第7話 ヴィクトル・グランツ
レンリと別れたグランツ商会の拠点の前まで俺たちは戻ってきていた。威圧するような店構えも気にせず店の扉を開ける。すると、そこには広く活気のある豪勢な空間が広がっていた。見るからに高そうな赤いカーペットが一面に敷き詰められ、それを行き交う人々が事もなしに踏みつけている様子からもここの商売規模が伺える。
俺たちはが入ってきた扉の他にも二つほど外に出ていく扉はあるようでこちらに近づいて来る者はいないが時折向けられる探るような目線は感じていた。だが特に気にすることはなく俺たちは入った瞬間目についた受付カウンターらしきところに近づいていく。こちらの意図を察したのかカウンターの向こう側にいる女性がにこりと営業スマイルを向けてきた。
「ようこそ、グランツ商会へ。今日はどういった御用向きでしょうか?」
「私は救世機関の者です。商会長のヴィクトルグランツ氏に会いたいのですが……」
アリエスは領主邸の時と同じように目の前の女性に取り出した救世機関の紋章を見せる。だが、あの門番と違い女性は取り乱すことなく平静を保っている。
「申し訳ありませんがその聖印をお預かりしておよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
アリエスはその聖印をカウンターに置くと女性はそれを持って奥の部屋に姿を消した。おそらく本物かどうかを確認しているのだろう。大商会ともなれば信頼のおける鑑定士の一人や二人くらいは造作もなく用意できる。だが、この行動は俺たちにとっては好都合だ。俺たちの正当性を相手が確認してくれるのだから。
数分ほどで先ほどの女性は帰ってきた。心なしか先ほどよりも聖印の持ち方に気を使っているように見える。
「お待たせいたしました。それでは会長のお部屋へとご案内いたします」
俺たちはカウンターの奥の部屋へと誘われる。意外にも面会が叶うようだった。どうやら俺たちの切り札であったレンリとの関係も持ち出す必要はないようだ。
俺たちはそのまま部屋の奥まで進むと四角い箱のような物に乗り込んだ。受付の女性が数字の書かれたでっぱりを押すと入ってきた扉は締まり、独特な駆動音が響き徐々に奇妙な浮遊感に襲われた。
「あの……これはいったい?」
「これは昇降盤という最新鋭の神具です。このボタンを押すことでその階まで自動的に私たちが立っている床が浮遊して運んでくれるのです。ですが、この商会でもまだ一機しかなく一部の人間しか使うことを許されていません」
「それはそれは。貴重な体験をさせていただきありがとうございます」
「いえ、私はただの案内役。お礼なら会長に」
女性は柔和な笑みを浮かべる。やはりこの商会は一筋縄ではいかないだろうと確信した。細部にまで指導が行き届いているのが感じ取れるからだ。つまり、この街で買収で来た兵士たちとは違いこの商会に属する者に下手に接触しても切り崩せない。
できればヴィクトル・グランツに会う前に情報を引き出しておきたかったが難しいようだ。ここはアリエスの交渉能力に賭けるとしよう。俺が他力本願を決めたところで甲高い音が鳴り、扉が開く。女性が先導するように俺たちの数歩先を歩いていく。俺たちもその後に帯同する。
一分もしないうちに俺の身長の二倍はあるであろう大きな扉に辿り着いた。女性が扉を開けると俺の目には大柄のふくよかな男性と小柄な少年が横長の椅子に座り、ティーカップに口をつけている光景が映った。レンリは俺たちの方を向くとぎこちない笑みを浮かべながらぺこりと頭を下げた。
「会長、お客様をお連れしました」
「うむ、ご苦労。下がってよいぞ」
女性は一礼するとその場をひっそりと後にする。
「さて、救世機関からの使者殿。今宵は何用ですかな?今私は息子とのティータイムを楽しんでいるのだが」
「それは申し訳ありません。ですが私たちも火急なようがありますのでご理解いただけるとありがたいです」
「まあよかろう。それで要件とは?」
「私たちはこの街近郊の村で異常発生した亡者らしき魔物の発生源を探る調査をしています。その中でその原因がこの街にいるとある人物という情報を入手しました。ですが私たちも無理やりその方を裁くというのは気が引けます。実際物的証拠は何もありませんから。そこで大商会を率い、情報通でもあるあなたに証拠固めに協力してほしいのです」
「お前たちの言うある人物とはガルニエのことだろう?」
確信を抱いて発せられたその言葉はアリエスの目を輝かせた。何せこの人物はこの事件を解決するカギを握っているのかもしれないのだから。
「流石ですね」
「大したことではない。あやつには前から黒い噂があったというだけだ」
「なるほど。それでその噂というのは?」
「まあ、待て。私にも聞きたいことがある」
ヴィクトルの目線は黒髪の少年を捉えていることからも何を言わんとしているかは理解できる。どうやらアリエスの善行は意味のあるものになりそうだ。
「何でしょうか?」
「お前たちがこの子をスラムのやつらから守ったというのは間違いないか?」
「ええ、間違いありません」
「ということは私はお前たちに借りがあるということになる。つまりはお前たちにその借りを返さないといけないわけだ」
ヴィクトルはもったいぶったようにひどく迂遠な話し方している。何が言いたいのか予想はある程度つく。猛禽類のような視線からも彼の狙いは明らかだ。
「だが、この件は少なからず私にも危険が付きまとう。お前たちの借りと相殺というわけにはいかない。そこで提案だ。そこのフードを被った彼を私に一日貸してくれないか?貸してもらうのは三日後に開催されるパーティーの時。この条件を呑むなら私が持ちうる情報をすべて開示することを約束しよう」
その要求に俺は安堵した。予想の範囲内の提案であり想定を超えることはなかったからだ。だが、これでこのヴィクトル氏も俺たちの存在を認知していることが確定した。彼の心の底まで覗くことはおそらくできないがその情報は得ることができるだろう。
アリエスは俺の方にちらりと視線を向けてくる。俺はその意図を察しこくりと首を縦に振る。
「わかりました。その条件呑ませて頂きます」
「一応確認するがお前は勇者だな」
ヴィクトルは俺を真っ直ぐに見据える。流石は歴戦の商人、駆け引きにおいてその眼光は戦士のそれである。だが、俺にとってそれはむしろ心地よいものだ。俺はフードを取り、銀色の髪を靡かせこともなさげにヴィクトルはを見返す。
「俺の名は救世機関所属の<灰の勇者>だ」
その言葉に満足したのかヴィクトルはにやりと笑う。
「これで契約完了ですな」
ヴィクトルは重い腰を上げ、アリエスにゆっくりと近づき右手を差し出してくる。その行動に俺たちは正気を疑ったが余裕の表情を浮かべる彼に負けないようにアリエスは笑みを浮かべその手を力強く握った。
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