光の行方
第五章 ~ 天界へ
【光の行方】
光に包まれた3人の武器。エルの『スノウブレイカー』、『アディリスの爪』。オルガの『ダインスレイブ』、『ドラグヴェンデル』。クリアンカの『フォルテナの槍』。黒い雨が止み、反撃の刻となるはずだった。新たに生まれた光、己の光に目を奪われ、目前の闇に気がつかなかった。それとも漆黒の雨に紛れていたのだろうか。今にも『黒玉』が放たれようとしていた。
一歩前に出たエルとセシリアが同時に防御壁を発生させた。背後にはティモシーが立っていて、オルガとクリアンカは其々左と右に捌(は)けていった。エル、セシリア、ティモシーと、オルガ、クリアンカ。まずはどちらに焦点を合わせようか。よし、エル、セシリアそしてティモシーの3人からにしよう。
『黒玉』からティモシーを保護すべくエルとセシリアが肩を並べて立ちふさがった。絶望竜とは相性最悪の天人族。エアドーハスの攻撃は天人族のティモシーにとって致命傷になりかねない。だから壁になるものが必要だった。今ここで壁として存在できる者、それがエルとセシリアだった。まずはエルが小太刀を構えるとクーンとバリアが広がった。土属性の防御壁がセシリアとティモシーを囲い込んだ。ただし、おそらくはエルの剣技だけでは黒玉を防ぐことは難しかっただろう。それがエルの正直な直感だった。エルに続いてセシリアが法術を展開した。森を属性とする『玲瓏の木漏れ日』が、エルの障壁を丸ごと優しく包んでいった。その時のこと。ただ包むだけかと思われたセシリアの法術がエルの障壁にくっついた。最初は何が起こったのか分からなかった。いや、最初はというより最後までわからなかったのだが、詰まる所、土と森とが融合してより大きな力を生み出したのだ。エルは言うに及ばず、セシリアも初めて目にする現象だった。これが術合成。属性融合。合成法術。
「へぇ~、暖ったかいのに涼しい。なんか変な感じだけど不思議に気持ちいいな。それにとんでもなく頑丈なバリアだってことは俺でも分かる。さすがセシリアだ・・・セシリア?」エルの素直な感想にセシリアははっと我に返った。
何・・・これ?バリアが合わさったの?法術の合成?ううん、エルのは正確に言うと法術ではないから属性の融合、といった所かしら。相反する属性があるんだから相互補助の属性があってもおかしくはないけれど、今まで見たことはおろか聞いたこともないなんて。・・・うん、上々。これなら移動できるし、多分反撃も可能ね。強いて言えば強い、強すぎることが欠点かしら。法力の消費量が―
・・・っすがセシリアだ・・・セシリア?」
へっ?ああ、うん。でもエル、あまり長くは続けられ―
「来ます!」ややバタつく中で天界人ティモシーが注意を促した。言わずもがな、それは黒玉だった。
ティモシーに緊張が走る。刻々と迫り来る黒玉、その威力をこれまで幾度となく目にしてきた。崩れゆく宮殿と消え逝く同胞たち。もう逃げるわけにはいかないのだ。尤も不安に駆られたのはティモシーだけではなく、エルもコクリと唾を飲み込んだ。セシリアの法術を信頼していないわけではない。まぁ、自分の防御癖には大きな不安がつきまとうけれども。
やはり衝撃はあった。音と風によってエルとセシリアの髪が棚引いた。それでも土と森が手を繋いだ聖域を黒玉が侵略することはなかった。壁にぶつかり一瞬抵抗を見せようとはしたが、いともあっさりと消滅した。ほっとするエルとティモシーに対して、セシリアの唇は微かに笑みを浮かべた。当然の結果だと言わんばかりに。エッへんという声が聞こえてきそうだった。ただしエアドーハスも引かない。黒玉の連撃だ。一発目を弾いた声の下から次の暗黒球が放たれたのだが、その2発目も同様に終わった。黒玉恐るるに足らず。ティモシーにも少し笑顔が生じた。セシリアは相も変わらず自信満々。そしてエルは、片膝をついて蹲(うずくま)ってしまった。呼吸が荒い。
「エルさん!?」ティモシーの心配にも声を出すことができず、手を挙げて応えるのがやっとだった。
「無理もないわ、エル。少し休んでなさい。」セシリアの声には頷くのが精一杯だった。
息を止めていたのは90秒ほどか。魔導石の力を抑えればすぐに元通りとなるわけだが、こんなにも潔く体力が奪われるとは思わなかった。セシリアも同様に法力が減少しているはずなのだが、やはりその法力には脱帽だった。
