第14話 エリザベスとオフと美夜子さん

 2月の巡業が終わりあたし達付き人も一応シーズンオフに入る。

 寮にまだ住んでいるトップレスラー以外の付き人はその業務からほぼ解放される。

 付いているトップレスラーの自宅に住み込みという訳ではない、オフに入って芸能などの仕事の時は合流してお世話をするけど。

 あたし達の同期が付き従っているトップレスラーはほとんどがもう既に寮を出ている方ばかりなのだが例外なのが美夜子さんだ。

 彼女は2ヶ月ほど前プエルトリコから凱旋帰国し、そのまま寮に荷物を預けて巡業へ帯同していった。

 当然こちらでの新居を探す暇などない。

 だから寮で生活しながら時間を見つけて不動産屋巡りをしている。

 勿論付き人であるあたしもお供をしている。


 月をまたいで3月に入っているので寮には今年の新弟子たちが入寮している。

 彼女たちは厳選されたエリートではあるが、あの厳しい新弟子生活を潜り抜けて何人が生き残るか?

 ちなみに寮長だった波瀬咲さんは今年度の新弟子が入る前に寮長を退任し、後事をイシュタルに任せている。副寮長は恵さんだ。

 今年の新弟子は直子ちゃんのように体格に恵まれた子も、恵さんのようなスポーツエリートもいないらしい。

 どっちかといえばあたしよりいくらか大きくて、身体能力で何かが突出した子を中心に選出したらしい。

 多分拷問トレーニングをやめた後の選手の伸びを見てそういう方針で試してみようという思惑があるのではないか?という噂だ。


 なんだかんだで恒例の懇親会が終わり翌日から厳しい日常ときつい稽古が始まっている。

 食事を終えた後、新しく用意された一人部屋に美夜子さんを招き今日回る予定の物件をパソコンで検索し相談しながら幾つかピックアップしていく。


 新弟子の稽古時間が終わる頃、作業を切り上げたあたし達は動きやすい服に着替えて道場に向かう。

 今日も美夜子さんと一緒にトレーニングだ。

 巡業中から美夜子さんにはほぼずっと相手をしてもらっている。

 普段は馬鹿なことを言ってふざけている美夜子さんだがレスリングに関しては抜け目がなく賢い。

 創造性がゆたかというか感性豊かなレスリングが持ち味でバンプがしっかりしてるから誰の相手もきちんとこなせる。

 ある意味お手本のようなレスラーだ。


 新弟子たちが日常の業務に向かった後道場で体を温め、念入りに柔軟をしていると同期の子達や他の若手の先輩方に交じって美夜子さんが入ってくる。

 それぞれが体を動かし準備を終えた後、思い思いのトレーニングを分かれて始める。

 美夜子さんもあたしのそばに来て、

「リズ、これから先の事を話ししようやないか?」

 と声をかけ、ベンチに座るよう促される。

「あんな、プロレスの歴史は200年に届かへんけど、レスリングの起源は紀元前3000年ごろからあったっていうのは知ってるか?」

 あたしは力強く首肯する。

「で、そのレスリングの歴史の中にはプラトンとか偉い賢い人もおったそうや」

 それも有名な話だ。

「せやからなのかも知れへんけどレスリングはアホにはできん。よっぽど体格に恵まれてて身体能力に秀でてても、きちんと戦略を立てて駆け引きできる、戦術に優れた相手を頭使わず勝てるほど甘いもんとちゃう、それはわかるな?」

 美夜子さんが真摯な目で語りかけてくる。

 あたしも美夜子さんに向かって真剣に頷く。

「それでリズの話になるんやけど、リズは身体が小さい。これはどうにも動かせへん事実や。そのリズが筋肉でがちがちに固めて動きの切れを落としてええことあるか?と考えるとうちはないと思う。せやからリズは最低限怪我せぇへんくらいで骨や内臓にダメージいかんくらいの防御力のある筋肉だけ付けて後は切れのある動きや持久力を付けて頭使ったつこうた試合をせなあかんとうちは思う」

 あたしをユニットのメンバーとして使いものになるよう育成するつもりなのだろう美夜子さんの真面目な話にあたしは、

「この前の巡業でデビューして、あたしもそう思いました。どれだけ身体能力的に優れていてもそれだけではお客さんに喜んでもらえる試合は出来ないですし、見ててワクワクしてもらうにはあたし独自の動きや世界観が必要だと思います」

 そうあたしが答えると、

「そこまでわかってるんやったら話は早い!オフの間は試合の組み立てやらなんやらを考えたり駆け引きを重視したスパーリングをするから、体力切れた後は頭回らんようになるけどそれでも意識して考えながらやるんやで」

 美夜子さんはそういって立ち上がると空いているリングを目指して歩いていく。

 あたしは置いて行かれないよう小走りで付いて行く。


 ちなみにこの日から美夜子さんは巡業中怪我をさせない意味で手を抜いていたところを加減なく攻めるようになり、その要求するスピードに付いて行くだけであたしはへとへとになった。

 一週間ほどかけてようやく喰らいつけるようになったら、今度は前の巡業で美夜子さんが助力したグループのトップクラスのの方たちが順番であたしの相手をして下さり、あたしだけ休みなくスパーリングをし続けるようになった。

 気分はもう百人組手である…

 美夜子さんが前の巡業で文句を言いながらも便利屋的に複数のグループの助っ人をしていたのはこうやって借りを返してもらう為だったのかな?

 と、稽古が終わった後息も絶え絶えにベンチの上に転がったあたしはそう思うのだった。

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