アストレアの天秤~勇者と聖女の懲悪譚~
天野静流
プロローグ
少年は降り注ぐ雨の中で一人立ち尽くしていた。目の前には唯一の肉親であった父の亡骸と鋼の鎧と剣で武装した男たちの無惨な死体が転がっていた。顔を伝って零れ落ちる雫は血だまりの落ち波紋を作り出している。冷たい雨に晒され体温は徐々に下がっていく中、幼い少年は煮えたぎる怒りの感情と得も言われぬ喪失感に苛まれていた。
「世の中はこんなに理不尽なのか……。真面目に生きても報われることはないのか……。神なんていないのか……」
血の気の失せた唇から零れ落ちた言葉は騒々しい雨音にかき消される。すっかり冷たくなった拳を握り少年は暗い瞳を足元の父に向けた。そして、膝を地面につけバシャりと音を鳴らす。
「父さん。ぼく父さんのこと大好きだったけど父さんの志は守れそうにないよ。ごめんね」
それだけ言うと少年は立ち上がり、死体の残骸から剣を持ち上げ腰に携える。そして、父親を背中に抱えるようにして森の中に運んでいく。数分歩いたところに開けた場所がありそこで少年は父親を丁寧に木にもたれかかるように置き、持ってきた剣で徐に穴を掘り始める。何度も突き刺しては土を掻きだし、深く深く掘っていく。流れ込む泥水の勢いにも負けず少年は目的の大きさまで穴を広げた。再び父親を背中に担ぎ、穴の中に膝を折りたたむようにして入れる。その後、淡々と穴を埋めていく。埋め終わると持っていた剣を盛り上がっている土の真ん中に突き刺す。
「父さん。今はこれで我慢してね。すぐにもっといい場所に移してあげるから」
そう言うと少年はその場を後にする。手の甲を伝って地面に落ちていく雫たちは泥と血の汚れでひどく濁っていた。
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