29、エール国フォルス王②

この王城と比べると、アデールの城はただ大きいだけの山出しの山荘のようなものだと思い知らされずにはいられない。

道中、いなかものと馬鹿にされるのも納得の、国力と財力の差が現前としていた。


黒檀の王座は数段高い階の上にある。

だがエールの王フォレスは彼らと同じ床に立つ。

ゆったりとそこに座ることなどほとんどないのだろう。

見事な衣装の男たちと何やら活発に議論をしているようであった。


「王、ただいま戻りました」

ジルコンが声を掛けるとフォルス王は片手をあげて議論を中断する。

大股でさっそうと近づくとジルコンとがっつり組み合うように抱きあった。


「息子よ!無事でなにより。アデールの森でのことは既に聞いている。すぐに見舞いの使者をベルゼに送った。

お前は要件を済ませればまっすぐに帰って来るかのかと思ったが、随分と遅い戻りであったな」

「行きと違う道を通りナミビア、エリンなど近隣の国を視察も兼ねておりましたので」

「視察はどうだった?」


質問に、真面目にジルコンは応えている。

ジルコンの騎士たちは王の間には入ってこない。

気がつくと、ロゼリアだけがジルコンの後ろに控えていた。


ロゼリアは記憶の中のエールの王を思い出そうとしていた。

黒髪短髪の眉目秀麗だった王の顔には眉間には深いシワが刻まれていた。

頬にはディーンの刀傷に似た、縦に走るひきつった傷が新たに刻まれていた。

友人である父に会いにアデールに訪れた、あの日以来の約10年ぶりの再会である。


同じ年のはずのロゼリアの父王と比べるとその風貌は10歳は上に見え、フォルス王が歩んできた過酷な戦の道を思わずにはいられない。

エールの侵略王、フォレス王とその強引なやり方をそしられることもある。


ジルコンと同じ黒檀のような目がロゼリアに向けられた。

戦に明け暮れた男の目は、刻まれた顔の皺を吹き飛ばすぐらいの強い光を持った生き生きとした目であった。

用心深く、狡猾で、そして息子を抱きしめても尚、どこかひんやりと凍っている。

心の奥を見透かすように見られて、ロゼリアはうなじがぞくりとする。

そこにいるのは既にこの大陸の半分を掌中にした、覇王であった。


抱擁を終えても、フォルスはジルコンの肩に置いた節ばった手を離そうとしない。

その手にも傷が走っているのをロゼリアは見た。

戦場を生きる男の手だった。


「お前が連れて帰ると言っていたのは姫ではなかったか?それは美しいが男であろう?」

「彼はアデール国のアンジュ王子です。

田舎の国では学べることも限られるでしょうし、我らの辺境の安全を強力にするためにも、しばらく彼にはエールでいろいろ学んでもらおうと思います。それで同行してもらいました。姫はその後に迎えにやります」


ジルコンの声の抑揚にはほんの少し言い訳めいた色が混ざっている。

ふたりの顔がロゼリアに向けられた。


エール国のフォルス王は真正面からロゼリアに向き合った。

相手を威圧するような強いエネルギーを感じさせる目であった。

王はロゼリアの心を裸にするかのように上から下まで無遠慮に眺めた。

その存在感に対面し、我知らず握りこんだ手のひらに力が入り、ロゼリアの背中に冷や汗が流れた。

後ろに下がりたいのを必死で踏みとどまる。


「お久しぶりです。フォルス王」

挨拶の口上を述べる声は上ずってしまう。

一通り挨拶が終わるのを忍耐強くフォルス王は聞く。

終わると同時にフォルス王はいきなり破顔した。


「アンジュ殿!はるばるよく来てくれた!そなたを歓迎する!

ジルコンのやつ、嫁を連れて帰ると言っていたのに、連れ帰ってきたのは兄の方だったとは!こいつの堅物度合いには笑ってしまうなあ!あははははっ」


その表情のギャップが大きい。

笑うとその辺りの酒場のおじさんにしか見えなかった。

精悍などっしりした体でロゼリアを被りつくように抱き締めた。

ごま塩の髭が覆うザラザラのほほを、猫が己の匂いを付けるようにロゼリアにじゃりじゃりと擦り付ける。

いきなりのことで、呆気に取られて逃げようとするが、強い身体は逃がさない。

香水と男の体臭がまざりくらくらとくる。

アデールではこのようにロゼリアを抱きしめるものは誰もいない。

もちろんアンジュ王子の時であってもである。


その抱きしめ方は息子とのそれとは違っていてロゼリアも、ジルコンも、議論を中断して待つ男たちも面食らう。

一番驚いたのは当の本人ロゼリアだったのだが。

小さな子供をかわいがるおじさんのそれである。


フォルスはロゼリアの耳元にささやいた。

「セーラから話は聞いている。なかなか面白いことをする。ジルコンの堅物の心を解きほぐすには丁度いいかもしれん。期待している。ロゼリア姫」

「はっ、、はいっ!」

フォルス王の口の動きで髭が耳に当たり、うひゃあと変な声をあげそうになるのを必死で飲み込んだ。


フォルス王はロゼリア姫だとわかっているのだった。

その上で、王子として扱ってくれるようだった。

王が何を期待されているのかわからないし、確証はないが万が一女とばれても王がとりなしてくれるということなのかもしれなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る