第18話 エリザベスと反省

「あんたの試合は貧しすぎんねん!」

 控室に戻ったあたしは美夜子さんの前に正座するよう命じられ、そのまま叱責された。

「ええか?プロレスっちゅうもんは攻撃を受けて相手の良いところを見せた上で、その相手の上を行ったり裏をかいたりして三つカウント取ったりギブアップさせて試合を成立させる。そういうもんなんや、あんたの場合は自分のペースで相手の攻撃を受けへんで試合決めてまう、そこがあかんねん」

 これは以前から度々美夜子さんから指摘されていたあたしの欠点だ。

 前世で見た虎の仮面のレスラーの影響を受け劣化コピーをした結果、猿真似に終始し一方的に相手を攻めて試合を終わらせてしまうことがある。


 ただ勝つだけのしょっぱい試合。


 そう怒られたこともある。

「トーナメントの初戦と二回戦は実力のある相手やったからあんたが一方的に攻め立てても辛うじて試合が成立するように受けてくれた。けどな、これから先他の若手とか今後デビューする後輩相手にそんな試合して見ぃ?あんたの一方的な自己顕示欲まみれのしょっぱい試合を毎回見続けてくれるお客さんかてそのうち飽きて試合見ぃへんようになってまうで?それはエースどころかレスラーとして失格やねん。あんたの体格やと相手の攻撃受けたら一方的に攻められ続けることになるかもしれへん、それでもそこを何とか切り返すのが戦術であり戦略や!圧倒的な性能で肉体同士をぶつけるレスリングが出来へんねんやったら、知性で相手を嵌めたり切り返すレスリングを心掛けなあんたは上を目指されへんで?終始自分のペースで一方的な攻撃するんやったらボクシングでも競技柔道でも総合格闘技でもやったらええねん。あんたはうちらの団体の、女子プロレスのエースになりたいんやろ?せやったら相手の力を借りてもっと試合を魅せるようにせなあかん、よう覚えとくんやで!?」

 と厳しく叱責される。


 でも分かる、自分でもこのままではいけないこと、身体が小さいから相手に攻められ続けたらそのまま一方的に蹂躙されいい所なく負けてしまうのではないか?という恐怖感、確かにそれはあった。

 だからこそ自分のペースでこの世界にはなかったムーヴメントを多用し一方的な試合をすることが多かった。

 だがプロレスの面白さは技の多彩さでも意表を突く動きでもない、それらは枝葉末節に過ぎないのだ。

 プロレスにおいて重要なのは相手の攻撃を受けることで、相手の良さを試合中に見せること。

 自らの鍛え上げた肉体を使って相手の攻撃を受けることこそが重要なことなのだ。

 前世であるレスラーが

「相手が8の力で向かって来たら10までそれを引き出して11の力でねじ伏せる」

 ことが重要だと言っていたが、それを知っていてもいざやるとなれば実践するのは難しい。

 ましてやあたしにはジャンボ鶴田やジャイアント馬場のような圧倒的な巨体とそれを十全に操る優れたフィジカルなどないのだ。

 トップの方々のスパーリングは勉強になることが多かった、だからキャリアのある選手にペースを握らせることに絶対的な恐怖を持ったともいえる。

 だがこのままではあたしはエースどころかトップレスラーになれるかも怪しい。

 その結論に行きつくと次の対戦相手である恵さんとイシュタルを相手にどういう試合をするべきなのかを雑用をこなしながら考えるのであった。


 六日後、トーナメント二回戦全てが終了し準決勝出場者が決定した。


 飯富エリザベス

 イシュタル


 小坂真奈美

 橋田真琴


 恵さんとイシュタルの試合は実力が拮抗していた為か?図らずも目まぐるしく攻防が入れ替わる好カードとなり、最後はキャリアの差でイシュタルが押し切った形となった。

 優子ちゃんはその気の強さで先輩の小坂さんの顔やお腹にガンガンとビッグブーツ…前世のジャイアント馬場の十六文キックやブルーザーブロディのハイアングルキックのような前蹴りを叩き込み、相変わらず赤く染めた長髪を翻しながら躍動するその姿を見たお客さんから