「あとはアイツらがどうにかするでしょう。」
絶望竜が3人に執着している隙をついてオルガは瑕瑾(かきん)に接近した。さすがに正面衝突は避ける。敵の視界に入らぬようやや後方から遠回りする。しゃぼんに包まれ飛んでいく。そして背と翼の付け根に着地した。続いてダインスレイブを自分の背中に預ける。オルガはどうやらドラグヴェンデル一刀で蹴りを付けるようだ。拳大の小さな瑕瑾を狙うのに二刀の大剣は必要ないのだろう。目標の位置を確認するとゆっくりと歩きだし、徐々に歩速を速め、走り出し、駆け出し、光り輝くドラグヴェンデルに意思を込めた。やられた分はきっちりやり返す。起死回生の一撃を放つ準備が整わんとしていた。
超が付されるほどの巨体全身に感覚神経が微細に行き渡っているとまでは言わないが、絶望竜はオルガの接近に気がついていた。ダスンと背中に何者かが乗っかればさすがに分かる。戯れにもそろそろ飽きてきていた。あろうことか黒玉を容易に防ぎきれるものがいようとは。そろそろ終局にしよう。良き所で体を翻し、振り向き、食いちぎってまず一匹。すんなりことが進めばそうなるはずだった。
エアドーハスの頭部上空を静かに旋回するクリアンカ。絶望竜まではまだやや距離がある。右手に槍を握ってはいるが攻撃の構えはとっていない。様子見といった所だろうか。そのクリアンカが細見しているのは目。ドラゴンの眼球だった。意外とグリグリ動く。戦闘中なのだから当たり前か。今は確実にリリトの戦士を補足している。今も。今も。一時外れた、が、今はまた見られている。しばらくしてオルガが背中に辿り着くと明らかにエアドーハスの意識がクリアンカから外れた。さらにオルガが動き出すと注意が背中に集中するのが手に取るように分かった。クリアンカが絶望竜の視界から外れる。そのまま音もなく接近。殺気すら込めることなく、まるで皿に盛られた肉をフォークで突き刺すように眼球に槍を当てた。
別に大逸れた技なんか必要ない。密かに近付いて、瞼の反射速度よりも速く槍を刺せば良いだけのこと。非道く簡単だろう、幸い槍も光っていることだし。調子に乗りすぎだ、絶望竜(クソドラゴン)。
苦痛を引き金として、絶望竜が雄叫びを上げた。エアドーハスが暴れる。怒り狂っているのか悶え苦しんでいるのか判別はつかないが、そのせいでオルガの足元は大きく揺れ動いた。ウネウネクネクネグラングワンと。クソ爺(じじい)の剣技に慣れていたことが一応は役に立ったとしておこうか、気分は良くないが。だからクリアンカがドラゴンの眼球を串刺した後にもバランスを保つことができた。特に慌てることもなくむしろ懐かしさを感じながらオルガは助走をつけ、輝けるドラグヴェンデルを瑕瑾に突き刺した。輪をかけて暴走する絶望竜。ウネクネレベルを超えた今回はさすがに振り落とされそうなので、瑕瑾に食い込んだ大剣を支えに堪えた。ドラゴンの体液が、これまた漆黒色した血液がオルガと地上に降り注ぐ。白の世界が黒く汚されていく。
「ティモシー、翼をくれないか。」息切れから回復したエルが立ち上がりながら依頼した。振り向くことはせず、エアドーハスを見つめたまま。
「え、あっ、はい。すぐに。」ティモシーがエルの背中に触れるとあっという間に翼が生えた。光の翼が授けられた。セシリアは法術を継続している。翼は視界に入れないようにしていた。
「へぇ~、うん。い~感じだ。ありがとう。じゃあ、俺も行ってくる。」
「エルさん、少し練習と言いますか、ちょっと羽に慣れてからの方が宜しいかと。」
「へへへ・・・多分大丈夫だ。待っててなティモシー。すぐに片付けてくるからさ。」エルはピョコリとジャンプしてセシリアのバリアから飛び出ると、器用に空中で停止して絶望竜を見上げた。点にしか見えないオルガとクリアンカが手応えを掴んでいるのを感じ取った。所々、天界の白い大地に黒い染みができている。空高くより滴り落ちたエアドーハスの血。朗らかだったエルの表情に厳しさが宿り、エアドーハス目掛けて飛んでいった。
「エルさん、大丈夫でしょうか。慣れない翼のままで行ってしまいましたが。」心配を口にするティモシーではあったが、絶望竜に向かって猛スピードで進んでいくエルを見て期待と不可思議な気持ちに襲われた。空での移動に、慣れている?
