人嫌いでぼっちな俺に花屋のギャルが優しすぎる件

野水はた

プロローグ

第1話 故にオタク

 人と関わるとロクなことがない。


 そんなことを悟ったのは小学五年生の春だった。


 成長過程で生じる思春期というものに振り回された子供は何かとあれば誰が誰を好きだとか、一言会話をすれば好意があるのではと疑ってかかった。大人からみれば可愛らしい、だが俺みたいな捻くれ者からしてみれば本当にくだらない男女の言い合いに、心底呆れ果てていたのを覚えている。


 それでも話しかけられれば多少嬉しくなってしまうものが男という哀れな生き物だ。気づけば、俺はよく一緒に話をしていた隣の席の女の子を好きになってしまっていた。


 勇気か無謀か、それともただのバカか。俺はその子に告白をしたのだ。答えは当然NO。何故当然なのかというと我ながら分かっていたのだ。好意を抱いているのは俺だけで、あっちは俺のことなんてなんとも思っていないということを。現に席替えをした後、その子とは一言も話さなくなった。元気のいい子だったから、単に話し相手が欲しかっただけだったのだろう。


 翌日。俺はクラスの笑い者として教壇の上で晒し者にされた。告白したことが周りにバレてしまったのだ。幼い故の純粋な罵倒に俺は顔を真っ赤にして俯き、泣くのを我慢した。


 その後も俺は好奇の目に晒され続け、所謂いじめというヤツにまで発展していった。


 何故こんなことになってしまったのかと枕に顔を埋めて一生懸命考えた。そして出た結論は、人と関わってしまったから。告白をしたからではない。好きと言おうが嫌いと言おうが、おそらく結果は変わらなかっただろう。


 人と接し続ければ、人の輪の中にい続ければ必ずそこには好きか嫌いかという感情が生まれ、相手との関係性は良い方向にも悪い方向にも傾く。季節の変わり目でちょっと気温が上下するだけでも体調を崩すのが人間なのだ。人間関係をこれでもかというほどにかき混ぜられれば体調どころか精神まで狂ってしまうのが必然だ。


 学校の庭にある花壇を見る。真ん中にいる花は我先にと、周りで控えめに咲く花から栄養を搾り取りすくすくと成長している。そして合わせるように端に添えられた花には栄養が行き届かず、無惨にも枯れてしまっている。


 きっとその端の花は花壇なんかではなく、誰もいない路地の裏にでも咲いていた方がよっぽど長生きできただろう。


 俺はそんな、周りに栄養を吸われて枯れていくような花にはなりたくなかった。


 だから、引き籠った。内に閉じ籠った。誰も話しかけるなと、接触を拒んだ。そのおかげか、中学ではだいぶ満足がいく生活ができた。いじめどころか誰も俺のことなんて見ちゃいない。人との関わりのない完全な無の世界。とても居心地が良かった。


 やがて高校生になり、俺は東京から祖母の家がある田舎へと引っ越した。知り合いのいない地へ行きたかったのだ。


 四年も経てば心情に変化は現れる。それが人間の素晴らしいところであり、同時に浅ましくもある。少しくらいなら外の世界に出てもいいか考え、慣れない発声法と衰えた表情筋を必死に動かし、あたかも気さくな人間を演じた。所謂高校デビューというヤツだ。周りに俺を知ってる者などいないので「あれ、お前そんなヤツじゃなかったよな」と言われる心配もなかった。 


 だが、そんなことを言われずとも、ひとりでに綻びは生じた。限界だったのだ。演じ続けるのは。


 結局俺は再び引き籠った。授業は寝てる。休み時間は本を読むか寝てる。部活にも入らず放課後はすぐ帰って、寝てる。そんなことをしてたらついたあだ名が「サボテン」だ。


 俺の名前は佐保山天さぼやま そら。苗字の佐保山と天という字をもじってサボテン。まぁなんとも安直な命名だと呆れつつも、実はこのあだ名が俺は嫌いではなかった。


 サボテンの特徴的な丸っこい形状は、外敵から身を守るため中に閉じ籠っているからであり、俺に近づくなと言うように生えている棘は周りの生き物を威嚇するためのものだ。なんとも効率的で利口な植物がいたものだと関心してしまう。これこそが俺の目指している生き方で、一種の憧れのようなものまで抱いた。だから俺は、その呼び名を受け入れた。


「よっ、サボテン」


 すると、そのあだ名を広めた張本人である蓮崎健人はずざき けんとが俺の背中を叩く。全く加減の感じられない力で朝の挨拶をされた俺はあからさまに不機嫌そうな顔をしてやり、なんの悪気もなさそうにニカニカと笑う健人を睨む。


