第83話 魔導


「で、今日は何の用なんだ?」


 警察署の署長室にて、ソファに腰を下ろしながら俺がそう言うと、グレアスが「まぁ待て」とそう言って……何やら書類の束を用意し始める。


 馬鹿げた新聞記事のことで大いに盛り上がった朝食後。

 アリスを学校に送り出し、買い物に行くというクレオを送り出し……そうして今日はどうしたものかと、ぼんやりとした時間を過ごしている時にやってきた警察署の職員。


 その職員からグレアスが呼んでいると聞いて警察署までやってきた訳だが……なんだろうな、届けた落とし物のことだろうか?


 と、そんなことを考えているとグレアスは、何枚かの書類と結構な値段の書かれた支払通知書なる紙をこちらに差し出してくる。


 それを受け取って目を通し……しっかりと目を通したもののそこに書かれていた文面がよく理解出来なかった俺は、グレアスに、


「これは……なんだ?」


 と尋ねる。


 するとグレアスは自らのデスクへと向かい、なんとも高級そうな椅子にゆったりと腰掛けてから、今朝の新聞を……俺達が話題のネタにして盛り上がっていた新聞を取り出して、デスクの上でバサリと広げて、ぐいと俺に見せつけてくる。


「この新聞、お前も見ただろ?

 この空中軍艦に使われることになる技術の発見に、お前達が多大な貢献をしたとかでな、その貢献に対する報酬が支払われるってんで、その書類が届いたんだよ」


 新聞を見せつけながらそう言うグレアスに俺は首を傾げながら言葉を返す。


「……一体何の話だ?

 まさかあの落とし物の本に技術云々のことが書いてあったのか?

 しかしあれを書いたのは俺じゃぁなくて、何処かの誰かさんな訳で……」


「ちげぇちげぇ、そっちじゃねぇ。

 そっちに関してはまだ事務処理も終わっていねぇよ。

 そっちじゃぁなくてお前達が以前……空の上で見たというドラゴンの世界、そこで拾ってきた石ころやら土に関する話だ」


 グレアスにそう言われて俺は首をぐいと傾げる。

 傾げに傾げて、うんうんと唸ってから……「ああっ!」と声を上げて手をポンと打つ。


「結構前に空のピクニックだっていって出かけたあの時のことか!

 アリスが土を持ち帰りたいとかなんとかいって、空に浮かんでた浮島の下を飛んで……ドラゴンがやらかしてくれたおかげで、手に入ったあの土と……石ころ……。

 ……って、はぁ!? あ、あ、あれがどうなったらこの軍艦の話に繋がるんだ!?

 っていうかその新聞、デマじゃなかったのかよ!?」


 手を打ったままの体勢で俺がそんな悲鳴を上げると……新聞をそこらに放り投げたグレアスが、呆れ混じりの言葉を返してくる。


「お前達の身に起きた結構な出来事だったっつーのに、綺麗さっぱりと忘れてるんじゃねぇよ、全く。

 ……俺様も詳しくはしらねぇが、あの土と石には、ちょっとした魔法が仕掛けられていたらしい。

 その魔法はどんな物体でも、重量に関係なく浮かばせられるってもんでな……お前達が見た浮島もその魔法によって浮かんでいたんだろうって話だ。

 で、その魔法の解析が順調に進んだそうでな……無事に鉄板やミスリル板も浮かせられたってんで、あの軍艦建造の話が持ち上がったんだとよ。

 お前達の飛行艇のエンジンを参考にして作り上げた、魔法と科学が合わさった『魔導』と名付けられた力で浮かぶ軍艦……魔導船。

 まだ本当に出来るかは分からない、実験段階の技術だそうだが……もしこれが出来上がりゃぁワイバーンもドラゴンも怖くはねぇ……いよいよモンスターを一掃しての、平和な時代が訪れるだろうって、本土の方じゃぁ大層な大騒ぎらしい。

 その立役者がお前とアリスってことになってな……その金は技術料というか特許料というか、まぁ、そういう類の金なんだそうだ。

 書類は後々になって権利を主張したりしませんっつー、そんな内容の誓約書になってるな。

 文面に関しては知り合いの弁護士に確認させておいたが、特に問題の無い内容だとよ」


 そんなことを言われてしまって俺は……眉間に手を当てながら今の言葉をしっかりと理解しようと、頭の中で何度も何度も繰り返す。


 新しい技術『魔導』。

 そのきっかけは俺とアリスが持ち帰ったあの土と石ころで……そのおかげでとんでもない大金が手に入り……そして魔導船による新たな時代が始まる……かもしれない。


「そりゃぁまた……大層なことになってるんだなぁ。

 驚いたっていうかなんていうか、言葉もないな……」


 考え込みながらどうにかこうにか、そんなことを俺が吐き出すと、グレアスは椅子に深く腰掛けながら言葉を返してくる。


「ちなみにだが、空の上でお前らが出会ったってドラゴンな。

 あれはモンスターのドラゴンとはまた別種の、友好的なドラゴンという認定がされることになってな、かつて勇者を導いたドラゴンがいたっていう昔話にあやかって、エンシェント・ドラゴンと呼称することになったそうだ。

 エンシェント・ドラゴンと邂逅することになったら、ドラゴンのように攻撃したりせずに、対話を試みよ……ってそんな通達が追々、国中にされるそうだ」


 その言葉を受けて……ようやく事態を飲み込めて、ソファにどさりと身体を預けた俺は、ため息交じりの言葉を吐き出す。


「……もし魔導船なんてもんが出来上がったら、飛行艇の時代も終わりってことか」


「……まぁ、そういうことになるかもしれねぇな。

 ただまぁ、そうなるとしてもすぐにって話じゃねぇ、十年先か二十年先かって話だろう」


「……二十年か。

 二十年もあればまぁ、魔導なんて力が無くても相応に科学が発展して、飛行艇を時代遅れの遺物にしてたんだろうが……。

 そうか、そうだよな、科学の時代ってのはそういうもんなんだよな」


 銃が開発されて、どんどん改良されて、新たな技術が生み出されていって、ライフルなんてものが生み出されて、剣や魔法を過去の物にしていった。


 それと同じことは軍事以外の様々な分野でも起こっていて……今は最新技術である飛行艇も、いつかは過去の遺物として扱われるのだろう。


 いつまでも今のような生活は続けられない。

 今のような飛行艇の時代は、今だけの……俺達だけのもの。


 そんなことを考えた俺は……意を決して立ち上がってグレアスの机からペンを拝借して……契約書にガシガシとサインをしていく。


「……で、お前はどうするんだ?」


 そんな俺のことをじぃっと見やりながら、そう訪ねてくるグレアス。

 時代が変わりつつある今どうするのかと尋ねられて俺は……、


「どうもしないさ。

 大金が手に入ったってなら、それはそれで貯金しておいて、限界が来るその日まで怠けることなく元気に働く。

 そんな風に働きながらアリスと楽しく毎日を暮らしていって……そうして時代遅れになったなら大人しく引退して貯金を頼りに更に楽しい毎日を暮らす。

 ……寿命が来るその日まで笑いながら毎日を過ごしてやるさ!」


 と、そんな言葉を返す。


 するとグレアスはにっこりと、気持ち悪い笑みを見せてきて……「それで良い、それで良い」とそう言ってから、ガッハッハと大きな笑い声を上げるのだった。

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