第72話 罠


 神殿に仕える神官という連中は、毎年この時期になると本土にある聖地と呼ばれる場所に向かう必要があるらしい。

 毎年欠かさずそこで神に祈ってこその神官なのだそうで……数日前、周辺の島々に住まう神官達全員が一斉に、それぞれの方法で本土に向かって出立したんだそうだ。


 飛行艇を持たない人々が本土に向かうとなったら、客を乗せて空を飛ぶ大きめの飛行艇……旅客機で行くか、船で行くかになる訳だが……今回遭難した連中は船を移動手段に選んだようだ。


 旅客機よりも運賃が安いとはいえ、船となるとかかる日数は数倍に跳ね上がる訳で、よくもまぁ船なんかで行こうとしたもんだと感心してしまうが……その結果が船が座礁しての遭難なんだからなんともはや……神は一体何処で何をしているのやらなぁ。


 座礁して遭難したなら救助に行けば良いだけの話なのだが……その島がワイバーンの縄張りというのがネックとなって救助は遅々として進んでいないらしい。

 

 軍に声をかけたが、今は何処もかしこもが似たような騒動を起こしているとかで、早くて一ヶ月、最悪三ヶ月待ちもありえるとかで……そこで連中は嫌々、渋々俺達に話を持ってきたようだ。


 だが……だがなぁ……うーむ。


「罠、の可能性もあるんだよなぁ」


 と、椅子の背もたれに身体を預けながらそう言うと、余程嫌なことを言われたらしいクレオが、何度も何度も繰り返していた地団駄を、はたと止めて「罠?」と首を傾げる。


「そう、罠。

 たとえば人命救助とか言って俺達を呼び出して、呼び出した地点に壊れた弾痕付きの飛行艇とか、船を用意しておいて、俺達に撃たれたとか騒いで、俺達を犯罪者に仕立て上げようっていう、そういう罠だ。

 ……獣人の俺が飛行艇を手に入れて、順調に金を稼いで、屋敷まで買ったとなると連中も心中穏やかじゃないだろうからなぁ、そのくらいはやりかねないんだよなぁ」


 俺がそんなことを言うと、クレオとルチアはお互いを見合ってその表情で「まさかそんな」と語りかけてくる。


「……そのまさかが、連中ならありえるんだよな。

 俺がまだこの島に来て間もない頃……そこらの草ばかりを食っていた頃、連中が人の良い笑顔で近づいてきてな、果物を差し出してこう言うんだよ『ほら、お食べ』『神様の御慈悲だよ』ってな。

 ……だがどうにも、その顔が胡散臭くて……両親に捨てられたばかりで色々アレなこともあって、俺はその果物に手を出さなかったんだが……結局それは店先から盗んできたものだったんだよな。

 店先から盗んできたばかりの物を俺に食わせることで、俺のことを泥棒に仕立て上げようとしたって訳だ。

 他にも色々と……手を変え品を変え連中は俺のことを犯罪者に仕立て上げようとしやがって……グレアスにそれがバレて、実行犯の何人かが逮捕されるまで続いたんだよな。

 だからまぁ……今回のも罠なんじゃねぇかってな」


 俺があの時……遺跡であの女性を助けた時、恐怖を感じたのはこの件もあってのことだった。

 これは連中の罠なんじゃないか、連中の仕込みなんじゃないか。

 あの状況で連中が出てきて俺を性犯罪者扱いしたなら……そう考えたらもう、パニックになるしかなかった。


 兎に角あの女性を助ければ、服を着せるなりしてやれば、そんな疑惑から逃げられるはずだなんて、今思えば何をやってるんだかって感じだが……まぁあの件に神官共は関わっていなかったようだし、結果オーライというやつだ。


「じゃーもう、助けなくて良いんじゃない?

 何かあっても自業自得でしょ、そんなの」


 ベッドの上でごろごろとしながら……雑誌の一つを読みながらアリスがそう言ってきて……それで会話が止まり、沈黙が辺りを包み込む。


 もし本当に遭難だったら、もし本当に困っているのなら、助けたいという気持ちはあるのだが……助ける義務はない訳で……。

 助けにいっても感謝されるかもどうかも分からないそんな相手を、助ける価値があるのか……。


 俺がそんなことを考えながら椅子に身体をだらりと預けて、ギリギリと軋ませていると……苦い顔をしたクレオが沈黙を破る。


「それでも自分は軍人なんですよ。

 国民に助けを求められたなら、助けなければならない訳で……」


 ああ、そうか、クレオは賞金稼ぎとはまた違う立場にある訳か……。

 軍人としては助けを求められた以上は、助けにいかなきゃいけない訳か……。


 そうだな、神官達を助けるというのにはどうにも乗り気になれないが……クレオを助けるというのなら……。


「んー……アリス、こういうのはどうだ?

 俺達は神官共を助けに行くんじゃなくて、救助に向かうクレオを助ける為に、護衛する為に飛ぶってのは?

 友達の為ってなら、やる気は出るだろ?」


 俺がそう言うと、アリスは雑誌から目を離し、クレオを見て俺を見て……小さく「うん」と声を上げる。


「多分アンドレアもジーノも、クレオの頼みってことなら手伝ってくれるだろう。

 責任者はクレオ……というか軍ということにして……。

 グレアスにもしっかり相談して、罠だとかそういう場合でも手を回して貰えるように根回しした上で、俺達は護衛依頼を受けたって体でその島とやらに向かうとしようか。

 救助できるようにワイバーンを狩ってやって、救助には関わらずに撤退してそれでお終い。

 縄張りだかなんだか知らないが……あのワイバーンの巣みたいな騒ぎは早々ないだろうし、仕事としては楽に終わる方だろう。

 ……いっそのこと回収船にも依頼して、目撃者っていうか、味方の証人を増やしとくのも手かもしれないな。

 ……連中の場合、依頼料の支払いを渋ることもありえそうだし、ワイバーン自体で稼いでおく必要があるだろうな」


 そう俺が言葉を続けると、アリスは顔を上げて頷いてくれて、クレオは笑顔で頷いてくれて……仕事にはあまり関係ないルチアも良かった良かったと何度も頷いてくれる。


 そうして俺達は新たな仕事に取り掛かる為に、各所に連絡したりなんだりと、慌ただしく動き始めるのだった。

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