれこれ40分ほどあるいているが、まったく事務所につきそうにない。
そもそも事務所の正確な位置も知らないので、ちょうど近くで風船を配っていたベレー帽をかぶったサロペット姿のおじいさんに道を尋ねることにした。
「あの、すみません。この遊園地の事務所ってどこにあるんですか」
「事務所……というのは、つまり支配人のいるところじゃろうか?」
「あ、そうです。遊園地の一番奥にあると伺ったんですけど、詳しい場所がわからなくて」
「なるほど……、その事務所はここからも見ていただけますぞ。わしらは“お城”と呼んでおりますがね。ほれ、あそこ」
(ほぇ~、本当にお城じゃん。でも、結構距離があるなぁ)
しわくちゃな指で指された方向をみると、かなりむこうの方に堅牢なお城の上部が見えた。事務所のイメージとはかなり異なったことにも驚いたが、ここからだと遠すぎる気がする。
「なにか、速い乗り物とか、近道とかはないんですか?」
アンカがあまり期待もせずに聞いてみると、
「ありますぞ」
「え……、あるんだ!」
「ふぉっふぉっふぉっ。昨日できたばかりじゃがのぅ。ドリームライナーという乗り物じゃよ。そこの小屋の向こう側に乗り場があるから、すぐに行けるかと思うぞ」
「やったー! ラッキー! ありがとう、おじいさん」
乗り物があると知って、先ほどまでの疲れがウソのように軽くなり、アンカはすぐに乗り場まで走った。
そこにはレールの透明な乗り場があって、車体は高級感のある藍色の列車が構えていた。
「すみません、いまドリームライナー乗れますか?」
「はい、かしこまりました。いまちょうど車両がもどって来たばかりでした。ささ、お乗りください」
さっそく鉄骨の階段を上がって、車両の中に乗り込む。
車内はふかふかの赤い座席に、アンティークのランプが柔らかな光を広げていた。
(いま到着したばかりって……、なんかラッキーがつづいてるみたい)
流れ出した景色をそれとなく眺めながらバイオリンのケースをなでていると、
「あ、さっきのポップコーン屋さん」
向こうの方にポップコーンのワゴンが小さく見えた。小さな女の子がポップコーンをもらって食べているのが見える。
(女の子のは普通においしいといいけど)
先ほど洗礼を受けたアンカが疑わし気な目でその光景を眺めていると、
「えっ」
なんと、女の子の体が宙に浮いている……!
その子はかなりはしゃいでいることが遠くから見ていてもわかる。
(なんで、飛べたのっ? じゃあ、私のは偽物だったのかな。えー、飛びたかったのに……)
アンカはなんだか、損をした気分になって落ち込んだ。
(ま、人生いいことばかりじゃないからね)
アンカがちょうど悟りを開いたような気分になっていると、ノイズの音が聞こえて、
『つぎは、楼妃城ぅー、楼妃城ぅー。お降りの方はお近くのランプをお消しください』
「……ロウヒジョウ。たぶん、ここだよね。でも、ランプってどうやって消すんだろう?』
アンカは花の模様の入った頭上のランプを見上げた。
そこには何やら小さなつまみがついていたので、そこに手をのばして右側に回した。
するとどうやら正解のようで、炎がだんだんと消えて行った。
しかし、フッと明かりが消えたと思ったとたん、同時に四方八方が真っ暗となり、急に胃が逆流する感覚に襲われて、アンカはギュッと目をつぶった。
(な、なんなのーっ)
***
数秒後、痛みが和らいできたので恐る恐る目を開けると、
「わぁ……」
なぜかアンカは大理石の床にうずくまっていることがわかった。
高い天井に七色に反射するシャンデリアが吊られており、赤いカーペットや両端の石像からまさにお城という感じがした。
なぜかはよくわからないが、どうやら自動でお城の中に入れたようだ。
(あとは支配人を見つけるだけだなぁ)
アンカはゆっくり起き上がり、バイオリンケースを肩に担ぎなおして廊下を進んだ。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」
呼びかけながら歩くが、声がむなしく反響して吸い込まれていくばかりだ。
しばらくして、角を右に曲がると、どこからかぱちぱちと火の燃える音が聞こえた。
(なんだろ。あ、向こうの書庫から聞こえるみたい)
いそいで近くまで行き、部屋の中を覗き込むと、アンカは部屋の中の光景に圧倒された。
その部屋の天井はひっくり返ってしまうぐらい高く、壁は一面本で埋め尽くされ、奥の暖炉と古ぼけた椅子やシックなカウンターが静かな雰囲気を醸し出していた。
「……すごい、ステキ!」
思わず足を踏み入れたアンカは、近くの本を抜いて飛ばし飛ばし読んでみる。
しかし、だんだんとアンカの顔は曇っていった。なぜなら、それは高校生くらいの少年が思い悩んでいる暗いお話だったからだ。
試しに他の本もいくつか読んでみたが、みんな悲しいストーリーで最後には死んでしまう物語ばかりであった。
(なんで……? このお城の人はこういうバッドエンドが好きなのかな)
そう考えてアンカが眉根を寄せたとき、
「お嬢さん?」
「ひゃあっ。だ、だれ?」
飛び上がって振り返ると、そこには誰もいなかった。
(も、もしかして、ゆ、ゆうれいとか……?)
