お願い……先っちょだけ!

※※※




(あぁ……。なんて幸せな時間なんだ……。叶うものなら、この時間が永遠とわに続きますように……)



 夕暮れ時の公園で、山田と戯れている美兎ちゃんの姿を眺めながら、一人ベンチに座ってうっとりとする。

 それはもう、だらしなく鼻の下を伸ばしながら。



(可愛い、可愛い、マイ・ワイフ……♡ ふふふ)



 山田を飼い始めてからというもの、こうして一緒に散歩に出かけるのも、数えること早5回目。

 これまでは、【学力向上】という目的の【カテキョの時間】内でしか一緒にいられなかった俺達。


 山田が来たお陰で、こうして新たな至福の時間を手に入れることができた。それには本当、感謝してもしきれない程に感謝している。

 こうして、擬似家族ごっこを思う存分脳内で堪能できるのも、全部山田のお陰だろう。


 ——だがしかし!



(……クソッ!! 調子に乗りやがってっ!! 山田めっ!!)



 細長いジャーキーのような【おやつ】をもらった山田は、ついでと言わんばりに、美兎ちゃんの可愛いお口までペロペロと舐めている。



(っ……俺も、ペロペロしたいッ!!)



 いつまでも舐め続ける山田に嫉妬の炎を燃やしていると、いつの間にかその光景に釘付けになってしまった俺。その呼吸は徐々に荒くなり、小さく上下に肩を揺らし始める。血走った瞳はギンギンに光り輝き、ついにはフーフーと音を鳴らし始めた鼻息。

 座っていたベンチからフラリと立ち上がると、ロックオンした美兎ちゃんのお口めがけてフラフラと歩み寄る。



(お、俺も……俺も……っ!)

 


「み、美兎ちゃん……っ!! 俺もっ……!! 俺も欲しい……っ!!」


「……えっ?」


「お願いっ!! ちょっとだけっ!! ……ちょっとだけでいいからっ!!」


 

 興奮状態の俺は、ほんの少しだけ残った理性をかき集めて、『ちょっとだけ』と懇願する。それはもう、とんでもなく血走った瞳と荒い鼻息で。



「え……っ!!? で、でも……っ!」


「……お願いっ!! 先っちょだけ!! 先っちょだけだから……っ!!! ねっ!!?」



(そのお口、ペロペロさせてくれっ!!!)



 驚いた顔をみせる美兎ちゃんの肩を掴むと、必死の形相で美兎ちゃんを見つめる。その姿は、もはや『真面目な家庭教師』の面影などなく、完全に『ロリコン変態野郎』に違いない。

 この場にもし警察がいたとしたら、間違いなく『変質者』として逮捕されている。そう思うぐらいには、今の俺の必死さと顔はヤバイ気がする。



「っ……。そんなに、言うなら……。うん、わかった」



(……!!? マ、マジかっ!!!!)



「ホ、ホント……っ!!!?」


「……うん。ちょっと……だけだよ?」



(グハッ……!!!! ……ヤ、ヤベェ

 。危うく、死ぬとこだった……っ。まだ、ペロペロもしてないのに……)



 恥じらうような素振りを見せる美兎ちゃんが可愛すぎて、フラリとよろけるとダメージを受けた胸元をグッと抑える。



「じゃあ……。お手」



(……ん? これは、何プレイ?)



 唐突なその言葉に多少の疑問を感じながらも、美兎ちゃんに触れるチャンスをみすみす逃すはずもなく……。目の前に差し出された小さく愛らしい手に、自分の右手を素直にそっと乗せてみる。

 その状態でチラリと美兎ちゃんを見てみれば、ほんのりと赤く頬を染め、はにかむような笑顔をみせている。



(ウグッ……! か、可愛すぎかっ!!)



 その表情はとても愛らしく、ずっと見ていたいとすら思ってしまう。



(これは……っ! アレだな!? 【焦らしプレイ】ってやつだ!!)



 今すぐペロペロしたい気持ちを抑えつつ、まんざらでもない【焦らしプレイ】に鼻の下を伸ばしながら、暫しの間堪能することにする。


 見つめ合う二人の間には何の障害もなく、ただ、幸せな時間がゆっくりと流れてゆく……。いまだかつて、こんなにも長い間美兎ちゃんと見つめ合ったことがあっただろうか——?



(あぁ……。マジで、時間よ止まってくれ……)



「はい、ご褒美」


「へ……?」

 


 目の前に差し出されたジャーキーを見て、間抜けな声を小さく漏らす。



「犬用だから……。ちょっとだけだよ?」



(えっとー……。えっ? あ、あれ……っ? ひょっとして、俺の言ったこと……ちゃんと、伝わってなかったり……する……?)



 勢いで言ってしまったということもあり、冷静さを取り戻してしまった今となっては、もう一度ちゃんと伝えるなんてことはできない。今思えば、中学生相手に相当ヤバイ発言をしていた気がする。

 なにより、こんなに純粋な笑顔を向けられてしまっては……。


 結局訂正することもできぬまま、俺は差し出された犬用ジャーキーをペロリと一口舐めたのだった。



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