森からの脱出

長月瓦礫

森からの脱出


「遅い……!」


俺は腕時計を見た。時計の針は予定の時刻をすでに通り越している。

いくら森を見渡しても来る気配が全くない。いつまで待たせるつもりなんだ。

しかも、だ。こんな遅い時間に自分から呼び出しておいて、何様のつもりだ。


「何してんだかな、マジで」


俺はため息をついた。月明かりもない。一面暗闇に包まれている。

正直、ここまで暗いとは思わなかった。ランプでも持ってくればよかったな。

何せまともに見えやしないんだから。


ここからまっすぐに貫くように続いている道の先も見えない。

だからといって、何か生物の気配がするわけではない。

こうもり一匹飛んでいないっていうのも、どうかと思うんだけどな。

この森はあまりにも静か過ぎる。


「帰るか」


その台詞を俺は何度も繰り返している。今に来るかもしれないと、耐えていた。

だが、一向に来ない。連絡も入れてこない。なんかもう、バカバカしくなってきた。

向こうが忘れているだけか、本当に遅れているだけか。

まあ、これだけの猶予を与えたのだ。連絡をくれない向こうが悪い。


来た道を戻ろうかと体の向きを変えたその時だった。

地面に軽くとんと跳ねて、目の前にエイミーが現れた。

レースとリボンがついた黒いドレスに、腰まで伸ばした白い髪。

透き通るような青白い肌。ちょうど、胸の辺りにくる身長。


どうして、こんなところにいるのだろうか。

アニキの代理で来たってワケでもないだろうし。


反応に困っていると、エイミーは進行方向を指さした。

この先に進め、とでも言いたいのだろうか。

どうせ、このまま待っていてもアイツは来ないのは目に見える。断わる理由もない。


「しょうがねえな、今だけだからな?」


俺がそういって駆け出すと、彼女は嬉しそうについてきたのだった。


エイミーは呪いのせいで体を動かせない。

彼女は『周囲の人間を人形にする』呪いにかけられた。

どういった経緯があって、この呪いをかけられたのかは分からない。

よほどのことがない限り、手に入れることさえできない代物だからな。

あえて理由をあげるとするなら、それだけ憎い奴がいるか、そいつが強欲なだけだ。


「もうちょっと進まなきゃだめか?」


隣を走る彼女は前を見てうなずいた。

いつどこで恨みを買っているかなんて、誰にも分かりゃしない。

エイミーだって、呪いをかけられてもおかしくはない。


問題は誰がやったかってことなんだ。

ひとりを好む性格ではあったけど、決して悪い奴じゃなかった。

同級生が起こしたもめ事の仲裁役になっていたり、掃除なんかを代わりに引き受けたりして、何かと頼られる存在であったのは確かだ。考えれば考えるほど、呪いをかける理由は浮かんでくる。

それと同時に、容疑者の範囲も広がっていく。広がりすぎてワケが分からない。


そもそも、エイミーが俺と並走していること自体、不気味でしょうがない。

俺の記憶が正しけりゃ、徒競走で万年ビリになってるような奴なんだぞ? 

本物かどうかもあやしくなってきたな。


「お前、何者だ?」


答えない。俺の言葉を無視しているようにも見える。

俺が足を止めると、彼女も一緒に止まる。

ストーカーされてる奴の気分ってこんな感じなのかな。

何かするわけでもなく、ひたすらに俺の後をついてくるだけだ。


「なあ、どこまで行けばいいんだ?」


エイミーはまっすぐに指をさす。進行方向は闇の中だ。

どうしてほしいのか、さっぱり分からない。

首をかしげて、不思議そうに俺を見ている。


俺の脳内地図によるとこの先は真っ白だ。

つまり、満足するまで走ってみるしかないってことだ。

息を一つついて、また道を進み始めた。


呪いってのは魔法使い以外にとっちゃ、感染力が強い病のように思えるらしい。

どんな名医も匙を投げて逃げ出し、一人かかったら三十人が感染する難病のことをさすみたいだ。エイミーの場合も感染病と勘違いされ、町はずれにある館に隔離されていた。最初の感染者ってのは、あながちまちがっちゃいないんだけどな。

だからといって、魔法が使えない医者がどうこうできる問題でもない。

呪いをかけた奴にしか、呪いを解くことはできない。


その誰かが分かるまでどうにもできないんだ。

エイミーもこの呪いを背負ったまま、その館に追いやられた。

それからずっと、ひとりで暮らしていた。

家族や友達にも会えず、孤独を耐え抜いていた。


その間に、コイツの兄貴は政府からその病気の調査を頼まれていた。

この場合の病気はもちろん呪いのことだ。だから、遠回しに呪術者を特定しろと大金積まれて頭を下げられていた。


調査の結果は教えてくれなかった。エイミーが生きているのか死んでいるのか、それさえ分からない。これ以上感染が広がらないよう、館周辺に強力な結界を張ったことしか聞いていない。


不幸なニュースを俺に伝えたくなかったからか、あるいはそれ以上の何かがあったのか。捉え方によっては、エイミーはまだその館で生きているように思える。

こうやって目の前にいるのも、魔法を使って幻を俺に見せているから。なのか?

目的は分からないけど、森を抜けた先に何かあるんだろうな。


俺は一人、足りない脳みそを回しながら足を動かしていた。

闇に覆われた木々を抜けた先に、綺麗に整えられた石が並ぶ広場があった。

上空に白い満月が浮かび、押し黙っている墓石を照らしていた。


「おいおい、マジかよ……」


こういう不謹慎なジョーク、どこで覚えてきたんだよ?

墓場に俺を連れてくる理由なんて、たったひとつしかない。


驚きのあまりに立ち尽くす俺を置いて、ひとつの墓石の前に立った。

果たして、そこには彼女の名前が刻まれていた。


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