南の島(7)
ムラコフが期待していた次のモモナは、想像以上にすぐやってきた。
満月のモモナである。
聞けば新月のモモナ、さらには半月のモモナというものまであるそうで、それならおおよそ一週間に一度はモモナがあるということになる。マヤは「たまに」と言っていたが、これのどこが「たまに」なんだ? まあいずれにしたって、ラムを飲める機会が多いことは、ムラコフにとっては嬉しいことであった。
「よう兄ちゃん、来たな」
酋長の屋敷に着くと、前回同様、太った男がムラコフを迎え入れた。すでに何本もの酒瓶が空いているところも、前回とまったく同じである。
まだ日が暮れる前だというのに、この男達は何時から飲んでいるのだろう? まさかここで昼食を食べて、そのまま今に至っているのか?
ムラコフがそんなことを考えていると、太った男が酒を注ぎながら話しかけてきた。
「今どっちの腕輪が格好いいか、この男と言い争っていたんだ。ちょうどいいから兄ちゃん、あんたに決めてもらおう」
「いいや、この兄ちゃんにわざわざ決めてもらうまでもないさ。オレの腕輪の方が、断然格好いいからな」
「何だと? このわらしべ野郎め!」
「やるのか? このだるま野郎め!」
何だか言い争いの内容も、前回とほとんど変わらないような気がする。
おそらく本気でケンカをしているのではなく、こうやって言い争うのがこの二人の趣味なのだろう。
「兄ちゃん、この腕輪を見てみろや」
太った男は、こん棒のように太い腕をムラコフの目の前に突き出した。
腕輪は木彫りの精巧な作りで、中央の平らになった部分に動物の彫刻が施されていた。
「どうだ、格好いいだろ? この模様はイノシシさ。イノシシのように勇猛だって意味だ」
「いいや、イノシシのように太ってるって意味だろ? へへん」
横から、痩せた男が口を挟む。
「そんな物より兄ちゃん、オレの腕輪を見てみろ」
痩せた男は、弓矢のように細い腕をムラコフの目の前に突き出した。
腕輪は同じく木彫りの精巧な作りで、中央には鳥の彫刻が施されていた。
「ほらな、オレの腕輪の方が格好いいだろ? この模様はワシさ。ワシのように聡明だって意味だ」
「いいや、風でも吹いたら飛んでいきそうって意味だろ? がはは」
「何だと?」
二人の男はまたしても鼻を突き合わせて睨み合い、それから声を揃えてこう叫んだ。
「どっちが格好いい? 兄ちゃん!」
「うーん……」
酒なら両方飲むが、そういう質問には答えかねる。
はっきり答えてどちらか一方の味方につくのも悪いし、もし仮にそんなことをすれば、この二人はますますケンカをしそうだからだ。
そんなわけで、ムラコフはそれとなく会話の方向を変えた。
「その腕輪は、自分で作ったんですか?」
「いいや。腕輪っつうのは、結婚前に嫁さんが作ってくれるもんなんだけどよ」
ムラコフの質問に、太った男が答える。
「その際に相手のトーテム――まあつまり、象徴的な印を中央に彫刻するのさ。たいていは、何かの動物の場合が多いけどな。で、男が受け取ったら、めでたく結婚成立ってわけだ」
痩せた男が、説明を引き継いだ。
腕輪はどちらもかなり年季が入っていて古そうだから、二人とも新婚早々というわけではないだろう。それでも誇らしげに自分の腕輪を自慢する二人の男を、ムラコフは正直うらやましいと思った。
「腕輪といえば、この島で次に結婚するのは酋長の娘だな」
「ああ、そうだな。これまではビンディが最有力のムコ候補だったが――」
二人の視線が、ムラコフの顔に集中する。
「兄ちゃん、あんたもいけるんじゃないか?」
「そうそう。あの娘はガイジン好きらしいから、あんたはきっと好かれているぜ」
「……そうですかね?」
ムラコフは返答に困った。
好かれているかどうかは知らないが、浜辺で会った時の様子からすると、興味を持たれていることは事実なようだ。しかしそれは島の外の人間に興味があるからであって、特にムラコフ個人に興味があるわけではないのだ。それなのにいきなりムコとは、さすがに話が急すぎる。
「あーあ。オレもあと十年ほど若けりゃ、ムコに立候補するのになぁ」
「そうだな、そしたら自分が次期酋長だもんな。まあ、おめえは仮に立候補したところで、どうせ真っ先に振られるだろうけどよ。そんなに太ってちゃあな」
「うるさい、おめえだって無理だろ。そんなに痩せてちゃな。しかし兄ちゃん、あんたはいけるぜ!」
「そうそう、オレ達が保証する!」
本人を差し置いて二人が勝手に盛り上がっているので、ムラコフは会話を止めに入った。
「そう言われても、神父は結婚できませんので……」
「いいや、何の問題もないさ」
「そうそう、全然関係ないね」
聞いちゃいない。
これだから、酔っ払いは困る。
「若いモンはみんな、『結婚なんか、てやんでぃ!』なんて言って力んでやがるけどよ。ある程度の年齢になったら、ふと急に寂しくなるもんだぜ。子供や赤ん坊の笑顔が、妙にかわいく見えたりな」
「僕は別に、『結婚なんか、てやんでぃ!』という主義ではないのですが。そうではなくて、職業が――」
「いやいや、いいんだって。そんな風に突っ張らなくても」
太った男は、バンバンとムラコフの背中を叩いた。
「ビンディはちょっとばかし頼りないと、オレは前から思ってたんだ。よし、決めた。オレはこの兄ちゃんに賭けるぞ」
「そんなら、オレもこの兄ちゃんに賭ける」
「それじゃあ、賭けにならんだろうが。おめえはビンディに賭けろ」
「いやだね。おめえがビンディに賭けろ」
太った男と痩せた男はしばらく言い争っていたが、やがて話がまとまったようだ。
「よし、それじゃこれで決まりだ。オレはこの兄ちゃんが勝つ方に賭けるから、おめえはビンディが負ける方に賭けろ」
「ああ、それならいいぞ」
「じゃあ、話がまとまったところで、もう一度乾杯だ!」
両側からムラコフの肩に腕を回すと、太った男と痩せた男は上機嫌で酒を飲み干した。
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