第33話 本当の始まり

俺たちはアンガスに一言告げてから宿を出た。日の傾きから今は八時は過ぎているだろう。あの宿には時計がなかったため大体の時刻しかわからなかったのだ。宿の料理には満足しているがそれ以外はボロ宿以外の何物でもない。今更それを再確認する。


 宿からあるいて十数分。前に訪れたグランツ商会の所有する塔の入口に来ていた。重厚な扉を開け、中に入る。ロビーには前とは違い多くの人がいた。それも高価そうな時計や服に神具を身に着けており見るからに裕福そうな人物たちであった。蛇のようなまとわりつくような視線を感じながら俺たちはカウンターへと歩を進める。そこには慌ただしく動き回っている商会の人たちが見えた。そのうちの見覚えのある人物がこちらに気づいたのか手招きをしている。その指示に従い俺たちは注目の中その人物に近づいていく。


「久しぶりね、サラ」


「そうでもありませんよ。アリエス様」


 お互い普通に挨拶する。アリエスはもちろんサラにも変わったところはない。相も変わらず表情の乏しい顔をしている。俺たち二人を視界に捉えると一人の商会員に何か伝えている。おそらく俺たちが来たことをヴィクトルに知らせているのだろう。


「では、こちらにどうぞ」


 俺たちは前回と同様にカウンターの中に通される。そして、奥にある神具によって上層階へと案内される。軽い衝撃を感じ、金属製の扉がゆっくりと開かれる。どうやら前に来た階と同じ場所のようだ。サラの後を付いていき会長室に通される。こんこんこんと扉が叩き、がちゃりとドアノブを回す。開かれた扉の先には前にあった時よりも豪奢な衣装を着たヴィクトルが座っていた。


「ご苦労だった。下がってい良いぞ」


 サラは軽く頭を下げ、部屋から出ていく。


「よく来たな。聖女に勇者。特に勇者、準備は十分か?」


「ご心配なく。私は何時如何なる時も十全な力を発揮できるように日ごろから努めておりますから」


「期待しているぞ」


 ヴィクトルがにやりと笑う。やはりこの様子だと確実に何かあるのだろう。その方がこちらとしても好都合だ。そんな感情を込め、笑い返す。


「ところでヴィクトル氏。パーティーは何時から始まるのでしょうか?」


「午前十一時からだ。今からだと……二時間と少しあるな」


 アリエスの問いに壁に掛けてある時計を見ながらヴィクトルは答えた。意外と余裕があるようだ。


「それでは私たちは会場の下見をしておきたいのですがよろしいですか?」


「構わないぞ。パーティー会場はこの階の二つ下だ。人の出入りも多いため簡単に分かるだろう。話は通しておいてやる」


「ともに来てはもらえないのですか?」


「悪いな。私は忙しい身なのでな。遠方から来たものたちの相手をしなければならないのだ」


「そうなんですか。残念です」


 アリエスは本当に残念そうな表情を浮かべている。どうせ彼女は今後のこの男がどんな行動をとるのか知りたいだけだっただろうに。


「私も残念だよ。ああ、そうだ。君たちにはこれを渡しておくよ」


 ヴィクトルは各々にバッチを俺たちに手渡した。俺のは青色に剣の意匠、アリエスのには赤色に馬車の意匠が施されていた。


「それは招待客の証だ。赤いのがゲスト、青いのが護衛ようだ。パーティーの間はそれを身に着けておいてくれ」


「分かりました」


「それとパーティーが始まったら隙に動いて構わない。私に意識を裂いてくれさえすればな」


「ご厚意感謝いたします」


「よしたまえ。私たちは仲間のようなものだろう?」


 ヴィクトルは気持ちのよさそうな笑みを浮かべている。これだけ見ると死んでいるとは全く思えない自然な動きだ。まあ、この人を知っている人間からすれば今の彼は不自然なのかもしれないが。


「そうでしたね」


 アリエスは冗談めかして舌をペロッと出す。妙にこなれたその様子は俺からすれば気持ちが悪いが知らない人から見れば可愛らしく見えるだろう。


 そして、二人はお互い笑い合う。本当に楽しそうに。


「さて、それでは私たちは失礼させていただきます。あまりお忙しいヴィクトル氏の時間を奪うわけにもいかないので」


 そう言って俺たちは部屋を後にしようと俺は扉を押す。


「期待しておるよ」


 背後から掛けられた言葉にはどんな意味が込められているのかわからないが笑みを返し、扉を閉めた。

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