『ヤンキーキック』

 と声を掛けられるほど激しく攻めていったが、決して体が大きくない小坂さんを倒そうと力を込めた所をスかされジャーマンスープレックスで仕留められた。

 二回戦最後の試合は序盤グラウンドの展開で真琴のスタミナを奪いに来た麻美さんに真琴が対抗しきったおかげでスタミナを消費させられず、空中戦に持ち込もうとする麻美さんを真琴が重い蹴りの連発で動きを止め、相手を翻弄できなかった麻美さんが止めを刺されて真琴が勝った。

 しかし勝った真琴は試合後あたしと同じような理由でレッドブル中村さんから激しく叱責されたらしい。

 若いからそういう所があっても仕方がないけど上を目指すなら絶対改善しなければいけないというお言葉を賜ったそうだ。


 この六日間いや試合の後美夜子さんに叱責された直後からあたしは雑用や美夜子さんのお世話をしながら他の人の試合を見続け、そして考えたことを練習やスパーリングで試した。

 あたしの背は150㎝あるかないか…だから軽量なのだがこの身長でウェイトだけ増やしても満足に動けなくなるだけだ。

 だから無理な増量はしない。

 しかし相手簡単にダウンさせられたり、吹き飛ばされたりしてはいけない。

 幼少期から体幹や下半身の粘りは鍛えてきたし、持久力もある方だ。

 問題はただ動くだけではなく、ダメージを負った状態で動けるか?だがそれも美夜子さんのおかげでトップレスラーのパワーとスピードは体感している。

 彼女たちレベルが相手でもなければ簡単にあたしの動きを止めることはできないというのが一回戦と二回戦を戦った後冷静に考えたあたしなりの結論だ。

 美夜子さんの付き人になって大分経つが、そもそもあたしの判断基準はトップレスラーの一角である美夜子さんをどう崩すか?というところから始まっている。


 安土女子において美夜子さんより速く、美夜子さんより重く、美夜子さんより痛みを与えられる上に美夜子さんより華があり美夜子さんほど動き続けられる人は少ない。

 それでも美夜子さんがセミファイナルやメインイベントを務める機会が少ないのは、団体の方針を左右できるほどのグループに所属していないという理由からだけだ。

 既存グループの上位者がそのままの地位を保持し続けその人達を押しのけて頂上に挑戦するよりあたしを始めとする若手で見込みのある者を鍛え自らを中心としたユニットを結成した方が早いし、性分に合っているいう理由で熱心に指導してくれている。

 思えば秋帆さんのビッグブーツも、福島さんのビンタも、デビュー戦で最初に小堀さんから受けたほどの衝撃や痛みやダメージは感じなかった。

 少なくとも巡業に帯同しデビューしてから半年以上経っている、その間美夜子さんを始め、スパーリングで延々トップの方と手を合わせてきた。

 恐らくトップの人達もスパーリングで若手を壊すほどのことはしてこなかったので加減はされていたのであろう、だがトップレベルのパワーとスピードに慣れたことであたしの小さい身体でも若手相手なら十分にやり合えるくらいのバンプ受け身は身につけることができているのだろう。

 だからこそ普段はあたしに徹底的に甘い美夜子さんがあそこまで厳しく叱責したのだと思う。

 多分彼女が伝えたかったのは

『しょっぱい試合をするな』

 という意味ではなく、

『鍛え上げた身体の強さも、身につけた技術も何故使わず怯えて攻め立てる!?』

 という事なのではないか?

 その結論に至ると今まで養ってきた技術で試合を組み立てるべく何度も反芻するように幾通りもの試合を頭の中でシミュレーションし体を休めるのだった。

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