「んだよその顔はー。せっかく今日は天気もいいんだしもっと元気出していこうぜ! なっ! ほら、めっちゃ太陽出ててあったけぇ!」

「天気なんてどうだっていい。俺は寝る」


 健人の笑顔と窓から差し込む光を見比べて、どっちが太陽なんだか分からないなと心の中で呟きつつ俺はひんやりとした机に突っ伏した。


 どうして朝からこれほどまでに活力に満ち溢れているのか理解ができない。眠いし怠いし憂鬱だし億劫だ。それに、腹も痛い。朝なんて一日の中で最も調子の悪い時間帯だと思うんだけどな。


「ちょいちょい待ってくれよ~」


 枕代わりにしていた腕が健人によって引っこ抜かれた。がくんと首が落ち、机と口付けを交わす。


「なんだよ」

「寝るなんて勿体ないって! こんないい天気なのに!」

「それはさっき聞いた」

「確かに! さっきも言ったな」


 十代にして頭がおかしくなったか。ご愁傷様。


「じゃあこうしよう。晴れの日は元気よく俺と遊ぶ! その代わり雨の日はサボテンと一緒にダラダラする。天気によってその日のテンションを使い分けるんだ」

「なんだそりゃ。じゃあ雪の日はどうすんだよ」

「あー、雪の日は二人で多数決にしよう」

「一生終わらないから雪はなるべく降って欲しくないな」


 俺がそう言うと健人は無意味に笑ってみせた。多分、俺の言葉の意味を汲み取れていない。


「そして嵐の日は共に踊ろう! 俺最近タンゴ始めたんだ。リズムさえ掴めば割とアドリブでもそれっぽくなるから初心者でも簡単なんだぜ!」

「そう」


 ツッコミを入れるのも面倒になり、俺は口は動かさず、空いた隙間から息を吐くように適当な返事を漏らした。

 すると、話をしている俺達の後ろを数人の生徒が通る。話したことはないし名前も覚えてない。そういやあんなニワトリみたいな髪をしたヤツらが集まったグループがあったなと記憶の片隅から見つけ出し、なんとか同じクラスの生徒だと認識する。


「おっ! おはよ!」


 そんなニワトリ達の群れに、健人は臆するどころかいつもと変わらぬ元気な声で挨拶をした。


「おう、おはよう健人。相変わらず元気がいいな」

「まぁな! 天気もいいし!」

「天気? あぁ、そうか。よかったな」


 そして他愛もない会話もする。ニワトリ頭の集団は俺のことなど一度も気に掛けることもせず、いつもたむろしている黒板の前へと移動した。


 健人はどんなヤツに対しても平等に分け隔てなく接することができる。それは本当にあの太陽のようで、陰でひっそりと生きている俺とは正反対の存在だ。そんな健人とはもう一年の付き合いになる。普通ならばこんなやかましい男、仲良くしてやる義理もないしこちらからしても迷惑極まりないだけなのだが。こいつと俺の唯一のある共通点が、細く強靭な糸となり、こうして繋がっている。


「なぁ」


 健人が、俺の肩に手を回し顔を近づけてくる。


「昨日、見たか?」

「・・・・・・何をだよ」

「魔法少女ふりふりピュアラだよ」


 健人は近くに人がいないことを確認すると俺の机に顎を乗せてこちらを見上げてくる。それは健人の込み入った話をするときのお決まりの体勢だ。


「見たよ」

「やばくなかったか?」

「やばかったな」

「だよな。特に最後の」

「あぁ、最後が」


 それだけ言って俺達は視線を交わす。淡々とした会話だが、これだけでおおよそ互いの気持ちは分かる。そして健人は弾かれたように身を乗り出すと、


「マーーーージで最後ヤバかったよな! まさかあそこでピュアラが闇堕ちするなんて思わねぇじゃん! しかも超えげつねぇし、普通あそこまでするか!? 最後のEDも途中で無音になってなんにも映らなくなったと思ったらそのまま番組終了するしよ! もう目が冴えちまって考察サイト見てたら朝になってたわ」


 唾を散弾のように飛ばして興奮する健人。まぁ、無理もない。


 魔法少女ふりふりピュアラというのは今期、何の前宣伝もなく唐突に始まった無名アニメーション会社のオリジナルアニメだ。作画もこのご時世ではお世辞でもいいとは言えず、声優も新人を起用した所謂地雷アニメとして放送当時は知れ渡っていた。


 だが、三話に差し掛かったあたりで主要キャラがプレス機に挟まれて圧死という惨い退場の仕方をしたり、敵の報復で主人公の親友の生首が校門で晒されていたり、タイトルからは予想もできない物語の展開に今やダークホースとして話題となっている。


