第46話 二つに割れたもの

 爵位を上げる為には何か功績をあげなくてはならない。

 あの国王陛下のことだ。愛する第二王妃のために、ちょっとした功績でも爵位を上げてくれるはずだ。

 いや、何もないのに勝手に子爵から伯爵に格上げしないだけ、よく我慢していると思う。あの独占欲の強い国王陛下なら、そのくらいのことは平気でやりかねない。

 国王陛下は手強い相手だが、今はむしろ僥倖。何か、何か打つ手はないのか。

「どうかなさいましたか?ハッ!ひょっとしてお尻が痛いのですか?」

 ガタガタと揺れる馬車の中、明るい朝の光が車内に射し込んでいる。

 馬車の中にはいつものメンバー。お義母様は今夜行われる予定の周辺の貴族を招いた晩餐会の準備で屋敷に残っている。

 避暑地に行っても社交の場は無くならない。貴族って面倒な生き物だ。お茶会とかあっても俺は絶対に行かんぞ!

 少しでも使用人の負担を減らすため、お邪魔虫である我々は近場の湖へと涼みに向かっている。今はその道中の馬車の中である。

 子爵家に来るまでに使った馬車には、デカデカど王家の家紋がついており、さすがに目立ち過ぎるので使うことが憚られた。それで今は子爵家の馬車を使っているのだが、性能が劣っているのかクリスティアナ様の言ったようにお尻が痛く成りそうなほど揺れが酷かった。

「いや、まだそこまでではないですが、あまり長くは乗っていたくないですね」

 尻が痛くなる前に酔いそうだ。だが庶民の乗る馬車はもっと酷い。今使っているようなクッションさえないのだから。もう少し揺れが小さくなれば快適性が良くなるのに。

「ほんとにね~。ガタガタ五月蝿くてお昼寝も出来ないよ。クリピーもお尻が痛いんじゃない?ひょっとしたらお尻が2つに割れてるかも知れない!ちょっと確認のためにパンツを脱がせて見てみようよ!」

「そうだな」

「そうだな、じゃありません!2つに割れてるに決まっているでしょう!何をお考えになっているのですか!そして何でフェオは私をシリウス様の前で脱がしたがるのですか!」

 軽い冗談なのにメッチャ怒られた。生尻はほぼ毎日見てるのに、解せぬ。

 そう。子爵家に来てからもお風呂は一緒だ。何なら、お義母様も一緒だ。

 お母様のプロポーションも凄かったが、お義母様のプロポーションも凄い。なるほど、クリスティアナ様がスクスクと育つわけだ。年齢の割には発育が良すぎるのではないかと思っていたが、これならしょうがないのかも知れない。

 しかし、国王陛下にクリスティアナ様とお義母様の二人と一緒にお風呂に入っていることがバレたら・・・俺の豆柴はキュッと小豆柴になった。

 クリスティアナ様のご機嫌を取るために話題を変えることにした。フェオはクリスティアナ様の前に正座させられ、プリプリと怒られている。怒っている姿も可愛く思えるのはかなりの重症なのかも知れない。

「この揺れがなくなれば快適な旅が出来るようになりますよね。そうだ、浮かせてみましょうか。そうすれば馬車の揺れが無くなるかも知れません」

 そう言って浮遊の魔法レビテーションを使った。少しの浮遊感を感じると車体はフワリと浮き上がった。車体の揺れはほぼ感じなくなった。おお!とみんなで声を上げた。

 だがその直後、馬車を引いている馬がヒヒン!と声をあげた。あれはおそらく手綱を引いて緊急停車するときによく聞く声だったはず。映画で見た。

 馬は止まったようだが・・・馬車は止まらない!慣性の法則が効いているのだ。こりゃうっかり!俺は慌ててレビテーションの魔法を切った。ガラガラと音を立て、グラグラと大きく揺れた馬車は何とか止まった。

 危ない危ない。もう少しで従者と馬ごと馬車で轢いてしまうところだった。新しい転生者を産み出すところだったかも知れない。馬車に轢かれて異世界転生とか、どこに行こうと言うのかね。馬が主人公とか、あり得ないのねん。

