第30話 私と踊って頂けませんか??
会場では少し盛り上がりも落ち着き、ゆっくりと時間が流れていた。
だがしかし、そんな場所でもだいたい酒癖の悪い者は存在する。
「や、やめてくださいッ離してくださいッ」
「そーゆーなよ。ちょっと酒ついでくれって言っただけだろ」
「イヤですッ」
どうしたことかと覗いてみると、貴族の男が同じく貴族の娘の手を右手で掴みわめいていた。
まわりは何事かと視線を集める。
「僕はフレムナット家の長男だぞ。今媚び売っとけば悪いようにはしないよ」
男はへっへっへっと気持ちの悪い笑みを浮かべながらさらに女性に迫った。
「なんで誰も止めないんだ??」
魅夜の疑問は当然で、周りの貴族たちはただ見ているだけか見て見ぬふり。
ちょうどアナスタシアもシルフィーナも離席しており男を咎めるものがいなかった。
「あいつは【フレムナット家】の長男なんだ。フレムナット家はここいらでは名の知れた大貴族で、あいつの父の爵位は【侯爵】なんだ。だから誰もアイツには逆らえないんだ」
「あの子は??」
「あーありゃ【レーズリーグ家】の娘だな。父の爵位は【子爵】だったかな??侯爵より下だ」
「ふーん。なんかわかんねーけど誰も手が出せないって事だけは分かった」
そう言うと魅夜は男の元へと歩いていった。
「少しくらいいいだろ?なんならこの後ベッドで―――」
男はそう言いかけたところで誰かに方を掴まれた。
「なんだ??」
貴族の男はそう言って振り返った。
「この国は女性優位って聞いてたから女性に優しい国なのかなって思ってたけど思ったよりクズばかりなんだな」
「お前は…七瀬魅夜ッ!邪魔しないでくれ、楽しい酒が飲みたいだけなんだ」
「ほーぅ、他人の楽しみを邪魔してまでもか??」
「いやそれは…」
「楽しい酒を飲みたいのは分かる。そりゃあこんな可愛い子にお酌されたら天にも登る気分だろうよ」
「へへへだろ??だったら――」
「俺は正義の味方でもなければ聖人でもない。むしろ自分の欲に忠実な自由人だと思ってる」
「…何が言いたいんだよ」
「可愛い女の子はみんな俺のものだ!その子に手を出すと言うのなら俺の許可を得てからにしやがれッ!!」
魅夜は右手で自分の胸をグーでトンっと叩き、威張った。
周りは呆気にとられ全員がポカーンとなった。
いくらケンカ好きの魅夜でも今そうすべきでは無い事は理解していた。
がゆえの思いついた浅はかな策が【俺のもの】作戦だった。
そしてゴタゴタに気づいていたかりんや響達は「何言ってんだか……」と呆れていた。
「じゃ…じゃあ許可してくれよ。悪いようにはしないからさ、な?いいだろ――」
「断るッ!」
魅夜は食い気味に言ってのけた。
呆気にとられていた周りはコントを見ているかのようにクスクスと笑い始めた。
「…僕をフレムナット家の人間と知って言ってるのか??国を救った英雄だかなんだか知らないが、権力も持たないただの冒険者じゃないか。お前なんか父上に言いつけて――」
「言いたいことはそれだけか?」
魅夜は面倒くさくなり睨みを効かせ目で脅した。
「…ッ」
貴族の男はそれ以上何も言わずその場を立ち去っていった。
「たくぅ…この世界大丈夫なんかぁ??魔王なんかよりよっぽどタチ悪いと思うけど」
魅夜がぼやいていると、絡まれていた女がお礼を言ってきた。
「あの…ありがとうございます。勇気がおありなんですね」
「別にあんたの為じゃないよ。見てて胸くそ悪かっただけだ」
「あの…『俺の女』…と…」
女はモジモジしながら上目遣いに魅夜を見た。
「えッ!?いやそんな事は一言も…」
「魅夜様がおっしゃるならわたくし…いつでも……」
とさらにモジモジしながら顔を赤らめる。
「いやいや違うから!ただの戯言だから!」
「わたくし…胸には少し自信があります…。きっと満足してさしあげられますわ!」
女はグイッと身体を寄せながら顔を近づける。
「いや…それは勘違いだから…」
と言いつつもついつい目線は下へ。たゆんたゆんなおっぱいに目を奪われてしまう。
「…すいません間に合ってまーす!」
魅夜は両手で女身体を引き離し、一目散にその場を逃げ出した。
「あんた何がしたいのよ」
魅夜は何故かかりんに説教された。
「俺のせいじゃないだろが」
「でも煙がないところに火は立たないって言うしね」
「逆だろ。何処で知ったんだよ」
ミオは誰に教わったのかあべこべのことわざを披露した。
「だいたい、煙を立てたのはミオだろうが」
「シルフィーナ様のおっぱいばっか見てるからでしょ?」
「……あれは良いおっぱいだった」
魅夜はさっきの立派なものを思い返しニヤついた。
「ウチも形は負けてないと思うけどなー??」
と響は自分のを持ち上げた。
「んな事より飯だ飯♪」
「そんな事って…ウチ泣いちゃうよ?」
「てかまだ食べる気なの!?」
そこへお色直しをしてきたシルフィーナがやってきた。先程よりも少しシックな大人っぽいドレスを身にまとっている。
「皆さん、楽しんでますか??」
「あ、シルフィーナ!うん♪こーゆーの初めてだから最っ高☆」
「それは良かった。今日の主役はあなた方なのですから」
「それにしても皆ダンス上手よね。練習してるのかな??」
かりんは周りを見渡しながら言った。
視線の先にはゆっくりとした曲調の中で、貴族の男女が何組も華麗に踊っていた。
「一応嗜みですから。あの…それで……」
シルフィーナは目線を魅夜に向けた。
「え?何??」
「魅夜さん。私と踊って頂けませんか??」
そう言うと両手でスカートを広げお辞儀をした。
「俺と??俺ダンスなんか出来ないぞ」
「大丈夫です。私がリードしますし難しいものじゃないですよ」
「いいじゃん行ってきなよ☆」
「下手なとこ見せてよ、笑ったげる」
「その次は私と踊ってよ??」
それぞれが勝手なことを言っている。
魅夜は少し頭をかいたが、覚悟を決めた。
「下手でも笑うなよ?」
「もちろんです」
そう言ってシルフィーナとダンスに向かった。
「その調子です、結構上手いじゃないですか」
「シルフィーナがリードしてくれてるからだよ」
魅夜とシルフィーナが踊り始めた時、皆の視線が次第に集まってきた。
魅夜は初めこそまともなダンスになっていなかったが、持ち前の運動神経と古武術の歩法による慣れでなんとか形になっていた。
「魅夜さん、ありがとうございました。あなたのおかげでこの国は救われました」
「別に救った訳じゃないよ。俺はただなりゆきと気まぐれでやっただけだ」
「それでも私たちが救われた結果は変わりません。この国を代表し、王女として改めてお礼を申し上げます。ホントにありがとうございます」
「またそれか……。お前はどうなんだ…よッ♪」
「きゃッ」
魅夜は腰に手をまわしていた右手に力を入れ少し強引にシルフィーナを踊らし始めた。
「私は……」
「言ってみろよ、自分の言葉でな」
「……魅夜さんの言葉で私は強くなれた…ありがとう」
シルフィーナは魅夜の手を離れくるっと一回転した後ニコっと微笑んだ。
「…上出来だ」
魅夜もそれを見て二ッと笑った。
そして再び手を取り合う。
「魅夜さん。お願い聞いて?」
「なんだ??」
「……私も冒険に連れて行って。きっと役に立ちますッ」
シルフィーナは真剣な目で魅夜を見た。
魅夜は少しの沈黙の後に口を開いた。
「悪いけどそれは出来ないな」
「どうして??」
「シルフィーナはこの国を背負っていかなきゃいけない人だ。王がいなくなり、2人の姉も居なくなった。女王を支え、お前自身もやる事が山ほどある。それに……」
「それに?」
「万が一王女に傷をつけるようなことがあったらどうなるか……」
「ふふふっお母様あぁ見えて怖いのよ?」
「王を断罪する時なんか目が血走ってたからな」
「んふふ♪もし私を置いていったら同じ目をするかもよ??」
「う…それはやめてくれ」
「んふ♪冗談よ」
シルフィーナは魅夜の手を離れくるっと回ってニコッとした。
そして音楽が終了すると同時にシルフィーナは再びスカートを両手で摘んでお辞儀をした。
「立派な跡継ぎになれるといいな。また会う時まで…それまで花嫁修業、みっちり頑張れよな」
「……うんッ!」
シルフィーナは今日1番の満面の笑みで微笑み返した。
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