「心配しんなくていいわ、ティモシー。ま、ダメなら戻ってくるでしょう。言われた通りに待っていましょ。」セシリアが長めに息を吐きだし、法術を解いた。
エルは翼をもっている。人外の姿の時、背中に大きな翼が生えていたのをセシリアは嫌でも覚えている。忘れることができない。だからだろう、飛んで敵に向かうエルの姿に不安はなかった。実際、エルの飛行は見事なものだった。
エルは知識を持っている。瑕瑾を傷つけられた竜族はその強さが大きく削られるのだ。それでは竜族の強さとは何か。それは強固であること。頑丈であること。牢固(ろうこ)であり不壊(ふえ)であること。結界等を張っているわけでもなく、体を守るのは鱗のみにもかかわらず圧倒的な防御力を有する竜族。それが崩れるのだ。瑕瑾を捜すは傷を負わせる為にあらず。鉄壁を毀(こわ)すことこそが目的なのだ。そのことをエルは知っていた。
知らないふりをしていたのか記憶が奥底に沈んでいたのかは知らないが、とにかくエルは知っていた。毎度毎度オルガと一緒に、こちらが呆気に取られるほどにモノを知らないエルだったが、今回は話が別。彼の動きを見る限り、竜族に関する確かな知識をもっている。あるいは身についている。エルが空で躍動した。翼を広げて。
片翼を刻むエル。無論エアドーハスの黒い翼を小太刀と細剣の二刀で、小気味よくリズムを刻む。のっけは秒針に合わせて刀が振る舞われた。刀を振り回して翼の一部だけを傷つけるのではなく、空中を自在に動き回りながら素早い攻撃を繰り返すエル。大きな羽の上側、下側、右に左に太刀筋と少量の黒い血液、刻まれた肉塊が鋭く飛んでいく。思わず手を止めてしまうオルガとクリアンカ。ここでさらに加速するエル。今度は秒間二拍のリズムで血が、肉が、やや攻撃の範囲を広げたのか鱗が飛散した。ここまで来るとオルガの目には黒い血飛沫とエルの残像、そして武器の放つ光しか見えなかった。ティモシーの不思議な法術によって光を帯びた武器を振り切るエルから光の線が描かれる。まるで夜道にランタンを振り回す城下町の子供のようだ、オルガはまだまだ見とれていた。
どうにかエルの姿を追うことのできているクリアンカの目には二組みの翼が刻まれていた。一組目は自分達リリト族同様、背に生えたおそらくは天界人からの贈り物。二組目はエルのくるぶしを包み込む『朔風(さくふう)の足袋』。そして展開される剣技。かつてエルが銀髪の魔族シュクリスに対して募る想い感情のまま、ハチャメチャな体当たりとも言える攻撃を仕掛けた、無残にも地を這い蹲う結果となった突貫を剣技にまで昇華させた。『魔性風舞』。その一連の乱舞を終えたエルは随分と黒い返り血を浴びていたが、デーバー肩で息をしながら黒い鱗の上、オルガの足元に寝転んだ。
「ハァ、ハァ・・・もう・・・刻めるよ、オルガ。」絶望竜の片翼が、真っ白い大地へ堕ちた。
「オゥ、分かった。安心して寝てていいぞ、エル。さ~て、覚悟しろよ、クソドラゴン。」にんまりと笑みを浮かべるオルガ。ワクワクを抑えきれない子供と一緒だ。背中からダインスレイブを外して二刀を構えると、手当たり次第に大剣をぶん回し始めた。先程までとは打って変わって面白いように剣が通る。一太刀に苦労していた事が嘘のようだ。こうまで違うものなのか。もう瑕瑾どうこうなど関係なかった。絶望竜ののた打ち回る姿と苦悶の表情、嘆きの悲鳴が天界に響き渡った。
