第1話
「お前、まだそれを言うか?」
「はい。私が、旦那様を殺しました」
取り調べを続けていた青木は、頭をポリポリ掻いた。
「んなバカな。ロボットはそもそも、人に危害を加えないようにプログラミングされているはずだ」
「はい。ですが、私が旦那様を殺しました。これが、事実です」
「だから、それがあり得ないって言ってるんだよ」
この調子で、ずっと進展のないやり取りが続いていた。
「あり得ないんだよ、白鷺くん」
――そう、それは、あり得ないことなのだ。
ロボットの開発には必ず世界共通で決められているアンチオフェンシブ原則、通称、
ありえない。
たとえ人間にどんなに破壊されようと、ロボットは人間の攻撃性を受け入れるしかなく、防御することさえ叶わないのだ。
白鷺のような汎用執事型ロボットは、確実に漏れなくそれが適応されて造られる。
だからこそ、いつ何時なにをするかわからない人間の手伝いを雇うよりも、少々値は張るが、安全・安心・清潔な執事型ロボットのほうが人気だ。
いまや、各家庭になくてはならない家電と同じ扱いの機器で、どこの家電量販店でも売られている。
青木は大きなため息とともに、パソコンの検索画面を開く。
「バグがあんのか? お前、型番はいくつだ?」
「BHR434–0013492678–32番です」
警察専用の特殊データベースに入り、白鷺と同じ型番の汎用執事型ロボットのデータを引っ張り出す。
白鷺の答えた型をチェックすると、現在主流となっているプロダクションモデルの一つ前、テストタイプ型であると表示された。
「ふうん、テストタイプねぇ……」
BHR434型のバグと修正点は、時たま起こるメモリースティック内へのデータ転送の負荷によるフリーズ、年に数回のメンテナンス後の一分間の凍結現象、細やかな表情の構築不足のみだ。
それ以外の問題は特に見当たらない。改良版である現行型は、現在日本の経済市場を担う最大のマーケットを担っている。
よくできたテストタイプで、問題ないというのが一般認識で間違いない。
「大きく問題はなさそうだな」
BHR434型が起こした犯罪、事故、事件などはデータにはない。一分間のフリーズ現象の間に家事が起きてしまったとか、泥棒に入られたとか、データ転送に負荷がかかりすぎてショート発火したとか、些細ともいえるようなものだけだ。
「白鷺くん。ちなみに聞くが、動機は?」
「……」
白鷺はそもそも、重要参考人ではない。ロボットのため証拠品扱いとなるのが筋だ。
普通なら、彼の電源を切って本体を押収後、メモリースティックを抜いてデータ解析に回す流れだ。
だが、なぜか白鷺は一貫して「自分が殺した」と主張してくるので、ほかの捜査官たちの制止を押し切って、青木は彼を取調室に直行させることにした。
それなのに、いくら話をしても白鷺は動機については答えない。
「動機なんかないのかもな。そもそもロボットに感情はないし、プログラミングされているから、そういう風に見えるだけで……」
「私が、旦那様を殺しました」
「わーかったよ。じゃあ、それでいい。お前が主人を殺したと」
「私の
白鷺は青木を見つめてくる。
感情に乏しいように見えるのは、表情筋がテストタイプでは開発不足だったと書かれているからだろう。
現行モデルは喜怒哀楽をしっかりと顔に乗せることができるし、肌も温かい。
白鷺は、現行モデルとは違う故に、どこか機械感が強かった。なのに、パーツであるはずの目を見ていると、なぜか青木は人間と対峙しているような錯覚に陥った。
疲れているのかもしれないと、目頭をぐりぐり押さえてから、パソコンの画面を変える。
「――お嬢様、ね」
画面に映し出されたのは、今回の事件の被害者の妻だ。まだ幼さの残る顔立ちに、清楚さと品格を併せ持つ、絵に描いたようなお嬢様と言った風貌。
「はい。僭越ながら、お嬢様がまだ小さい時より私は側でお仕えしておりました。私の
「まあ、お前がだんまり決め込んだところで、メモリースティックのデータ解析が済めばそれが証拠だ」
青木はその日は一旦取り調べを終えた。
しかし、夜になって彼の元に飛び込んできたのは、メモリースティックのデータが壊れていてサルベージ不可というなんとも苦い報告だった。
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