南の島(5)
深夜を回った頃、屋敷の中はようやく静かになった。
とはいえ、帰った人間はほとんどいない。大多数の参加者が、酒に酔ってその場でそのまま寝てしまっていたのだ。
「こんな場所で寝るのか……?」
ムラコフは思わずつぶやいたが、常夏のこの島では、布団など掛けなくても風邪をひかないのだろう。島の人間はみながみな顔見知りだから、泥棒だっていないに違いない。
しかしいくらそうだとしたって、ただでさえ上半身が裸なのにこんな無防備な姿で寝たら、腹でも冷やすのではないだろうか?
そう思ったムラコフは、着ているコートを脱いで、近くで寝ている男に掛けてやった。
「ん?」
ふと横を見ると、ゴロンとその場に寝転がった男達の間をぬって、皿や酒瓶をせっせと片付けている女がいた。
ちょっと太ったおかみさん――という感じである。
まだそれほど眠くもなかったので、ムラコフは彼女の片付けを手伝うことにした。
「あらあら、すみませんねぇ。どうぞ座っていてくださいな」
ムラコフが皿を重ねている姿を見ると、おかみさんは慌てて飛んできた。
「いえ。おいしい料理をついつい食べ過ぎてしまったので、食後の腹ごなしに」
「まあ、なんてお優しい! うちの旦那も、少しは見習ってくれないもんかね!」
おかみさんはそう言うと、近くで仰向けになって寝ている男を蹴っ飛ばした。
「まったく。客人に後片付けをさせて自分はグースカ寝てるだなんて、いったい何を考えているんだか!」
おかみさんが蹴った男は、酋長だった。ということは、この人は酋長の奥さんだろう。
寝ている旦那をキッと睨み付けた後、おかみさんは再びムラコフに顔を向けた。
「そうそう。今日の昼頃、うちの娘があんたの小屋にお邪魔しただろう? 怪我の手当てをしてくれて、ありがとうね」
「いいえ。あれは、突然声をかけた僕も悪かったので」
ムラコフが昼間のことを思い出しながら答えると、おかみさんはちょっと困ったような顔をした。
「本当はその時間はお祈りをしてなきゃいけない時間なんだけど、帰ってきたら膝を怪我してるもんだから、どこに行っていたのか聞いたのさ。そしたら、あんたの所だっていうから」
「お祈り?」
「そう、この島のしきたりでね。酋長の娘は、毎日雨乞いのお祈りをしなきゃいけないのさ。あたしも、若い頃にゃ毎日真面目にやってたよ。でもあの子はじっとしていられない性格だから、よくこっそりサボッているみたいだね。まあまだ若いんだし、色んなことに興味を持つのは悪いことじゃないさ。雨降らしの神様だって、それくらいは許してくださるだろ」
おかみさんは大口を開けて、「がはは」と明るく笑った。
「それはそうと、どうするかい? 今日はもう遅いし、ここに泊まっていくかい? だったら布団を出すよ」
「いえ、どうぞお構いなく。酔い覚ましに、歩いて小屋まで帰ります」
「そうかい? 気を付けるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
おかみさんは丁寧にムラコフを出口まで送ると、「明日の朝食べなさい」と言って、残った料理を持たせてくれた。
酋長の屋敷から東の小屋まではそれほど遠くはなく、ゆっくり歩いて約十分といったところだ。もうとっくに日は沈んでいるが、月明かりが広い海に反射して明るいので、帰り道で特に困るようなこともなかった。
それにしても、みんな想像以上に親切だった。今のおかみさんも、最初に話した太った男と痩せた男も。そういえば、彼らの名前をまだ聞いていなかった。次に会う機会があったら、その時に聞いてみよう――。
静かな夜の浜辺をゆっくりと歩きながら、ムラコフはそんなことを考えた。
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