第29話 空のピクニックと……
翌日。
俺とアリスは飛行艇の練習を兼ねた空のピクニックと洒落込むため、整備工場へと足を運んでいた。
いつもの飛行帽にいつもの飛行服に、アリスが作ったランチボックスを持って、紅茶入りの水筒を持って。
飛行艇に乗る以上はどうしても飛行帽と飛行服を着る必要があり、ピクニックらしい格好をする訳にはいかなかったが、それでもアリスは飛行服の下に買ったばかりのワンピースを着て、買ったばかりのヘアゴムで髪をまとめてと、アリスなりのオシャレをしてピクニックを楽しもうと意気込んでいた。
あくまでメインは俺の練習であり、空のピクニックというのは方便というか、もののついででしか無いのだが……まぁ、後部座席で座っているだけのアリスとしては、そういった楽しみを持たないと暇でしょうがないのかもしれないな。
整備工場につくと親方達が支度を整えてくれていて……発進準備の済んだ飛行艇が海へと繋がるスロープの前で待機していた。
マナストーンへの充填も、念の為の弾丸の装填も完了、整備も完璧いつでも発進出来るということで……俺達は礼を言いながらタラップを登り、座席へと潜り込む。
そうしていつもの手順で発進準備を整え、海に出て海面を走り……そのまま一気に空へと飛び上がる。
飛び上がって一気に加速していって……何かあっても良いようにと周囲に何も無い、海だけの一帯へと進んでから、そこで本で読んだテクニック各種の実践をし始める。
基本的なことからゆっくりと、一つずつ確実に。
そうやって空を縦横無尽に飛び回っていると、通信機からアリスの声が聞こえてくる。
『ねぇねぇラゴス、もっともっと上まで飛んでみない?』
「上……? 上に行ったってただ雲があるだけで、他に何がある訳でもないぞ?」
『それでも行ってみたいじゃない?
空の上の雲の上のもっと上、うんと高いところから、この海と皆の島をじっくり眺めてみたいの』
アリスにそう言われて俺は……まぁ、少しくらい構わないかと機首を上げて、高度をゆっくりと上げていく。
そうしながらも色々なテクニックを試し、高度の上げ方もあれこれと試していって……飛行艇が雲を貫き、雲の上の世界へと突入する。
『もっともっと! もっと上までいこー!』
雲を貫き、雲を翼で引きながら飛ぶ光景がよほどに面白かったのか、アリスがなんとも喜色に満ちた声を上げてくる。
あんまり高度を上げすぎると空気が薄くなるやら冷たくなるやらで良いことなんかなんにも無いのだがなぁ……と、そんなことを考えながらも俺は、無理なく行けるとこまでは行ってやろうかと更に高度を上げていく。
機首を少し上げて螺旋を描くように飛行艇を飛ばし、そうしながら雲を翼で引き裂いていって……そうやってあるところまで高度を上げたところで……何かを踏み越えたというか、見えない壁を貫いたというか、何処かに入りこんだような、なんとも言えない違和感が俺の全身を包み込む。
「……なんだ? 空気が変わった?」
その違和感の正体を掴めずに俺がそう呟くと、アリスが大きな声を上げてくる。
『空気が! 空気が濃くなった! 暖かくなった!
何何、一体何が起きているの!? 空って空気が薄いんじゃなったの!?』
その声は悲鳴に近く、アリスも何かが起きていることを感じ取っているようで……俺は慌てて機体を水平に保ち、今自分達がどうなっているのかを把握しようとする。
視線を巡らせると周囲には薄い雲があり、眼下には分厚い雲の床があり……上を見ると何故か上にも雲の天井がある。
「……なんだ? あんな雲の天井、さっきまであったか?
確か太陽が見えていて青い空が見えていて……っていうか、あんなに分厚い雲が日光を遮っているのに、なんでここは暗くないんだ?」
『わかんない、なんにもわかんない……。
でもなんだろ……なんだかここ、暖かいっていうか柔らかいっていうか……そうだ、ここ、魔力に満ちてるんだ。
すっごい濃度の魔力があって……飛行艇がその魔力を切り裂きながら飛んでるって感じがする』
魔法を使えず、魔力のことも知らない俺は、アリスが何を言わんとしているのかは分からなかったが……とにかく普通では無いことが起きているということだけは察して……機体の速度を上げていく。
怪しいというかなんというか、上の雲にも、下の雲にも突っ込むのはどうにも躊躇われて、とにかくその雲が途切れて、空か海が見えるところまで飛んでいこうと、水平に真っ直ぐに、雲にはまされた世界の中を飛んでいく。
そしてアリスは言わずとも俺の考えを察してくれたのだろう、雲が途切れている場所がないかと視線を巡らせてくれているようで、魔力が薄いと思われる、雲が薄くなっていると思われる方角を俺に知らせてくれて、何処へ行けば良いかの誘導をしてくれる。
そうして俺達は雲の世界の中を飛んでいって……どれだけ飛んでいっただろうか、かなりの時間が過ぎた後に、急激に雲が薄くなり、一気に上下の雲が消え失せて、青い空と青い海と……それと、雲の中に隠れていたらしい『浮島』の数々が視界に飛び込んでくる。
「な、な、な、なんだありゃぁ!?」
浮島、それはそう呼ぶ以外に無い存在だった。
島が浮いているのだ、空の上に。
まるで地面をえぐってそのまま空まで持ち上げたと言わんばかりの有様で、浮島の上には草木や花が当たり前に生えていて……そこには様々な獣や鳥や虫の姿まであるようだ。
『ら、ら、ら、ラゴス!?
大変、前見て、前!! 前の浮島に、浮島に!?』
そう言われて俺は眼下の浮島から、正面への浮島へと視線を移す。
するとそこには……そこに浮かぶ数え切れないほどの数の浮島には、そこを巣としているらしい数え切れない程のドラゴン達の姿があり……俺は唖然とし、そして絶望する。
ドラゴンの生息地というか、巣のほとんどは未確認なのだという話を聞いたことがある。
ガルグイユのように分かりやすい巣を持っているのは稀の稀で……基本的にドラゴン達は何処からともなく飛んでくるのだそうだ。
そしてその答えが今目の前にある。
まさか雲の世界に巣があったとは、雲の世界の住人だったとは……。
人類の敵であるドラゴンの巣に入り込んでしまったこと、無数のドラゴン達と相対してしまったことに俺が深く絶望していると、アリスが震える声を……震えながらも絶望ではなく希望を抱いているらしい力強い声をかけてくる。
『ラゴス……ここにいるドラゴンは多分、私達の敵じゃないよ。
魔力が違うっていうか、雰囲気が違うっていうか……ガルグイユと全然違う存在なんだと思う。
その証拠にほら、皆こっちに気付いているけども、興味深げに眺めるだけで何もしてこないじゃない?』
アリスにそう言われて俺は……トリガーにかけていた、ガチガチと震える親指をそっとトリガーから外す。
確かにそうかもしれない。目の前のドラゴン達が敵だったなら、ガルグイユのような存在だったなら、俺達はとうに消し炭になっているはずだ。
最後に一矢報いてやろうと、せめて一匹だけでも殺してやろうと考えていた俺は……スコープから視線を外し、浮島の方へと視線をやって……そこに座っているというか、寝転んでいるというか、鎮座しているドラゴン達の様子を観察する。
するとドラゴン達は、俺達の態度に何か思う所でもあったのか……大きな口をあけて大きな咆哮を、空気を震わすとんでもない咆哮を上げるのだった。
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