第79話 ラゴスの知らぬ間に


 翌日。


 なんだかんだと忙しく、出立するその時まで町の中を駆け回ることになりながらも、特に何事もなく商魂逞しいあの町を後にし……そうして俺達は回収船と共にナターレ島への帰路についた。


 今回の稼ぎは、なんだかんだと経費がかかってしまったが、それでも一人130万の稼ぎとなり……これだけ稼げたならまぁまぁ、悪くなかった仕事だと言えるだろう。


 ちなみにだがこれは、そもそもの依頼人である神殿からの報酬を考慮しない金額であり……今回色々揉めたこともあり、その報酬に関しては最初から無かったものとして、請求しないつもりだ。


 本来であれば請求すべき所なのだろうが……あんなことをしでかしてくれた神殿とはもう関わり合いになりたくないという気持ちが兎に角強く、アリスもクレオも、アンドレアもジーノも同じ想いだった為に、そういうことになった。


 いざ請求するとなると、仕事の妨害に対する慰謝料やら何やらも請求する必要があり……そうなると金額は途端に跳ね上がることになり、あんなことしでかす連中がそれ程の大金を支払う訳がないというのも、報酬を断念した理由の一つだったりする。


 連中が払わないとゴネ始めたら弁護士を雇って裁判を起こす必要があり……何年かかりで勝訴したとしても、果たして連中に支払い能力があるのやら無いのやら。


 時間が無駄になるし、膨大な事務処理をすることになるし、精神がすり減るし……兎に角もう、連中とは関わり合いにならないのが一番の選択肢だと言えた。


 ……と、そんなことを考えているうちにナターレ島が見えてきて、俺達はいつものように整備工場に飛行艇を預ける。


 向こうの島で整備してもらったとはいえ、やはりいちばん信頼出来る、馴染みのある整備士達に任せるのが一番だ。

 ついでに機体内の掃除もやってもらうことにして……そうしてからアンドレアとジーノと分かれ、我らが屋敷へと足を向ける。


「おかえりなさいませ!」


 屋敷の何処からか飛来する俺達を見ていたのだろう、門のところでルチアが出迎えてくれる。


 するとアリスとクレオがルチアの下に駆けていって……それぞれに抱えていた鞄からお土産を取り出し、その場であれこれと会話をし始める。


「おーい、そういうのは屋敷の中でやれ、中で。

 屋敷に帰ったら着替えたり風呂に入ったり、色々やりたいことがあったんじゃないのか?

 それとも俺が先に風呂に入って良いのか? バスタブが毛だらけになるぞ?」


 そんな三人娘に俺がそう声をかけると、屋敷に比べて狭くて水圧も微妙な宿のシャワーに辟易していたらしいアリスとクレオが、泡を食ったような様子で駆け出し、屋敷の中へと入っていく。


 その後ろ姿をやれやれとため息を吐き出しながら見送った俺は……それに続く形でゆっくりと、まだ住み始めて間もないというのに、すっかりと我が家として馴染んだ、我らが屋敷の中へと足を進めるのだった。




 ――――数日後 ??? ????



 屋敷そのものは古めかしい造りながら、ラジオやシーリングファン、蓄音機やカメラなどの姿がある、最先端の風景が広がる一室で、報告書を片手に、一人用ソファに深々と腰掛けた主人の姿を見やり……メイドは落ち着かぬ心持ちで、主人の次なる言葉を待っていた。


 聡明ながらに大胆、それなりに美しくそれなりに華麗、敵にはひどく厳しく、味方には子を溺愛する親よりも甘いその人が、今度は一体どんなことをしでかすのやら、言い出すのやらと、そわそわとしていると……その報告書を主人がぐしゃりと握りつぶす。


「……お父様と各所に報せて、今日から神殿は我が家の敵よ」


 そう言って主人は、握りつぶした報告書をソファ脇のくずかごへと押し込み……肘置きに肘をついた右手の平に頬をやり、大きなため息を吐き出す。


「よりにもよって私のウサギ騎士様に攻撃するなんてね……。

 それも自分達を助けに来た所に……だなんて、一体何を考えているのかしら。

 重罪なのは勿論のこと、国中の賞金稼ぎと獣人を敵に回す愚行だとは思い至らなかったのかしら。

 ……まぁ、獣人に関しては元から全力で敵対していたのだけども、それでも今回のこれは衝撃度が大きい……。

 ……神殿の未来は無いに等しいと思って良いのでしょうし、関係を断ったとしても問題はないはずよ」


 そんな主人の言葉を、一字一句逃さずメモ帳にメモしたメイドは……主人があえて読んでいない、ソファ前のテーブルに置かれた一枚の報告書の方へと目をやり、その内容に目を通す。


「……あの、お嬢様。

 この報告書にある聖女とやらの動向に関してはアクションを起こさなくてよろしいのですか?

 なんかこう……神殿内部でこれから、色々と嵐を起こしそうな感じなのですけど……」


 その内容があまりにも凄まじく、黙っていられなくなったメイドがそう尋ねると、主人は大きなため息を吐き出し、言葉を返す。


「アクションを起こせっていっても、どうしたら良いって言うのよ。

 騎士様を神の御使いとして信奉し、神殿内で革命を起こそうとしている……頭が弾けた女なんて。

 下手に手を出せばこちらにまで飛び火してきそうで……手の出しようがないじゃないの」


「……まぁ、それはそうなんですが……。

 時代遅れの教義に嫌気が差していた数百人の神官と、何人かの大司教までが同調し、一大勢力となっているらしいですが、それでも手を出さないのですか……?」


「出さないわよ……出せないわよ。

 本土に向かう道中の町に居ることを良いことに、立ち寄った神官達に次々に声をかけ、その殆どを口説き落とし、どんどん数を膨れ上がらせている連中になんて……」


「……騎士様にお目をかけているお嬢様としては、この聖女……ライバルにも成り得るのでは?」


「それはその時に考えれば良いこと……。

 ……仮に革命が上手くいったとしても騎士様にとってはマイナスにしかならないでしょうし、まずは兎に角神殿との関係を断って、あらゆる手を尽くしてその勢力を削ぎましょう。

 そうやって勢力を削いでおけば、仮にその聖女とやらが革命に成功しても、その頃にはぐんと影響力が落ちているはずよ」


 そう言ってテーブルの上の報告書に手を伸ばし、それすらも握りつぶし、くずかごに捨てた主人の苦い顔を見て、メイドは主人に聞こえないように小さな……本当に小さなため息を吐き出すのだった。

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