第23話 形見の時計

3年前父が死んだ。財産は無かったが、負の財産だけはあった。


形見分けで僕は負債額と父のヨレヨレになった黒い腕時計を貰った。


妹はろくなものないとぼやきながら服や帽子、ベルト、下着などを仕分けし、意味がないと言って全てごみとしてゴミステーションに出した。


有料ごみ袋代は僕が出した。


20年かけて借金を返済し、その形見の時計を 以来毎日僕は付けている。肌身離さず付けている。仕事の時もプライベート時も寝ている時も、どんな時も…。



ある日黒い腕時計が進み出した。1週間で49秒くらい進む。1ケ月換算で約3分だ。


週末ごとに何回も時間を巻き戻していく日々。意味がなくも思えるがその作業で父を亡くした虚無感を紛らわしていたことに気付く。




その日は大事な顧客との商談があり、絶対に遅刻できなかった。腕時計を付けたかどうかの確認をする余裕も無かった。


「お約束の時間に遅れてしまい申し訳ございませんでした」丁重に頭を床に擦り付ける。


その瞬間ぷつりと時が止まった。僕の腕には大学生時代に付けていた時計が巻き付いている…。





今度は時が進み過ぎる。軽快な音楽と共に1秒又もう1秒…何度も針を直そうとするが追いつかない……楽しくてしょうがない。


今では毎日仕事で頭を下げ続け、プライベートでは上を向いて活歩し続けている。


時計は相変わらず減速する素振りもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る