第97話 動き出すナニカ

 授業が始まってから、もうすぐ一月が過ぎ去ろうかとしていた。

 ここまで、取り立てて問題になるようなことは起こらなかった。しかしそれは、いまだに生徒達が牽制し合っているからに過ぎなかった。

 女性陣はすでに派閥ができかけているようであり、自分たちよりも人気のあるステラ嬢に早くも狙いをつけている感じはあった。

 どこの派閥にも所属するつもりのないクリスティアナ様は、しょっちゅう誘いが来ると言ってウンザリしていた。いっそのこと、クリスティアナ様が新しい派閥をつくり、ステラ嬢を保護するという作戦も良いのかも知れない。

「ステラさんの人気も考えものですわね」

 本人がそうしたいわけでもないのに、周りが勝手に争い出す。人気者になるのも考え物だと思う。これが高位貴族であったのならまだよかったのに。

「その通りですね。まだ問題が起こっていないのが不思議なくらいですよ」

 俺は教室の隅でポツンと一人で座っているステラ嬢に目を向けた。男連中は相変わらず、チラチラと様子をうかがっている。誰に遠慮しているのかは分からないが、気になるならサッサと話しかければいいのに。

「エリオット、声をかけてみたらどうだ?」

「シリウス、俺を生け贄にするつもりかい?」

「その通り。ピッタリな配役だろう?」

「なんでだよ!」

 エリオットがグワッと噛みついた。だが、本人は気がついていないのだろうか?エリオット自身もチラチラとステラ嬢を見ていることに。

「行きなさいよ、エリオット。あんた、男でしょ」

 フェオが無慈悲な言葉を口にした。エリオットのことが嫌いなだけに、早くこの場から居なくなってもらいたそうだ。エリオットもそれに気がついているのか、苦笑いを浮かべている。

「周りをウロウロしている人たちは何を待っているのでしょうか?」

 マリア嬢が疑問を呈した。俺には何となく分かったが、その可能性を否定したかった。

「シリウス様が声をかけるのを待っているのではないでしょうか?」

 ルイスが言った。やっぱりそうだよね?

「なんでシリウスが声をかけなきゃいけないの?」

 フェオが首を傾げて言った。確かに普通に考えればそんなことをする必要はないだろう。しかし、平等を掲げる王立学園とはいえ、どうしても身分の差が出てしまうのだ。

 このクラスではクリスティアナ様が一番身分が高い。そして男子の中では俺がダントツで身分が高かった。つまり、一番身分が高い人を差し置いて自分たちが声をかけるのは、後で俺から文句が出るのが恐ろしいのでできない、ということである。

 俺から言わせてもらえれば、そんなことはしないから、とっとと声をかけろ、である。正直なところ、関わりたくないので声をかけたくないのが本音である。

「別に俺が声をかける必要はないと思うけどね。俺としてはこのまま放って置いてもらいたいよ」

「それはそうかも知れませんが、何だか一人ボッチで可哀想ですわ」

 心優しいティアナがステラ嬢に同情し始めた。それにルイスの婚約者になって自信をつけたマリア嬢が続いた。

「そうですわね。ちょっと可哀想な気もしますわ。ステラさんもなりたくてそうなったわけではないでしょうからね」

 うーんと悩む二人。新しい派閥の提案をして見るか、否か。

「シリウス様、何かよい考えはないですか?」

「そうだね、ティアナが声をかけて、ここに引っ張って来たらどうかな?」

 なるほど、とみんなが反応する。

「この国の王女殿下が目をかけているとなれば、そう簡単に手出しをする人もいなくなるというわけですね」

 エリオットが嬉しそうに言った。

 確信した。こいつ、ステラ嬢に気があるな。それならサッサと話しかければいいのに、なんでそれをしないのか。エリオットも俺に気を使っているのか?俺はこれ以上嫁をもらう予定は一切ないのだが。

 俺の提案に納得したのか、ティアナとマリア嬢は互いに顔を見合わせると、ボッチステラ嬢の元へと向かって行った。

「あんたがボッチのスッチーね。特別にクリピーがお友達になってあげるってよ。喜びなさい!」

 台無しである。何やってるんだ、フェオ。そんなにスライムでベトベトにされたいのか?フェオの台詞にギョッとした二人は、慌ててステラ嬢の近くに行った。

 その後はなんやかんや話をした後、無事にこちらサイドにお持ち帰りすることができた。

「フェ~オ~?後でどうなるか分かってるよね?」

 ブルッと震えたフェオは自分で自分を抱いた。

「え、エッチなこととかしちゃう?ごめんね、クリピー。あたしが先に……グエッ」

「そうじゃないからね、フェオ君?」

 余計なことを口走りつつあるフェオを俺は両手で掴んだ。まあまあ力を込めてある。

「じょ、冗談だって、シリウス。やだな~も~」

 てへっと舌を出してとぼけたフリをしているが、そろそろ冗談では済まない年齢になってきている。年齢の概念が薄いと思われる妖精には分からないかも知れないが、そろそろ非常にデリケートな問題になってくるのだ。

「まさか、シリウス?」

 ほら見ろ。エリオットが食いついてきた。だが、ちょうど良い機会だ。この際、ハッキリさせて置いた方が今後のためにもいいだろう。

「エリオット、そのまさかだよ。俺達は結婚したんだ」

 ええ!?とエリオットだけでなく、マリア嬢、ルイス、アーサーそしてステラ嬢に、周りで聞き耳を立てていた生徒達が声をあげた。

「だ、だれと?」

「ティアナ、フェオ、エクスの三人とだ。式はまだ挙げていないが、高等部を卒業したらすぐに結婚式をあげることになっているよ」

 その言葉に一気に騒がしくなる教室。

「おめでとうございます!クリスティアナ様!」

 ティアナの親友のマリア嬢が嬉しそうに言った。その喜びように、ティアナは照れながらお礼を言っていた。

 これでよし。俺やティアナに妙なことをいう人も、妙な噂を立てる人もいなくなるだろう。それはステラ嬢と俺がそのような関係があるという噂も立たなくことを意味している。後は行動で示せばいいだけである。

 これよりティアナ第一主義を採用することとする。生徒への周知も行った。これでイチャイチャし放題である。

 この日を境に、ステラ嬢は我が陣営に加わることになり、それによって新たな派閥が誕生した。クリスティアナ様が中心となった最高位のお嬢様派閥である。

 他の派閥と決定的に違う点は、この派閥には男性も混じっていることである。

 そう、お嬢様派閥にナイトが護衛についているのである。それゆえ、我らが陣営は圧倒的に強力であった。


「なんとか無事にステラ嬢はアイツに接近することができたようだな。あれだけの器量の女だ。気にならないはずがない。後はアイツが落ちるのを待つだけだ」

 ステラ嬢がクリスティアナ様と共に行動するようになったという話を聞き、その男はほくそ笑んだ。ガーネット公爵家もジュエル王家もこれまでだ。男はそう信じて疑わなかった。

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