終演
信条
白蓮が裁きの場で自害をし、柊明は自分も王妃らと共に斬首を求めたが、判決が覆ることはなかった。
白蓮の死を受けて、邸では使用人が屋根に上り、白蓮が気に入っていた薄荷色の衣と天色の裙を手に、北を向き手にしている襦裙を上下に振り、白蓮の名を叫ぶ。そして、葬儀が終わり白蓮の亡骸は邸の使用人によって土葬された。
斬首の刑を言い渡された春玲と桜薫は、白蓮の亡骸が土葬された翌日に、刑が施行され、戒めの為に城門の前に晒し首となった。
二人とも抵抗することなく、ただ淡々と刑を受け入れていた。
二人の首を見て、あからさまに顔を顰める者、暴言を吐く者、更には石を投げつける者など、どの民も好意的な感情を抱いていないことは明らかである。
一人、斬首を免れた柊明は、宮刑を受け入れた。無事に手術は成功し、体調が整い次第、行宮がある蓮華で内官として勤めることになった。王宮ではなく行宮なのは、娘との思い出の残る都を離れたほうが、穏やかに過ごせるのではという、桜月の配慮である。
黴雨が明け、刺すような容赦ない日差しが照り付ける頃、晒し首となっていた春玲と桜薫の首は、内官によって片付けられ埋葬された。
王宮内では、再び以前のような平穏な日々が戻り、春玲らの喪が明けた再来年桜の咲く頃に、桜月が此度の責を取り退位をする意思が重鎮らに伝えられた。
それと同時に王座は白桜が継承することが伝えられた。
刺すような日差しの中、白桜と蕾柚が並んで内廷を歩いている。白桜は蕾柚の半歩先に行っている。その後ろに、桃苑が控えている。
「そろそろ…願いをひとつ叶えてやらねばな。蕾柚」
白桜の言葉に、蕾柚はぴたりと足を止める。
「その必要はございません。
此度の件で、王様は毒によって未だに、足が不自由でいらっしゃいます。しかも、責をお取りになり退位なさるとか。
それに柊明様の御息女は裁きの場で、自ら命を絶たれました。これを、白桜様は成功だと仰せですか」
蕾柚の固い声。
「だが、そなたが尽力してくれたお陰で、梅花と父上は命を落とすことはなかった。更に母上と兄上を罪人として、捕らえ裁きに掛けることができた。
故に、此度の計画は成功だと私は思うが」
白桜の言葉に、蕾柚が大きく息を吐く。
蕾柚は回り込み、白桜と視線を合わせる。
「誠に、褒美を頂けるのですか」
蕾柚の念押しに、白桜は「勿論」と大きく頷く。
「では、梅花殿が正妻としてご入内された暁には、わたくしを側仕えの女官に推挙していただければと」
「それで良いのか?
てっきり、暇乞いをするかと思ったのだが……」
白桜は目を
白桜の反応を見、蕾柚が寂し気に微笑む。
「例え暇乞いを申し出ても、わたくしには王宮以外、行くところはございません」
蕾柚の言葉に、白桜は気まずそうに視線を逸らす。
二人の間に流れる、居心地の悪い空気を切り替えるように、それまで黙っていた桃苑が口を開く。
「なんにせよ、梅花殿に側仕えの女官が必要なのは確かです。正妻は側室として、ご入内するのとは訳が違います。故に、公私ともに手助けする女官が必要でしょう。
蕾柚殿なら梅花殿と面識があり、梅花殿の信頼を得るのも容易いでしょう。また蕾柚殿が、怖いもの知らずで正義感のあふれる人物だと、王妃様らを糾弾した際に承知しております。
故にこれ以上ない、適材適所だとわたくしは思います」
「尚食の仕事は良いのか」白桜が問う。
「尚食の女官は、幾らでも変わりはおります。
わたくしが抜けても、特に不都合はないかと存じます」
固く冷ややかな声がする。
生ぬるい風が吹き、衣の裾と袂を翻す。
王宮で宮仕えとして勤める女官は、ざっと五百人程。その中で尚食で勤めるのは三十人程である。
女官として勤める女人らは、賤民として過酷な環境に置かれる者、幼少の頃に親を亡くし身寄りのない者、更には口減らしとして王宮に入る者が多い。故に、一人の女官が配置換えをされたとしても、また新たにこのような状況の女人を探してこれば、幾らでも変わりが利く。
蕾柚が思うに、女官は使い捨ての駒となんら変わりがない。
