第5話 心のわたあめ
「今日は真っ白な気分なの」
ふむ、真っ白な気分とな。
新雪の冬のように何も描かれていないキャンパスの上のような。そんな心を表した素敵な表現だ。
「白っていいよね。何者にもなれるようでこれからの自分が無限に続くような。ちょっとわかる気がするよ
「
う〜ん、どうだろう。
肉屋にいるから茶色や赤は見慣れてるし、確かに脂身の白はそそられる。だけど僕が好きな色は。
「僕は桜色が好きかな」
「桜色? ピンクの事?」
「うん。出会いの季節っていうか新しい始まりっていうか。今の季節にピッタリな色」
「ふ〜ん。出会いの季節ねぇ」
あまり興味が無かったのかな。そんな彼女は廊下の窓から見える桜の木をぼんやり見ていた。
「四十万さんの好きな色は?」
「ん? 私かぁ」
最近、朝のホームルーム前のこの時間がとても心地よい。クラスに馴染めてきたというのもあるけど、隣の女の子とのたわいの無い会話が楽しいのだ。
「秘密で」
「えぇ? 四十万さんずるい!」
「うぇっへへ。当てたらご褒美ね」
楽しいけれどやっぱり男として見られてる気はしない。自分の容姿のせいにはしたく無いけど、周りがどんどん成長していくのに僕だけ置いていかれてる気分。
「ほれほれ、当ててみ?」
「じゃあ紫」
「ブッブー」
「緑!」
「ハズレ〜」
「青っ」
「ノーノーノー」
くぅ〜。わかんないや。
ってか、本当の事を言うとも限らないよね。僕をからかって遊んでるだけかもしれないし。
「降参する?」
「まだまだ……」
「あと3秒以内に言わないと罰ゲームね」
「罰ゲーム? そんなの聞いてないよっ」
カウントは残酷だ。
「さん、に〜♪」
「え、はっ、あわ……」
「いち。はいざんね〜ん♪」
「四十万さん本当ずるい!」
いつものように「うぇへへ」と笑う彼女は別の世界の住人のように思えた。
あぁ、僕にもう少しだけ勇気があれば。
いやいや、何を弱気になってるんだ
そうだぞ十蔵!
行けるな?
はい!
「ねぇ二句森くん」
「はい!」
父さんのように格好良く。
「……聞いてる?」
「はい!」
女の子には優しく。
「じゃあさ」
「はい!」
母さん曰く、女の子のお願いにはイエスマム!
「今度の土曜日ふたりで出かけよ?」
「イエスマム!」
よし、この精神を大事にしよう。
あんなにガタイの良い父さんだって母さんには敵わない。ついこの間もどんな理由かわからないけど、玄関を開けたら母さんが父さんにキャメルクラッチを決めてたからね。
うん、女の子には優しくしよう。
「やった♪」
「はい?」
で、何の話だっけ?
「二句森くん、私楽しみにしてるね」
「?」
はて、僕が回想に浸っている間に何があったのかな?
「そうだ二句森くん。連絡先交換しよーよ?」
「連絡先? 僕と?」
「そうだよ? じゃないと連絡できないじゃん」
まぁ確かに連絡先交換しないと連絡はできないけど……僕は何か見落としているのでは? でもでも、女の子から聞いてくるなんて嬉しいような、ちょっと情けないような。
「えっと、四十万さんこのアプリインストールしてる?」
とりあえず言われるがまま交換するか。だけど僕のスマホを見つめていた彼女は少し黙った後にポツリと言った。
「……二句森くんの生声が聞きたいから、電話番号がいいな」
これはもしや脈アリなのでは?
「……い、イエスマム」
四十万さんの言う事は絶対。
僕は言われるがまま彼女と電話番号を交換するのだった。
「あ、俺も交換したい!」
「俺もいい? 四十万さん?」
「え、何? 四十万さんの連絡先?」
「なになに? 私もしたいな」
「えっ、四十万さんが交換なんてレアじゃない?」
「わたしもしたいなー」
僕と彼女のやり取りを聞いてた周りの男子と女子がこぞってやってきた。そのやりとりを見ていると、四十万さんが誰かと連絡先を交換してるのを見た事がなかった。そして男子達はこれをチャンスと見たのだろう。
どうやら黒髪美人の四十万さんとお近付きになりたい男子は多いようだ。
もちろん僕含めてね。
胸の奥にモヤモヤした感情を抱きながら成り行きを見守るしか出来なかった。
「私スマホ持ってないから」
「「「「…………え?」」」」
僕を含めたみんなが同じ反応をする。
「でも、今……」
「二句森と……」
「番号を……」
四十万さん、アナタの左手にあるのが高度文明機器ではないのですか?
「私、スマホ、持ってない、からっ!」
「「「イエスマムッ!!!」」」
彼女の冷たい声と怒気に男子達は回れ右して帰っていく。そのまま家に帰らなきゃいいけど。
四十万さんは女子達に何か一言二言小声で話して手を振っていた。
「…………えっと、四十万さん?」
「何かしら? あら変ね。私の左手に何やら未来からの贈り物が」
これはノッた方がいいんだろうな。
「すご〜い! 偶然だね〜。僕の右手にも同じ物が〜」
「うぇへへ。お揃いだね」
ちょっとだけ心のモヤが晴れた気がした。
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