第35話 百鬼夜行

 会場の見聞をしてるうちに時間は過ぎていった。時計が会場にはないため正確な時間は確認できないが招待客が入り始めていることからもう少しで始まることは明白だろう。その予想通り部屋の前方にあるステージにヴィクトルが立ち、ひっきりなしに人が入り込んできてその数は百に届きそうだ。俺たちはその様子を観察すべく会場の端で壁を背にしている。


「それで結局どうするの?ろくな方策は思いつかなかったけど」


「とりあえず優先順位の高いメンバー以外は守らない方針で行こうと思う。どういう風に攻められるのかわからない以上そうするしかない」


「でも……」


「分かってる。一般客を見殺しにする気はない。死にさえしなければ俺が治す。それとハクヨウとヴィクトル、ガルニエ、そしてアリエス、お前とこの連中をできるだけ他の客とは距離を取らせる。この場で狙われるとしたらその面子だからな」


「要するにその役目を私がしろってことでしょ?他の人たちを守りたいなら」


「そういうことだな」


「分かった。やってみるわ」


 アリエスは真剣な表情でそう宣言した。その穢れなき美しい瞳に俺は微笑を浮かべ、彼女の肩を軽くたたく。


「期待してる」


 任せろと言わんばかりの自信満々の笑みが返される。俺も思わず笑みが溺れた。


 俺たちの方策が決まった時タイミングよく誰かの声が響きわたる。その手には音声を学大する神具が握られている。


「本日はよくお集りくださいました。まずはグランツ商会会長ヴィクトル・グランツからのお言葉です」


 始まった挨拶に釣られ会場の視線はステージ上のヴィクトルに注がれる。


「ご紹介あずかりましたヴィクトル・グランツです。今宵は古今東西の料理や人材が集まっています。交渉するもよし、舌を満足させるもよし、思う存分この場を楽しんでください」


 ヴィクトルの短いスピーチが終わると大勢の人間が拍手を送る。そのぱちぱちと打ち鳴らされる音をバックにヴィクトルは壇上から降りていく。


「ヴィクトル会長、ありがとうございました。それでは次は……」


 司会の男が客の中でも位の高い者の名を呼んでいく。順繰りにつまらない挨拶がなされていく。俺はほんの少しだけ話に耳を傾けながら会場の人間の様子に注視する。きゃろきょろと周りを見渡しているとレンリと目が合い軽く手を振る。レンリもこちらに気づき控えめに手を振り返してくれた。すると聞こえていた声が聞こえなくなっていた。どうやらステージ上でのあいさつは終わったのだろう。会場が騒がしくなっていき、俺に二人の女性と一人の男が近づいて来る。


「精がでますなー」


 独特なイントネーションがその人物が誰か教えてくれる。ハクヨウだ。


「別に大したことじゃないさ。仕事を任されなくてもこのくらいはしている」


「流石は勇者はんやわー。ヒイラギもそのへん見習わんとな」


「精進いたします」


 ハクヨウたちと話しているとまた一人近づいて来る人物がいる。


「こんにちは。勇者殿に聖女殿。それとハクヨウ殿。パーティーは楽しんでいるかね?」


「楽しんではるよ。あんさんが来るまではなー」


「それはそれは。随分嫌われたものだね」


「胸に手を当てて聞いてみればよろしいのと違いますか?」


 ハクヨウとヴィクトルがばちばちと見えない火花を散らしている。やはりこの二人は仲良くないのだろう。


「だが、君も私が先に話をつけた勇者殿や聖女殿に依頼を出したそうではないか。それはどうお考えかね?」


「別におかしな話やないやろ? 救世機関の関係者が来れば関係を持ちたい思うのは当然や。たまたまあんさんが先やったから何か問題があるんか」


「フフッ。確かにないね。失礼なことを言ってしまいすまないね」


 ヴィクトルは簡単に謝罪を口にする。その言葉にハクヨウは目をぱちぱちとさせた。


「おやおや、君たちが群れているとは珍しいな」


 声を掛けられその方を振り向くと領主ガルニエが立っていた。図らずしもこの街の中心人物が集まってきていた。


「それを言うんならあんさんがパーティーに来てる方が珍しいんと違うん? いつもは忙しいとかなんとか言ってこーへんのに。それとも今日が何か特別なんか?」


「そんなことはない。いつもは本当に忙しく顔を出す暇がないのだよ」


「へー、そうなんやー」


 ハクヨウはわざとらしく棒読みの返事を返す。


「それで領主ガルニエ。私たちに何か用ですかな?」


「いやいや、特別なようなんてなくとも君たちに挨拶するのは当然だろう? もはや君たちはこの街の顔役のようなものなのだから」


 その言葉にハクヨウとヴィクトルは目を開き黙りこくる。おそらく領主はそんな殊勝なことを言う人間ではないのだろう。二人は謎のこの余裕に疑念と警戒が浮かんでいる。


 俺としては領主とヴィクトルの関係性を暴きたいところだがこの様子だと難しそうだ。時間をかけて探るしかないかもしれない。


「まあまあ、三人とも落ち着いてください。この場であまりぴりぴりされては他の肩にもご迷惑ですよ」


 アリエスが嗜めるように三人の間に入った瞬間領主以外の全員の瞳が見開かれた。何故なら彼の背後にいつの間にか外套を着て顔を白い布で覆った謎の人物が立っていたのだから。


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