26、ジルコンの失態②

指先をロゼリアの頬から耳に滑らせ、おくれ毛を掛けるしぐさをする。


固く閉じていた目がふっと開いた。

青灰色の美しい瞳。


どこかアメジストの紫の雫を一滴垂らしたような、淡い紫がかかっている。

ジルコンの記憶のプールの中で何かが蠢いたが、その正体を探る間はなかった。

なぜなら、その目がじっとジルコンの目を見ていたからだ。

その美しい目は潤み、かすかに揺れていた。

その清浄な泉のような目の中にジルコンは落ち込みそうになった。


必死にその目から己の視線を引き離したが、今度は己の視線は、かすかに開いた口元に引き寄せられただけ。

キスをすれば柔らかく蕩けそうな唇だと思う。

その体をめぐり吐き出された呼気を吸い込んで、自分の体の中に取り込み味わいたい衝動にかられる。

ちろりとのぞき見えるその舌に、その口をこじ開けて己の舌を押し付けなめあげたいとも思う。

そうよぎっただけだと思った。


行動の意味を理解するまでに、ジルコンの体は動く。

そこの水があるから、自然とからからの喉を潤したのだといわんばかりに。


無意識に絹糸のような髪を愛撫し、その髪を掴みんで頭をひきさげ、口元を高くあげさせていた。

キスを受け入れやすくするように。

ジルコンの唇が王子の唇に触れる。

柔らかな唇が驚き引くついた。

舌で開き、その舌の熱くやわらかな感覚を味わう。

ぞくぞくとジルコンの体は喜びに震える。

そしてさらに深く己に、王子に、快楽を与える触れ合いを求めようとした。


「ジル、、、、駄目だ、、、」


ジルコンは不意に引き戻された。

被さる体をアデールの王子が強く押し戻したのだ。


先ほどの潤んだ無防備な目が、驚き大きく見開かれている。

驚いたのはジルコンも同じだった。

まさか、キスをしたいとは思っても、抑制する気持ちが起こる前に実行に移すとは思わなかったのだ。

我に返ると同時に、急激に高揚した気持ちが冷えていく。

あまりにも自然にキスをしてしまっていた自分に驚いた。

アデールの王子が止めなければ己がどこまでするつもりだったのか、知りたくもなかった。

その扁平な胸をまさぐり、その胸に唇を這わせていたかもしれない。


「わたしはロゼリアではない」

アデールの王子は身体を起そうとする。

自分から逃げようとしたのかもしれなかった。

男にキスなどされれば、当然であろうと思う。


「すまない、これは間違いだった。忘れてくれ」


あわてて、ジルコンは距離を取った。

これ以上、この部屋に長いはしてはならなかった。

「部屋の外には誰かを寄越しておく。必要なものがあったら言ってくれ」


ジルコンは部屋を追い立てられるようにでた。

手の甲で口を拭う。

見た目は美しいとはいえ、相手は男である。

しかも婚約者の双子の兄。

あってはならない間違いである。

唇にも舌にもアデールの王子の感覚が残っている。

己の自制心はどうなっているのだ。 

唇を噛み、やわらかな記憶を痛みに紛らわせようとする。


「彼は大丈夫ですか?」

ジルコンの姿を見て、すぐさまアヤが近づいてきた。

申し訳なさそうな顔をしている。

彼女も深く反省をしていた。


「大丈夫だ。寝ている。頑張り過ぎただけだろう」

そう言うとアヤはほっとした顔を見せ、意を決して言う。

「本当に申し訳ございません。彼がジルコンさまにまとわりついていたのが許せなくて、、、。そんな気持ちになること自体、分をわきまえていなかったと思います。どんな罰でもお受けいたします」


アヤは本心から反省していた。


「あの場にはロサンもいたから、ロサンも了承したと思っていいだろう。結果的ではあるが打ち身ぐらいで幸い王子は怪我をしていないようだ。だからみんなで彼に謝っておけ」


ジルコンには今になってわかることがある。

アヤが過剰に反応したのは、アデールの王子を男であることを無視してもキスをしたくなる、ジルコンさえも意識していなかった気持ちを敏感に察していたからなのだ。

女の勘とでもいうものかもしれない。


ジルコンは気を固く引き締めた。

恋愛など不要である。

考えるべきことやるべきことは山のようにあった。

しかも好きになる相手が男であるかもしれないなどと、今までの18年の人生の中で考えたこともない。

首を振った。


部屋の外にはアヤの他にも、騎士たちがうなだれて神妙な顔で控えている。

あのキスを見られていなかったのが救いであった。


「おい、風呂に入りに行くぞ」

ロサンに声を掛ける。

ロサンのその緊張した顔が緩んだ。彼もアデールの王子のしごきに責任を感じていたのだった。


露天風呂に浸かり、ジルコンは顔を洗う。

もう二度とあんな失態を犯さないように決意したのだった。





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