蕾柚の思案と桃苑の言葉に、白桜は「そうか」と短く答えた。
蕾柚が梅花の側仕えの女官を所望した数日後、白桜は桜月の宮にて顔を合わせていた。
幾ら、次期王妃となる女人の件だとしても、白桜の一存では蕾柚を側仕えの女官に添えるかどうか、決めかねる。
故に、桜月から助言を貰おうと宮を訪ねていた。
時刻は亥の刻を過ぎ、王宮内はしんと静まり返っている。
宮の中の隅に置かれた行灯が、煌々と辺りを照らしている。白桜は几を挟み、桜月と対峙する。
「その者を側仕えの女官に?」
桜月の問いに、白桜が「左様にございます」と鷹揚に答える。
「蕾柚が怖いもの知らずで、正義感に溢れる人柄だと、父上もご存じでしょう。刑部の官吏ではなく、一介の女官が王妃らの罪を問い詰めるなど、度胸の無い者が出来ましょうか。
また蕾柚は梅花と面識があります。初対面の女官を据えるより、面識があった方が良いかと」
白桜の発言に、桜月は頷く。
「そなたの妻となる女人のことだ。
余に相談せずとも、好きにすれば良い」
思ってもいない発言に、どう反応すれば良いか白桜には考える術はない。
沈黙が満ちる中、桜月が徐に口を開く。
「来年の桜の咲く頃、女人をそなたの正妻として入内させようと考えている。
即位まで一年。一年あれば、王妃としての修練の時間は充分とれるだろう。
王宮と妓楼では、環境がまるで違う。故に、王宮の環境に慣れるためにも、入内は早い方が良い」
桜の咲く頃ならば、入内まであと約半年。
半年で、梅花を迎えるための手筈を整えなければならない。
予想より、入内するまでの期間が短いことに、白桜は微かな焦燥を覚える。それまで、やらなければならないことは、幾つも残っている。
と同時に、桜月が提示した期間に納得がいく。
妃として入内する女人は、一般的に入内してから即位するまでの間、妃としての振る舞いや内廷の主の仕事を覚えるための、修練の期間が設けられる。
即位の儀まで、修練を終えなければならない。よって、入内は少しでも早い方が良い。
桜月は白桜に意見を求めるように、視線を交わす。
「いよいよ、梅花が王妃に……」
白桜が万感の思いで、どこか遠くを見呟く。
とても、平坦だと言い切れる道ではなくここまで来るのに、長いような短いような不思議な感覚である。
白桜の呟きに、桜月が頷く。
「父上は退位された後、行宮でお過ごしになるおつもりですか」
白桜の問いに、桜月が「そうだ」と答える。
「内官も女官も最小限で、慎ましく暮らすつもりだ。
そなたも即位をし落ち着いたら、梅花と遊びに来ればよい」
白桜は「そうさせて頂きます」と答える。
行宮がある蓮華は海が近い。恐らく生まれてから一度も海を見たことのない梅花に、海を見せたいと白桜は考えていた。
「白桜良いか。
そなたが即位をした暁には、誰の国でもないそなたの国を造れば良い。余の政を手本とせずとも、そなたがこうありたいと思う国を。余はそれこそが、国を経世することだと思っている。勿論、王妃や何より民と共に」
桜月から発せられた言葉は、まるで国王としての信条とも言えるようなものである。
国王である父を持っても、父親がどのような思いで日々、政務に当たっていたのか、本音や信条に触れたような気がする。
父上の真似をするのではなく、己がこうありたいと思う国を造る―。
梅花や何より民の生活に寄り添った政を―。
だた、貧富の差や身分の隔たりを無くすだけではなく、罪を犯した者が例え王族や良民であっても、正しい裁きを受けるように―。
白桜は桜月の言葉を咀嚼し頷く。
「王族、良民、膳民、身分の隔たりなく、平等な国を経世していく所存でございます。
妓女が負い目を感じることなく、簪などの飾り物や衣を買い求め、罪人が身分を理由に野放しにされることがない世を。
そのために、梅花の存在が必要不可欠となりましょう」
白桜は桜月を真っ直ぐ見つめる。
桜月は息子の姿を、目を細め見つめていた。
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