 そして昨日放送された第七話では、主人公であるピュアラが突然仲間を裏切り、同じ魔法少女であり友人でもあるラブリーの腕をもぎ取ったかと思うと、なんとそれを食べ始めたのだ。


「一話の冒頭でピュアラが林の中で目を覚ました時、空に光ってるものがあったじゃんか。あれ、ピュアラは星だって言ってるけど、考察班によるとあれは宇宙船で、本当のピュアラはすでに宇宙人に殺されてるって説が濃厚らしいぜ」


 冷え性っていうのはその伏線だーとか、親友を殺したのも実はピュアラでーとか鼻息を荒くして前のめりになる健人を俺は腕で押さえる。


 そう、健人はオタクなのだ。これが俺と健人の間にピンと張られた糸の正体。


「ピュアラだけ呪文が何言ってるか聞き取れないのも気になるんだよなー。あれも宇宙人の言葉なんかな」


 一人で勝手に話を進めていく健人だが、実のところ俺もこういった話は嫌いじゃない。眠気も腹痛も消えたので俺は口火を切ってやる。


「多分あれ逆再生だと思うぞ」

「というと?」

「第二話でピュアラが呪文を唱えた時、敵がひっくり返って上から不気味な鏡がたくさん降ってきただろ。もしかしたらなんかの暗喩なんじゃないかと思ってさ。パソコンのソフトで逆から再生してみたら、最初のほうはよく聞き取れなかったけど、最後に『オカアサンゴメンナサイ』って言ってた」

「マジで?」

「ほら」


 俺はスマホに移した音声ファイルを開いて健人に聞かせてやる。


「うわマジじゃん! こえー! でもなんでオカアサンゴメンナサイなんだ?」


「分かんね。なんか意味があるのかもしれないしただ単にそれっぽいこと言わせただけって可能性もある」

「ん、待てよ。なぁサボテン。この最初のとこ。もしかして『クヤシイ』って言ってないか?」

「確かに言われてみるとそう聞こえるな」

「だろ!? まさかこれ、殺されたピュアラの・・・・・・」


 そこまで言って俺と健人は顔を合わせる。


「やばいな」

「やべぇ」


 核心に近づき、今までの謎が紐解けた瞬間、驚愕と興奮の混ざり合った笑いがでた。


 ご機嫌取りの世間話でもなく、興味ない他人の近況を聞き出すでもなく。ただ互いの好きなものについて語る。これはいいものだ。だってなにも生まれないから。ここで「話が合うね。良かったら友達にならない?」なんて言おうものならまた面倒なことになる。それは俺がこの世で一番嫌いな行為、人と関わる事だからだ。


「あ、そういや一限体育だったな」


 ふと、健人が今しがた開いた扉からぞろぞろと入ってきた女子の集団を見てそう呟く。


「行くか」

「だな」


 教室に入ってきたのは金髪、茶髪、赤、銀のメッシュ。ピンクのカーディガンに派手なアクセサリーをつけ、どこかの民族のような厚化粧。しまいには左右で違う柄のルーズソックスに太もも剥き出しの短いスカートを履いた魑魅魍魎。こんなものが集団でいたら百鬼夜行でも始まったのかと思ってしまうが今は朝八時半なので違うし、そもそも奴らは生物学的にはれっきとした人間だ。


 霊長目ヒト科ギャル属。


 奴らはそのインパクトのある見た目と高圧的な態度でこの教室の生態系の頂点に君臨している。故に奴らがこの教室の中に着替えを持って入ってきたら、俺達弱者は出て行かなくてはならない。黒板の前に座り込んでいたニワトリ集団もギャル属のリーダーらしき者になにやら色々言われ、結局追い出されてしまっていた。


 これにより体育の前の着替えは女子が教室、男子が廊下という決まりが定着。いつものように俺と健人は廊下半分、階段の踊り場半分の微妙な位置で着替えを始めた。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 ひとしきりアニメの話を終えた俺達は無言。それは当然だ。何故なら俺達は友達なんかではないから。それは健人も分かっているようで、世間話もしないし他愛もない話もしない。ただ昨日のアニメの話をしたらそれで終わり。


 それが俺と健人。サボテンと太陽の関係だ。だから着替えている時も、グラウンドに向かう時も、一緒にはいるが話はしない。傍から見れば共に行動をしているのか、それとも偶然同じタイミングで同じ目的地に向かっているのか分からない。そんな歪な、だけど居心地のいい距離間を保っている。


 だが、どういうことか。健人は今日、俺達の禁忌を突然破ったのだ。

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