「こっちです。あなたの右下」
「右下……、あ」
アンカが視線を下げると、そこには暖炉があり、中の火が人の上半身となってこちらを見ていた。その人は燕尾服をきた、髪型もしっかり整っているおじさんのようだ。
「はじめまして。ようこそおこしくださいました。わたくしはこの書庫の管理人をしています、シャープです。なにかご用件はありますか」
「あ、はじめまして、アンカです。えっと、シャープさん、私は支配人の方に会いたいのですが」
すると、シャープはうやうやしくうなずいて、
「はい、かしこまりました。支配人はただいま最上階の星空の間にて仕事をしております。いまからいらっしゃると伝えておきますね。……他にご用件は?」
シャープがてきぱきと話を進めてくれたので、アンカはただ黙って聞いていたが、アンカは気になることを思い出した。
「変な質問ですけど……、夢の中でかなわないことってあるんですか?」
アンカは先ほどのポップコーン屋さんを思い浮かべた。
(私は飛べなかった。でも、女の子は飛べた。なぜだろう)
すると、突拍子もない質問にもかかわらず、シャープは微笑んで、
「『夢は深く沈むほどよく叶う』」
「え?」
「……すみません、わかりにくいですよね。ですがこのようなご質問には、こう答えよ、と命ぜられておりますので」
「はあ……、なるほど?」
まったくよくわからなかったが、とりあえずアンカはうなずいた。
「あ、あと最後に一つ。どうして書庫の本はみんな悲しいお話なんですか」
「あぁ、それにこたえるのは少し難しいのですが……」
それまで流ちょうに話していたシャープはわずかに顔を曇らせてたが、やがてまた微笑んで、
「ここの本はすべて支配人が書いた本でして……、まあ、支配人はそのような悲しいお話を好んでいるようです。あ、あと、それから、表紙の星のマークが見えますか」
そう言われてみると、確かに全ての本に星のマークが大きく描かれているようだ。
「それらは、それ実際にこの世界で夜空に見える星を描いたものなのです。それぞれの星の名前が主人公の名前と同じでして。……あぁ、すみません話がそれましたね」
「あ、だいじょうぶです。興味深いお話でした」
「ありがとうございます。そう言っていただけて良かったです。では、他にお手伝いできることはありますか」
「いえ……、あ、そうだ。星空の間までの道を教えてください」
「ああ、すみません。お教えしていませんでしたね」
そう言うと、炎の人影は急に四角い穴に姿をかえた。
「ここをお通りください。直通となっております」
「え、熱くないんですか」
「はい。ただ、『夢は深く沈むほどよく叶う』です。お客様の夢での滞在時間は、まださほど長くないようですので、その部屋に強く行きたいと願ってくださるとよいと思います」
「……よくわかんないけど、わかりました。ありがとうございました」
(難しいことを言われてもわかんないよ……。頭いい人ならわかるのかなぁ)
心の中で悪態をつきつつ、アンカは意を決して穴に飛び込んだ。
(星空の間にいきたい……。星空の間にいきたい……)
そう唱えている間にも、暗くて長い滑り台のようなものの中を滑り降りて行った。
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