欺瞞
年が明けた。
王宮では新年を祝う儀式が行われ、悪霊を祓うための爆竹が鳴らされる。
都では、子どもらが
年が明けで七日。王宮では、王族と官僚らが集まり新年の宴を開いていた。
普段は政の朝議の場となる正殿だが、この日ばかりは宴の会場となり玉座には桜月が腰を下ろし、その隣に春玲が腰を下ろしている。更には、玉座に繋がる階を挟んで白桜と桜薫が、腰を下ろしている。
そして、海紅派・無月派それぞれの官僚らが、二列に分かれ向かい合わせに腰を下ろしている。
王族と官僚らの前には、膳が置かれ創意工夫を凝らした、料理が並ぶ。
皆、披露されている宮妓の舞を見ながら、料理に舌鼓を打つ。艶美な宮妓が舞い踊る姿を、官僚らは赤ら顔で鼻の下を伸ばし眺めている。
この宴で特徴的なのは、
桜月は羹に口を付け、息を吐く。五臓六腑に染みわたるとはこのことである。
「王様」不意に春玲が桜月に声を掛ける。
行宮での一件以降、二人はまともな会話をしていない。故に、こうして声を掛けるもの久方ぶりである。
桜月は躊躇いながら春玲を見、無言で続きを促す。
「後でお話したい儀がございます。お時間を頂いても構いませんか」
何事だろう―。
桜月は表情を強張らせる。
この王妃はなにを考えているのだろうー。
言いようのない懸念を呑み込み、「あぁ」と低く答える。
宴がお開きとなり、白桜と桜薫、官僚らが去り後片付けも終わると、正殿は桜月と春玲の二人きりとなる。
「して、話とは?」桜月が水を向ける。
「王様に一つご提案がございます。ご安心ください。政に関することではございません」
そう前置きをし、春玲は言葉を紡ぐ。
「花見の宴に、宮妓ではなく月花楼の妓女を招こうかと思うております。構いませんか」
春玲の提案に、桜月は眉をひそめる。
王宮に属している宮妓ではなく、一般の妓女を宴に招くとはどういうことか。あろうことか、白桜の想い人がいる月花楼の妓女を。
あれだけ、頑なに拒否していた想い人を、受け入れたということだろうか。
「何故そのようなことを?」春玲の意図が見えず、恐る恐る問う。
春玲は桜月の猜疑を掛けるような言動に動じずに、朗らかに笑みを浮かべる。
「見ておきたいのです。白桜の想い人が、どのような女人なのか。
勘違いなさいませんよう。わたくしは、二人の関係を認めた訳ではございません。ただ、女人が誠に入内するのならば、王宮に相応しい女人か、見ておいて損はないかと思うております」
「言わば品定めか。想い人が、王族の地位に相応しいかどうかの」
桜月の指摘に、春玲は「ええ」と鷹揚に答える。
桜月には春玲が、妓女を宴に招くと提案したのは、ただ“顔が見たい”などという、それだけの生ぬるい理由ではないことを悟っている。
あれだけ、二人の関係を否定していた春玲だ。なにか、裏がある―。
ならば、気づかない振りをしたほうが良いだろう―。
「王妃の思うがままにすれば良い。
どのみち、花見の宴は内廷で行われる。内廷は王妃の管轄。余が口を出すべきではないだろう」
桜月の承諾に、笑みを浮かべる。
「王様の仰せのままに」そう口にすると、立ち上がり玉座の階を降りる。
春玲が花見の宴に、宮妓ではなく月花楼の妓女を招く話は、七日も経たず王宮内を賑わせた。
この話に一番驚愕の意を示したのは、他でもない白桜である。
「母上が梅花を王宮に……」
内侍省から話を持ってきた桃苑に、白桜は呆然と呟く。
桃苑は頷き、白桜の隣に立つ。
「王妃様は、梅花殿が誠に王族の正妻に相応しいか、品定めしたい…と仰せのようですが……。それだけだとは思いません」
桃苑の言い分は最もである。
「梅花を王宮に呼ぶことで、なにか危害を加える可能性も有り得るな」
白桜の指摘に桃苑は頷く。
「左様でございます。しかも、お招きするのは花見の宴。王族と官僚らが、一同に会する場。宴の喧騒紛れて、なにをなさるか……。その日ばかりは、衛尉の官吏や兵部の官吏も、気を抜くでしょう」
“気を抜く”などとは、言い過ぎかと思ったが確かに、宴の雰囲気に紛れて警備や護衛を所管する官吏が手薄になることは、充分考えられる。
「恐らく、近いうちに妓楼にも正式に話が行くだろう。
だが、招くのが梅花を含めた月花楼の妓女というのがどうにも引っかかる……」
白桜が腕を組み思案する。
「推測ですが……。梅花殿のみを招くより、その他大勢を招いた方が目的があやふやになるからではございませんか……?」
「では、宮妓の代わりということか。舞や器楽を披露させることで、真の目的を
白桜の推測に、桃苑が合点が行ったと言わんばかりに二・三度頷く。
「幸か不幸か、王妃様は梅花殿の顔をご存じではございません。
ですが、王妃様と手を組んでいらっしゃる、桜薫様は梅花殿の顔をご存じです。
また、王様も梅花殿の顔をご存じではございません。
果たしてこのことが、幸と出るか不幸と出るか……」
桃苑は宮の出入り口に視線を向ける。
「どちらにせよ、梅花を関わらせてはならない。
万が一関わるとしても、母上の目的を探った方が賢明だろう」
「ならば、わたくしが王妃様を見張ります」
桃苑が白桜に近づき自薦する。
しかし、白桜は頭を振る。思いがけない反応に、桃苑は視線を彷徨わせる。
「そう言って貰えるのはありがたい。
しかし、そなたがうろつけば母上は必ず、私を疑うだろう。
故に今回は、母上に気づかれない人物に頼みたい」
白桜は暫し思案する。
顔が割れておらず、春玲の傍にいても不自然ではない人物―。
恐らく、官吏や内官では不可能。ならば、残るは女官―。
そこまで思案したところで、白桜の頭にある人物の顔が浮かんだ。
「あの落雁の……」ふっと呟いた言葉に、桃苑が目を瞠る。
「桃苑。いつも甘味を担当しているあの女官はどうだ……?
あの者なら顔が割れておらず、私と梅花の関係を知り尽力してくれている。それに、尚食の女官ならば、最悪の事態も防ぐことが出来るであろう」
「確かに、あの女官ならば問題はないかと」
白桜の提案に、桃苑も賛同の意を示す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます