第8話「友達という名の共犯者」

 カイルの家へと戻って、裏手からこっそりと離れへと入る。

 案の定、遅い帰りにロレッタは怒っていた。

 そして、出迎えるなり不機嫌そうな顔をする。そう、ちょっと女の子がしちゃいけない表情になっている。

 それというのも、シャルフリーデがカイルにべったりくっついているからだ。

 にぶいアセットでもすぐに、愁嘆場しゅうたんばの気配を察した。


「……えっと、おかえり。獲物はそれだけ? カイル」

「あ、ああ。いや、ちょっとあってさ。ほら」

「ん、あとはやっとくわ。あのミルフィとかって子も、今はよく寝てる」

「そ、そうか! うん、それはよかったな!」

「よかないわよ、バカ」


 むんずとウサギの耳を鷲掴わしづかみにして、ロレッタが台所へと去ろうとする。

 それを、よせばいいのにシャルフリーデが呼び止めた。

 どうしてこう、この少女は火中のくりを拾うようなことばかりするのだろう。アセットは、やんごとなき身分特有の無邪気さと無神経さに溜息ためいきが出る。


「ちょっと! 確か、ロレッタとかいったわよね?」

「ええ、そうよ。それで? お嬢様がなんの御用かしら」

「ねえ、カイル。本当にこの子を、あなたのお嫁さんにするのかしら?」

「な、なによ! わたしにじゃなくて、なんでカイルに聞くの!?」


 先程からシャルフリーデは、カイルの腕を抱いてぶら下がるように密着していた。

 それがやはりというか、ロレッタには当然気に入らない。

 二人の少女が目元もけわしく、互いをにらみ合う。

 そして、情けないことにカイルは助けを求めるような視線をアセットに送っていた。

 だが、外から大人の声がしたのはそんな時だった。


「カイル、戻ったのか? お前も領主様に挨拶を……カイル? 離れにいるのか?」


 庭の方から、声がした。

 カイルの父親、村長の声だ。

 因みに、無断で奥の離れを使っているので、ばれたら事だ。こっぴどくしかられて、その上でミルフィの存在が明るみに出てしまう。そうなったら、ビルラのことも、あのメガリスとかいう巨神のことも話さなければならないだろう。

 ミルフィとビルラは、メガリスの存在を知られたくないようだった。

 そして、できれば自分たちも人の目に振れたくなかったはずである。

 意を決してアセットが、外へ出ようとしたその時だった。


「……フン、いいわ。わたくしに任せなさい? デキる女のやりかたを見せてあげる!」


 突然、シャルフリーデがアセットを追い越した。

 ニヤリと不敵で勝ち気な笑みを浮かべて、彼女はそのまま扉を開いて、そして外から後ろ手に閉める。


「おや、シャルフリーデお嬢様。お父様でしたら、今は酒場の方へいらっしゃいますよ。これから昼食をご一緒しますので、お嬢様も一緒に――」

「ありがとう、ここはいい村ね。気に入ったわ」

「それは嬉しいお言葉です。平和な日々は全て、領主様のお陰です」

「貴族の務めですもの。それより……いいかしら。わたくし、しばらくこの村に滞在することに決めました。民の暮らしをもっと勉強したくて」

「……は?」

「お父様は常々つねづね、多くを見て学べと言ってます。将来はわたくしの婿むことなる者が治めるんですもの、後学こうがくのためにも色々と知っておきたいわ」


 アセットは、村長の困り顔が目に浮かぶようだった。

 嫌だと言えないとわかって、シャルフリーデは言葉を選んでいる。末恐ろしい娘だとも思ったが、好都合だ。

 ちらりと肩越しに振り返れば、カイルとロレッタが目を丸くしている。

 そして、予想通り村長は答えにきゅうしていた。


「それは、領主様がいいというなら……しかし、困ったものです」

「この離れを借り受けます。もう、カイルに中を掃除してもらってるの。いいでしょう?」

「とりあえず、領主様にもお話しておきましょう。さ、大したもてなしはできませんが」

「先に行ってて頂戴ちょうだい。今日からお世話になります。ふふ、色々と学ばせてもらいますわ」


 あーあ、とカイルが顔を手で覆った。

 ロレッタはロレッタで、ますます不機嫌そうに顔をしかめている。

 ビルラは例の魔法の腕輪からは出てこなかったが、今のやり取りは聴こえていたと思う。どうっちにしろ、離れに一人の少女をかくまうことに成功したようだ。

 村長が去るのを待って、戻ってきたシャルフリーデは満面の笑みで勝ち誇っていた。


「どう? あなたたちのいいようにしてあげたわよ? 感謝してほしいわね」

「いや、まあ……なあ? ロレッタ」


 カイルは文武両道の快男児だが、こういう時はやたらと要領が悪い。自慢のいさぎよさもどこへやら、タジタジといった感じである。

 だが、アセットは改めて驚いていた。

 数年の月日は、幼馴染同士の将来を結ばせていた。その一方で、全く知らない女の子が突然出てきて、それは領主の娘でカイルに好意を寄せている。

 ロレッタは、こういう恋物語を本で読むのは好きだったと思う。

 でも、どうやら当事者になると話は別のようだ。


「さて、今後のことだけど……わたくしに全てを話しなさい。悪いようにはしないわ。それどころか、わたくしに従えば全部なにもかも上手くやれる。そう思わない?」


 背格好はロレッタとそう変わらないのに、妙にシャルフリーデは高圧的だ。

 勿論もちろん、ロレッタがすぐに噛み付いた。


「なにそれ! 勝手にあとからしゃしゃり出て、首を突っ込むだけならまだしも……なんで仕切ろうとするのよ!」

「これもまた、高貴なる義務。わたくしにはそれを果たす使命があるもの」

「いりません!」

「ロレッタ、だったわね。よくもまあ、こうも……わたくしだって!」


 今にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気だった。

 だが、不意に突然の声が全員を凍らせる。

 とても穏やかで、優雅とさえ言える声音こわねだった。


「ちょっとちょっと、お嬢様……不器用が過ぎるかな? キミもそう思わないかい? アセット君、だったかな」


 誰もが扉の方を振り向いた。

 音も立てずに開いて閉じた、その扉の前に一人の女が立っている。

 確か、この村に逗留とうりゅうしている旅人だ。

 名は、マスティ。

 村長が客人として迎えている人で、大人の女性である。なのに、腕組み仁王立ちのその顔には、まるで子供みたいな人懐ひとなつっこい笑みが浮かんでいた。

 咄嗟とっさにアセットは、皆をかばうように前に出る。


「……ええと、マスティさん、でしたよね」

「そそ、マスティお姉さんです」

「さっきはありがとうございました。……ことと次第によっては、助けてもらえたんですよね?」

「ああ、森でのこと? はは、キミみたいな子供に気配を気取られるとは、私もまだまだだなあ。うんうん」


 ボサボサの赤髪をクシャリと手でかきながら、マスティはへらりと笑った。

 どうにも緊張感がないが、同様に掴み所もない。そして、油断ならない気がした。

 先程、森の中でシャルフリーデが狼に襲われそうになった時……誰かが、それを見ていた。あれはマスティではとアセットはあとから思ったのだが、正解だったようである。


「さて、シャルフリーデお嬢様。そういうやり方じゃ、学ぶも何もないもんじゃないかな。ここは一つ、お姉さんがお手本を見せてあげよう」


 そういうなり、無防備にマスティは近付いてくる。

 彼女は腰に、剣を帯びていた。だらしない格好とは裏腹に、その剣は綺麗なさやに収まっている。抜いてみなくても、業物わざものであることをアセットに無言で語りかけてきた。


「あー、ゴホン! 私はマスティ、旅の……旅、の、ええと……うん、旅のお姉さんだ。村長さんちのカイル君とは毎日会ってるけど、君がロレッタちゃんね。二人共、よろしく! 友達になりましょう!」


 そっとマスティが、二人に手を差し伸べる。

 キョトンとしてしまったカイルだったが、逆にロレッタは素直に握手に応じた。彼女は昔から、夢見がちで思い込みが激しいが、人を見る目は確かだったりするのだ。


「と、友達よね。ええ、いいわ。わたしこそ、よろしく。ロレッタよ」

「とまあ、友好的にことを運ぶのがお姉さんは好きな訳。どう? お嬢様だって実は意外と……友達が欲しいのかなーって。ね?」

「えっ、そうなの? やだ、そうならそう言ってくれればいいのに」

「立場や身分って、面倒なものなんだよ」


 シャルフリーデは立ち尽くしたまま、ギュムと両手でスカートの裾を握っている。

 だが、意を決したように彼女はロレッタに歩み寄った。


「そっ、そういう訳なの! だから、友達になってあげなくもないわ!」

「まあ! なんてお姫様なのかしら。ま、いいわ。改めてよろしく、シャル」

「シャル? ちょ、ちょっと、あなた!」

「シャルフリーデって、綺麗だけど少し長いわ。ねえ、カイル? シャルってのはいいと思わない? アセットも。お嬢様、も付けない方が素敵よ」


 そう言ってロレッタは、いつもの笑みを取り戻す。

 彼女の機嫌がなおったからか、カイルも安堵あんどの溜息を一つ。なにはともあれ、アセットも安心した。

 無事、シャルフリーデを共犯者に引きずり込めたからだ。

 秘密の暴露を防ぐには、共犯関係が一番なのである。

 そんな悪どいことを普通に考えるから、アセットは昔からずる賢いと言われるのだった。

 少年少女に友情らしきものを結ばせておいて、マスティはへらりと笑う。


「んじゃま、詳しい話はまたあとでね。私も酒場に誘われてて、会食にご一緒することになってるんだ。シャル、行こうか」

「え、ええ!」

「私からも口添くちぞえしてみるよ。子供の頃はなんでも経験してみるっての、悪いことじゃないしね」

「わたくし、もう子供じゃありませんけど」

「はは、大人になるとそんなこと言えなくなるんだよ」


 アセットにはまだ、マスティは不思議な、そして不審な女性に思える。けど、悪意も他意もなさそうだ。都会で生きていると、自然と嘘をある程度は察して見分けるくせがついてしまう。けど、そういうアセットがマスティに嘘を感じなかった。

 だが、この時はそのことだけ考えていたから、気付かなかった。

 離れの奥、寝室のベッドから……鋭い視線でミルフィが一部始終を睨んでいたことを。

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