ユリイカ ラヴクラフト特集より抜粋
「ラヴクラフトのテクストは、おそらく、芸術の総体の半分ほども認めないだろう。なぜなら、ラヴクラフトのテクストにあらわれるのはもっぱら再現的芸術、リアリズム芸術であって、創造的芸術、もしくは概念的芸術はそこからすべて排除されている。この点で、幻視の芸術という矜持ほどラヴクラフトから無縁なものはない。芸術は、現実の二次的産出と再現に奉仕する。芸術には描かれる対象が実在しなければならないのだ。その証拠に、ピックマンのモデルにおける衝撃は――といっても最後の数頁前から読者は結末を確実に予測するのだが――画家のピックマンが描いた悪鬼が実在したというこの最後の一文にかかっていた。」
「おそらくこのことと、語り手が、架空のミスカトニック大学の教授たちであることが多いのは、無縁ではあるまい。彼ら科学者たちは、基本的に探検家型であって、発明家型のそれではない。自分の創造した怪物に復讐されるというフランケンシュタイン型の科学者は、ミスカトニック大学には一人としていないようだ。むろん、これはラヴクラフトだけの特徴ではない。失われた文明――を題材とする幻想文学のサブジャンルでは、――探検隊を組織するのはふつう大学の教授であり、しかも、彼らは、ラヴクラフトの学者たちと同じように、観察眼にはたけているものの想像力と鋭敏な推理力を欠いている。だが、ラヴクラフトの場合には、異様なまでに拡大されて、読者の方の想像力の方がまさることになる。ラヴクラフトは、芸術家や学者から想像力の加速度的進行を奪い去ってしまったのだ。」
「かくして、ラヴクラフトは、徹底したリアリズム描写に終始する。」
―― p. 135. 大橋洋一「最後から二番目の真実――ラヴクラフトの修辞学」、『ユリイカ 増頁特集ラヴクラフト:幻想文学の彼方に』1984年
狂気の山脈にて、における一連の描写について、「同時期に発表されたスタンリーGワインボームの『火星のオデッセイ』にみられる無償の異生物描写を彷彿とさせて、この時期のアメリカの古典的SFが形成する圏域の重要な一環となっているのだが、しかし、ラヴクラフトにあっては、このリアリズムは決して無償でもなければ、無垢でもない。ラヴクラフトは、ここではリアリズムの逆説と障害を積極的に活性化しているからである。
なぜなら、南極大陸のこの失われた都市では、探索が進むにつれて周囲の遺物がこぞって自己自身を語り手によって読まれるべき存在として顕わにし、このとき再現的リアリズムの強度は一挙に増幅されるからだ。事実この廃墟は、宇宙の歴史、地球の歴史を書き記しているエクリチュールの都市と化している。そして、ここでは、芸術作品と思われるものすべてが、旧支配者の幻想と奇想の所産という可能性は払拭されて、真実の再現として存在している。それを語り手の地質学者は綿密に連綿と語りつぐ。そのリアリズムは、確かに圧倒的な質料感でもってこの廃墟を再現していることは否めないが、たとえそこで伝えられるメッセージが、人類の文明と文化を脱中心化し、五階からの到来者によっていついかなるときにも消滅しかねないということであっても、そのリアリズムが堅固な現実世界を構築してしまうのだから、メッセージは絶えず裏切られることとなる(内容面では革新的な小説が、形式の面できわめて保守的であるということか?)。ラヴクラフトのリアリズムはこうして徹底した保守性、いや反動性を発揮する。ラヴクラフトの描写対象は、生気を奪われた死物として物神化され、あるいは、建造物のごとき、このいま彼が描写している建造物のごとき、外観を呈してしまうのだ。語り手は、こう言っている――「しかしこの奇怪きわまりない領域にあるすべてのものが、変化することへの嫌悪感をかすかに漂わせ……」」
――同、p. 136.
「だが、エクリチュールの無時間的ユートピアの夢は、ここ南極の失われた都市のなかで無惨にも破られる。『私」は、洞窟の壁面に「以前の紋様が消えてしまった後でつくられた一種の重ね書き(パランプセスト)」を発見するが、これは旧支配者たちが、苦役に従事させるために創造した、「ありとあらゆる姿、器官、そして過程を模倣し、再現することが出来るという、定まった形をもたない原形質」からなるショゴスと称される怪物の手になるもので、地下都市のさらに古層に潜むこれらの怪物たちは、おそらく旧支配者たちを破滅に追いやったかのいずれかなのであり、語り手にもその魔手が迫りつつある。このショゴスとは何か。旧支配者の再現的な聖なるエクリチュールの上に重ね書きをする悪しきエクリチュール、模倣と正確な反復を行うかに見えて起源をわずかにずらしながら起源を冒涜する反再現的な想像性と創造性を志向するエクリチュールの産出体。あるいは、永劫不変の都市の安らぎを内部から侵食する時間的変容と死――「我、アルカディアにありき」。あるいは、ラヴクラフトが現実に忌み嫌った、いまや旧支配者を模倣するに至った黒人という共示(コノテーション)。」
――同、p. 137.
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