第51話 私もペットが欲しいですわ!

「まさかシリウスが子爵を伯爵まで押し上げてくれるとは、さすがに予想外だったよ」

「私もよ、ダーリン。実家の財政難が何とか改善できれば、とは思ってはいたけれども、まさかここまで考えていたとはね。もうシリウスちゃんには足を向けられないわ」

 ウフフと冗談半分に笑う王妃。子爵家で起きた様々な事柄の全てを、シリウスは自分の手柄とはせず、子爵家の手柄とした。もちろん王妃は断ろうとしたのだが、初めからそのつもりで動いていた、それに自分は公爵家の人間なのでこれ以上の地位はいらないし、自分の名前が登録されている商会も持っている。だから何もいりません。と言われ、引き下がらざるを得なかった。

「しかし、何もいらないとはな。それはそれで困ったものだ」

「ええ、本当に困った子ですわ。あ、でも、シリウスちゃんのために用意した馬は、喜んで受け取ってくれたわよ? それに、シリウスちゃん達のために、今職人達が立派な馬車を作っているわ。お礼にプレゼントするんだって張り切っていたわ。そうそう、馬と言えばね、クリスティアナが・・・」


 頬に当たる風が気持ちいい。それにこの疾走感は癖になりそうだ。

 俺は今、王妃様からいただいた馬に乗り、子爵家の近くの湖に来ていた。もちろんクリスティアナ様は俺の前に乗っている。

 馬に乗るのも慣れてきたようであり、以前のような恐れはなくなっていたが、俺の腰に手を回した状態であるのは変わらなかった。

 柔らかい感触が胸の辺りにある。両手が塞がってなければ思わず抱きしめていたかも知れない、などと不埒なことを考えていると、不意にクリスティアナ様が言った。

「シリウス様だけずるいですわ」

 突然の発言に思わず動揺した。な、何の話ィ!? 一人、クリスティアナ様の感触を楽しんでいるのが良くなかった?

「ク、クリスティアナ様?」

「だってそうでしょう? シリウス様だけ、こんな立派なペットをお母様からプレゼントしていただいて、ずるいですわ」

 ああ、なるほどね。何日か一緒に馬に乗っているので、自分も欲しくなったのね。

「それではお義母様に頼んでみましょう。きっといい馬を見つけて下さいますよ」

「そうではありませんわ。私もシリウス様のようなペットが欲しいのですわ」

 え? ペット? そんなつもりで馬を飼っているわけではないんだけど、これってペットになるの? なるんだろうなぁ。

「ペット、ですか? お城にもネズミ捕り用の猫が何匹もいるじゃないですか」

「そうではなくて、私も自分だけのペットが欲しいのですわ」

 ああこれ、駄々をこねる子供だわ。俺が馬を撫でたり、ブラッシングしたりするのを見て、自分も欲しくなったのだろう。しかし、ペットか。餌をあげたり、トイレの始末をしたり、掃除をしたりと大変だと思うんだけどなぁ。あと、何年かしたら死んじゃうし。そのときはショックなんだろうなぁ。考えるだけでクリスティアナ様にはちと荷が重い気がする。さりとてダメだと言うと泣き出しそうだし。

「それならフェオがいるじゃないですか」

「ちょっと待って、あたし、ペットじゃないから。それにあたしはシリウスのものだから。も~、シリウスが何でそんなに渋るのか分からないけど、それなら使い魔をペットにすればいいじゃない。いつでも呼び出せるしさ、似たようなもんでしょ」

「使い魔ですって!? 確かに本ではその昔魔女が使い魔を使役していたと書かれていましたが、そのようなことが本当にできるのですか?」

 クリスティアナ様が期待に目を輝かせている。だが俺には何か嫌な予感しかしないのだけれども。主に、また何がやらかしそうという点において。

「モチのロンよ。そうと決まれば召喚の儀式に必要なお菓子を準備しないといけないわ」

「お菓子を供物に捧げるんだ?」

「いや、あたしが食べるのよ」

「いらんだろ、それ」

「すぐに準備して来ますわ!」

 クリスティアナ様は即座に使用人に命令した。フェオに唆されていることにも気がついていない様子。そんなにペットが欲しかったのか。鳥籠に鳥でも飼っておけば良かったかな。

「召喚の儀式ということは、使い魔は召喚するんだよね?」

「そうよ。召喚魔法を使って呼び出すのよ」

「その使い魔はどこからやって来るんだ?」

「・・・さあ?」

「大丈夫なの、それ?」

「大丈夫ですわ。問題ありませんわ! さあ、お供え物も用意できましたわ。早くやりましょう!」

 ものすごいやる気に満ち溢れている。これはもう止められないな。今回ばかりはフェオのちょっとした冗談であって欲しい。

 万一に備えて人気が少ない湖の畔の森へと少し入った。この辺りには魔物はいないようだ。

「この辺でいいかな~? じゃ、準備するから待っててね」

 そう言うと地面に何やら見たことない魔方陣を書き出した。魔道具に使っている魔方陣とは明らかに別物だ。これはマジかもしれん。

 そうこうしている間に魔方陣が描き終わった。

「これでよし。この魔方陣に向かって手をかざして魔力を込めるのよ。そうするとその人に合った使い魔がポーンと現れるわ。それでその子に名前をつけてあげると契約完了ね。契約の代償は毎日自分の魔力をあげること。だから自分の魔力に応じた使い魔が現れるはずよ」

 クリスティアナ様が使用人に頼んで持ってこさせたお菓子を頬張りながらフェオが言った。フェオの前には山のようにお菓子が積まれている。これを全部食べるつもりなのか。

「名前をつけるだなんて、何だか妖精との契約と似てるね。使い魔も魔力で体が構成されているのかな?」

「そうなのかな? でも、あたし達と一緒にしないてよね。向こうはあたし達と違ってしゃべったりできないからさ。言うことは何でも聞くけどね」

 なるほど、本当にペット感覚でいいみたいだ。それに聞き分けがいいともなれば、ペットの上位互換だな。ちょっと安心した。そうなれば、俺も可愛いペットが欲しいな。

「どんな子が現れるのかは、そのときにならないと分からないのですわね。ちょっと緊張しますわ。可愛い子がいいのですが」

「クリピーは可愛い子がいいの? それなら、可愛い子来い、可愛い子来い、と念じながら手をかざせば、可愛い子が抽選されるよ」

 抽選って、ガチャかよ。そうか、抽選か。

「気に入らなかったらやり直しはできるの?」

「無理ね。って言うか、自分を慕ってきた子に帰れって言うの? 泣いちゃうよ、きっと?」

 それもそうだな。泣くかどうかは分からないが、可哀想ではあるな。

「大丈夫ですわ。どんな子でも受け入れますわ」

 クリスティアナ様は覚悟を決めた目をしていた。そこまで真剣になる場面ではないような気もするが。

 意を決してクリスティアナ様が魔方陣に恐る恐るそっと手をかざした。地面に描かれた魔方陣に光が走り、輝きを増していった。

 最後に一際輝きが大きくなると、あっという間に光が消えていった。光が消えたあとには一匹の鳥がクリスティアナ様の方をジッと、仲間にして欲しそうに見ていた。見た目は普通のインコだ。

「か、可愛いですわ! たまりませんわ! えっとそうだ、名前を・・・ピーちゃん、あなたの名前はピーちゃんですわ!」

【ピーちゃん!】

 人の声とは違う頭に響くような声が聞こえた。使い魔ってこんな声なんだ。不思議。

「可愛い子ですね。クリスティアナ様にピッタリですよ」

【ピーちゃん!】

 クリスティアナ様は嬉しそうにピーちゃんを手のひらの上に載せている。一方でフェオは何だか難しそうな顔をしていた。

「どうしたのフェオ? 可愛い顔が台無しだよ。もしかして嫉妬してるの?」

「か、かわ・・・嫉妬なんてしてないわよ! ただちょっとあの子が変な気がしてさ」

 チラリとピーちゃんを見た。え、何? 何か曰く付きなの? 怖いんだけど。フェオは、まあ気のせいか、と言って機嫌を直した。凄い気になるんだけど。

「それよりも、次はシリウスの番ね。魔王とか呼び出しちゃってよ」

 ほんの冗談のつもりだろうが、ありそうで怖い。やっぱり止めておこう。とても悪い予感がする。

「いや、止めておくよ。俺には愛馬がいるからね」

「そうなのですか? ピーちゃんも友達が欲しいと言ってますわ。ね? ピーちゃん」

【ピーちゃん!】

 本当にそうでしょうか。私にはそうは聞こえないのですが。だってそれしか言ってないじゃん。

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