「そういうことですか。」そう呟くとクリアンカは槍を振り上げた。魔導石『ルークス・ルーナエの雷』を発動させ、フォルテナの槍、またの名を『カレドヴルフ』は一層強い光に包まれた。その槍を黙って振り下ろすクリアンカ。閉じられる瞼を物とも為ずに左目を潰したのだった。もはやエアドーハスの瞼は壁にも盾にもならなかった。
白き天界の大地に降り注ぐ血の量が見るからに増えてきた。勝負が見えた。もう、どうにでもできる状態だった。生かすも殺すも彼らの自由だった。いや、違うか。いつでも絶望竜エアドーハスを殺すことができた。
エル、オルガ、クリアンカ。三人の視線が一点に集中した。セシリアの方へ。これだけの法力を溜めることができるのはてっきりセシリアだと思っていた。後方より止めの一発を放つのだろうと思っていた。しかしその光源は天界人、法術の支度を整え光を纏っていたのはティモシーだった。今までの幼く弱々しい表情が一変、凛々しい男の顔つきになっていた。殺意と共に。白の世界で白く輝きを放つ弓矢を構えるティモシー。彼を守っていたはずのセシリアは、法術を解いて数歩横へ引いていた。その目は物珍しさからティモシーの法術に釘付けとなっていた。だから絶望竜の上で戦っている3人に避難するよう警告することも忘れていた。
『スターライト=アロー』。人間族では扱える者がいないとされる光の法術。それをまさか目の前で観察できるとは考えていなかったセシリア。勝負の見えた戦い、絶望竜などどうでも良くなったのかもしれない。さぁ、光の矢がティモシーの手を離れ、エアドーハスの首に向けて解き放たれた。
「ヤベェぞ!離れろ!」オルガの一声でエルとクリアンカも竜の元を離れて地上に戻ってきた。
絶望竜にとっても、天人族の攻撃は致命傷になるのです。そうでなければ不平等ですよね。驚く位の殺傷能力ですよ。尤も、弾かれなければの話ですがね。
矢が首を貫いた。そのまま光の矢は、白き天空へと消えていった。竜の首を突き抜けて。多くの天界人がその光の矢を、希望の証を、未来への道標を、逆上る彗星を見るかのように遠隔の地から眺めていた。ようやくの終焉。長い悲劇の終幕。ただし歓声はなく、無言の安堵が広がった。数名、静かに涙を流す者もいた。
スターライト=アロー。ティモシーの放った光属性の法術は絶望竜エアドーハスの首を滞ることなく貫いた。その極太の首に空けられた小さな空洞は直ちに発光を始め、穴を広げていった。す~っと、穴の拡大は止まらず、トスン・・・と首がズレた、かと思うと首と片翼の胴体が堕ちた。白だけの大地では砂埃が舞うこともなく、土煙が上がることもなく、ドスンと落ちてしまいだった。落下の余韻は皆無。かと思われたが、エル、オルガ、セシリア、クリアンカ、そしてティモシーの目の前にみるみる黒き血の池が広がっていった。黒の浸食。これだけの巨体だ、一体どれだけの血が含まれているのだろう。果たしてどれ程の血が流れ出るのだろう。下手をすればここから第八宮殿にまで届くのではなかろうか。それはあまり好ましくない・・・光の法術で疲れきったティモシーがそう感じた時、セシリアが『ノワールの杖』をかざした。合わせて魔導石『水鏡』が光る。
「後々の処理は任せるしかないけれど、とりあえず応急処置ってことで――」巨体と拡大しかけた真っ黒な異物が立ち所に氷漬けとなった。異な外貌も厚い氷のおかげで靄(もや)がかけられたようになり、幾分はその衝撃が軽減された。
絶望竜エアドーハス、絶息。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます