セカイの終焉


「えへへ〜♡」



俺に抱きつき、俺の胸に頭を擦り付けるヒサ。


そこには数分前の『ヒサ姫』の姿はもうどこにもない。ていうか帝国の滅亡とともにヒサ姫は完全に死んだ。


そしてそれは俺も同じ、今までの宰相としてのリーヴァスは死に、兄としてのへと戻った。


俺達はやっと、ただの兄妹へと戻れたんだ。



「旦那様ぁ〜♡」



……いや、これからは夫婦だったな。これでただの兄妹になるのは不可能となった。


結局俺達が普通の兄妹でいられたのはヒサと母さんが王宮に連れて行かされるまでの1年間と今さっきの数分間だけだったな。短いものだ。



「旦那様ぁ〜♪私の旦那様ぁ〜♪えへへ〜♡」


「ご機嫌だな?マイハニー」



何言ってんだ俺。



「マイハニー………えへへ♡だってだって〜♪ずーっと前からお兄ちゃんが好きで〜♪やっと結ばれたんだもん♡嬉しいに決まってるよ〜♪ね、ダーリン♡」



トゥンク…



「あぁ、もちろんだよマイプリンセス」



だから何言ってんだ俺。



「もう王女じゃないよ〜。お兄ちゃんの、お嫁さんだよ♡」



キュンとした。なにこの娘、超可愛い。1万年と2千年たっても愛する自信しかない。俺の死因が萌え死でも全然かまわない。


自分に素直になるのがこんなにも楽しいとは…。宰相時代は深夜しかになれなかったし、その時にも油断はできなかったからなぁ…。完全に素になるのは何年ぶりだろうか?もう覚えていない。



「お兄ちゃん〜♡旦那様ぁ〜♡ダーリン〜♡」



いや、もうそんなことどうでもいいや。今はただこの幸せを感じていよう。心の赴くままに行動しよう。…とりあえずヒサを抱きしめようか。



「あ………。えへへ〜♡」



蕩けるような笑みを見せてくれる妹様

マイハニー

。あぁ…幸せだ…。この時間がいつまでも続けばいいのに—————




ドォォォォン!!




———この幸せな時間を潰した奴、出て来い。灰も残さないぐらいに燃き尽くしてやる。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今の音は結界に魔導砲が直撃した音らしい。結界をさらに強固にしたら音が聞こえなくなった。


……というか俺の魔力はほとんど空だったんだが…。ヒサと夫婦になれたからだろうか?魔力が少し回復していた。これが愛の力だ。


………なんて、冗談を言えるのもここまでのようだ。いや、愛の力だとは本当にそう思っているけど。


もう、ふざけている余裕がなくなったのだ。今ので本当に魔力が底をついた。この結界が破られたら俺達はなす術もなく連合軍に捕まり、処刑されるであろう。


もう少しこの時間を楽しみたかったのだが……仕方ない。



もうこのセカイに未練は無い。………さて、リーヴァスとしての最期を飾るとしようか!



隣にいるヒサを見る。その身体はもう震えていない。その眼はもう覚悟を決めた眼だ。


その凛々しくも美しい立ち姿はまさにヒサ姫と呼ぶにふさわしい姿だった。


でも今はヒサ姫ではない。ヒサ姫は既に亡くなられた。


つまりこの姿も含めてヒサなのだ。ヒサはただのブラコンで甘えん坊の少女じゃない。過酷な運命にもめげない芯の強さがある気高い女性だ。


因果応報、自業自得。俺とヒサは人々に対し、様々な残虐な行為を行ってきた。後悔する気は微塵もないが、もし仮に反省したとしても俺達が地獄に行くのは間違いないだろう。


なのに俺達はこれから死ぬ。つまりこれから地獄に行くのだ。これほど辛く、悲しい事はないだろう。しかし、ヒサはこの恐怖に打ち勝った。おぞましい運命を受け入れたのだ。


わずか15歳の少女が死や残酷な将来を受け入れる。これがどれほどの覚悟が必要なのかは考えるまでもない。


………惚れなおしたよ、ヒサ。さすがは俺の妻だ。



そんなヒサの兄であり、夫であり、騎士であった俺が無様に醜態を晒すわけにはいかないな!




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ヒサ、おいで」



俺は両手を広げ、腕の中へとヒサを招き入れようとする。



「はいっ♪」



言うや否やヒサが抱きついてきた。そして俺もヒサを抱きしめる。思いっきり抱きしめる。もう2度と離さないように、これから死ぬまで一緒に居る為に。



「捕まえた」


「捕まっちゃった♡」



ヒサに逃げる様子はない。そして俺もヒサを逃がすつもりはない。



「言い忘れていたが俺の愛はかなり重いぞ。捕まったからにはもう二度と離すと思うなよ」


「やぁ〜ん♪お兄ちゃんの愛に束縛されちゃう〜♡」


「あぁそうだ。ガッチガチに絡めて固めて束縛して、俺以外を見れないようにしてやるからな」


「私をちゃんと縛ってね?魂まで縛り付けてね?生まれ変わってもずっと、ずーっと側に居られるぐらいに」


「当たり前だろ。今も未来も今世も来世も離すつもりはないから覚悟しておけよ?」


「………うん♡」



これから死ぬ者達にとって全くふさわしくない会話。軽すぎる言葉。


……でもそれで良い。俺達にはこれがあっている。ふざけている余裕がないなら全力でふざけるだけだ。


死ぬのがなんだ。地獄に行くのがなんだ。ヒサと一緒ならば俺にとってはどこでも天国だ。


恐怖を吹き飛ばせ、シリアスを捨てろ。俺を誰だと思ってる?狂人のリーヴァスだ。狂愛者のだ。ならば最期までそれらしく、狂った様に笑顔で笑って死んでやる。



お魅せしよう…狂者の死に様を!




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



俺とヒサは巨大な機械の前に立ち、繋がれてない方の手でを持つ。


そして—————




「ヒサ、準備はいいか?」


「うん♪」


「もうこのセカイでやり残した事はないな?」


「うん!だって……『死ぬ時は大切なかこまれたい』って願いは叶ったもん♡私はお兄ちゃんさえ居れば他に何も要らないの♪」



……だったらこの部屋に持ってきた大量の宝物ほうもつは—————あぁ、なるほど。


よく見ればヒサの持ってきた宝物は抱き合う俺達を囲むように配置されていた。


光り輝く宝物達に囲まれ、中心で抱き合って愛を紡ぎ合うカップル。それはとても幻想的で美しい光景となっているだろう。


この宝物はこの時、このシチュエーションの為に持ってきたのか。



『死ぬ時は大切な物に囲まれたい』



あの時は大切なはこの大量の宝物だと思った。



『死ぬ時は大切な者にかこまれたい』



しかしヒサにとって大切なは……このリーヴァスだった。


ヒサに宝物たからものだと言われた宝物ほうもつに少し嫉妬していたのかもしれない。だからこんな事にも気付かなかった。


でも大丈夫。今度は……次は、次こそは、ヒサの事をちゃんと理解してみせる。


今が終わっても、これから終わらせても、次こそは。



「なら……いくぞ!夫婦になって初めての愛の共同作業!!」



「「いっせーのー…せっ!!」」




ガコン!!! ゴゴギゴガガガガガ———




機械の鍵穴に全力で差し込み、回した。




「「はあぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」」




そして機械に残っていた全魔力を注ぎ込む。決戦前に充分に魔力を補充していたので今のは正直意味無いのだが……少しでも成功率を高める為だ。




ガガガガギギゴグゴガガガガガ———




そのまま機械は作動し続けて………。




ギ、ギ、ギギギギギギギ—————ガッ!!!!!




このセカイ、ユグドラシルの半分が……ルブルム帝国の最大領土だった場所が光り輝き、空にこのセカイを覆い尽くすぐらいの超巨大な魔法陣が現れた。


『いったい何事だ!?』と、結界外から多数の悲鳴、怒号、ざわめきの声が聞こえてくる。この結界を維持する魔力はもう残っていない。後数分もすれば勝手に解除されるであろう。


けど……数分もあれば満足だ。


光り輝く地面、光に包まれる城、空を覆い尽くす巨大な魔法陣。あぁ……どうやら無事に機械は作動してくれたようだ。



これこそが俺達が長年開発してきた大陸破壊超兵器『魔王の自爆ディストラクト』。



その名の通り、俺達は自爆する。俺も、ヒサも、この城も、連合軍も、裏切った奴等も、首都も、都市も、街も、村も、砦も、城も、兵士も、兵器も、軍馬も、遺体も、民間人も、貴族も、奴隷も、家畜も、ペットも、野生動物も、魔物も、ドラゴンも、オーガも、ゴブリンも、川も、森も、家も、墓地も、神殿も、みんなまとめて爆破する。1度でもルブルム帝国の領土になった事がある土地は全て大地ごと爆発させる。



魔王の自爆ディストラクト』は稼働し続け、魔法陣も回り続け、このセカイの半分が光に包まれた。


……そうだ、それで良い。ここまできたらもう誰にもこの魔法兵器を止める事はできない。


4歳の時に父を殺され、母と妹を連れて行かされ、10歳の時に母を亡くし、13歳の時に妹共々襲われた。


この境遇を恨んだ。このセカイを怨んだ。


だから死ぬまで俺の好きな事を……ヒサが自由気ままに、身勝手で、ワガママに、好きな事だけして生きられるセカイを作ろうと思った。そして実際に作り上げた。



俺はこんなセカイに———ちゃんと復讐できただろうか?

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