第七幕 桜と釣竿

 一本目の箱には、桜の枝。

 二本目の箱は、折れた釣竿。

 そして三本目が、今日の刀じゃ。


 どれもただ古いばかりの、黴だらけのガラクタよ。じゃから屋敷の物が最初にこれを見つけた時、捨てておけとわしは言った。……しかし、親分がこの箱の中を見ると、そりゃもう信じられん程に怒り狂うてのう。


「この箱を持ってきた者を縄で括ってわしの前に引き立ていっ!今すぐにじゃっ!」


 そう屋敷の者に怒鳴り散らす親分の剣幕ときたら、まるで地獄の閻魔様よ。わしらは親分の父御の代からこの家に仕えさせて頂いとるが、あのような顔は今まで一度たりとも見た事がねぇ。

 こりゃあ何か大事じゃ。そう思い、屋敷の者総出で、あの箱を置いた者を見なかったかと町中に聞きまわった。が、結局下手人の髪の毛一本、見つける事はならなんだ。


 ……そしてそれから丁度一月後のこと。まるで必死に犯人探しをするわしらを嘲るようにして、白昼堂々、同じ所に同じ箱が置かれとるじゃあないか。その話を受けた時の親分の顔と来たら、血の管が全部破れちまうんじゃねぇかと心配になるほどじゃった。

 しかして、箱を開き、その中から折れた釣竿が出て来たのを見ると親分は、今度は一転。顔真っ青にして、何も言わずに一人で屋敷の奥に引っ込んだかと思うたら、日が昇るまで出ては来んかった。


 以来親分は、何だか妙に怯えて、カリカリしちまってよ。お傍に仕えるわしらも、正直参っとると言う訳よ。



「そして今日の三本目でとうとうこのように……じゃ。」

 一郎さんは、話をそう結ぶと、何だか悲し気な顔をした。

「なるほど。……つまるところ親分は、ながほそいものが嫌い。」

 ならば飯の時に使う箸などはどうするのであろうか。俺も箸は、あまり得意な方ではない。頑張って物をつまむのが、しごく面倒におもう事があるのだ。それで時々、母の見ていない時は手で物を食うこともある。が、ばれてしまうと大事であるのであまりしないようにはしている。まさか、親分も俺と同じような気苦労をなされているのであろうか。

「どう考えても、そんな訳はねぇだろ。」

「違いましたか。」

 しかし、ならばどうして。

「……俺が思うに、箱の届人。あれは親分の弱味に付け入ろうって腹じゃあねぇかなぁ。」

「桜の木や釣竿に、悪い事でもしたのですか。」

「そうじゃあねぇと思うなぁ……。」

「ならば一体!どういうことなんです!俺には一郎さんの言うことが!まるで分からんです!」

「自分の頭が悪いからって、そんなに怒んじゃねぇよ、お前ぇさん……。」

「わけの分からんのは、もうけっこう!」

 俺は考えるのも、あまり得意ではない。それに今は、大ホラで泣かされ、よう分からぬ話で怒らされ、頭の中が心底疲れていた。そんな時には、腕立て伏せにかぎる。

「……三、四、五、六、七、八、九、九。」

 思い立ってすぐ、庭へ飛び出し腕立て伏せを始めた俺を見ると、一郎さんはひどく驚いた顔で「本当に馬鹿だねぇ、お前……。」と呟いた。それは数奇にも、さんざん、母より聞かされた言葉である。

 母が機嫌悪く、皺を寄せた顔を思い出すと、どうしてか、急に家へと帰りたい気分になった。

 母はもう元気になって、自分で美味しいご飯を作っているのであろうか。

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