 レビテーションは失敗だった。不用意に馬車を浮かせてはいけない。ダメ絶対。

「い、一体何が!?も、申し訳ございません、急に馬車の音がしなくなったので慌てて止めてしまいました。お怪我はありませんでしたでしょうか?万が一のことがあればどうか私の首1つで・・・」

 従者のおじさんが物凄い悲壮感に溢れる表情で小さくなりながら言った。

 大変申し訳ないことをしてしまった。思いついたらすぐにやってしまうこの癖を何とかしないと。まずは思いついたら相談だ。

「いいえ、謝るのは私の方です。驚かせてしまって申し訳ありません」

 頭を下げた俺を見て従者はキョトンとしている。まあ、その反応も仕方ないか。普通の貴族は平民には頭を下げないからな。まあ私、普通じゃないんで。

 従者に馬車を浮かせたと話したら大変驚かれた。こんな重量物を浮かすことができるのか、と。そんなに驚くことなのかと思っていたら、普通のレビテーションは人一人を浮かせるので精一杯であり、馬車なんてとんでもない!と言われた。逆になぜ誰も驚かないのですか?と言われた。そりゃ、いつものことなので・・・

 気を取り直して、馬車はまたゴトゴトと湖に向かって走り出した。

「シリウス様」

「ごめんなさい。次からは必ず相談します」

「よろしいですわ」

 ううう・・・すでに尻に敷かれているような気がする。どうしてこうなった。

「馬車を浮かせるのはダメだったね。それじゃ軽くしてみる?」

 フェオもこのうるさい揺れには思うところがあるようだ。次の一手を提案してきた。

「軽くするか~、どのくらい?」

「う~ん、木葉ぐらい?」

 首を傾げてそう言った。木葉くらいか。風に舞う木葉くらい・・・

「それって、風が吹いたら危ないのではないでしょうか?」

 どうやらクリスティアナ様も同じ考えに至ったらしい。確かに危ない。ある程度の重量は必要だ。それなら揺れはあまりおさまりそうにない。

「風に飛ばされるでしょうから危ないですね。そうなると魔法で何とかするのは難しそうですね。それに魔法で解決するとみんなが利用出来ないかも知れません。それだとちょっと。やはり馬車自体を改良した方が良さそうですね」

 魔法だとちょっと爵位を上げて貰うのには物足りないかも知れない。多くの人が恩恵を受けるものを発明すれば、注目もされ、評判も上がるはず。

「うふふ、ほんと、シリウス様はみんなのために動くのがお好きですわね。それで、何かいいお考えでもあるのですか?」

 決してバカにしているわけでもなく、むしろ逆にどこか嬉しそうに笑った。本心はある意味自分の目的のためなので、ちょっと心が痛い。だが、みんなのためになるのは確かだろう。

「幾つかはありますが、すぐにはちょっと難しそうですね。あ、そろそろ湖に着く見たいですよ」

 馬車の窓から見える景色が急に開けた。

 そこには日の光を受けて静かに揺れる美しい湖があった。湖にはいくつものボートが浮かべてあり、奥に目を向けると対岸の木々が見えた。どうやらそれほど広くはないようだ。

 湖からの涼しい風が吹く湖の畔をいつものようにクリスティアナ様とエクスと手を繋いで歩く。フェオは頭の上に覆い被さっている。歩く気はないようだが、そういえばフェオが歩いている姿は見たことないな。

 こうしてのんびりと過ごすのも悪くない。朝早くから来たこともあり、俺たち以外に人気はなかった。

「ねえ、帰りは馬車に乗らないで飛んで帰ろうよ~。その方が早いしさ」

 思った以上に馬車での移動には辟易している様子。しかし、空を飛んで帰ると目立つかもしれないしなぁ。どうしよう。

「瞬間移動で帰ればいい」

「瞬間・・・?」

「・・・移動?」

 ピタリと動きを止めたクリスティアナ様とフェオがこちらを向く。ちょっとエクスさーん!それになんでこんな時だけ二人は息がピッタリなんだよ。

 冷や汗をかきながら俺もエクスを二人と同じようにエクスを見た。

「?瞬間移動が使えるってマスターが言ってた」

 何でこっちを見るの?とエクスが首を傾げている。どうやら悪気はないようだ。特に口止めをしなかった俺が悪いのか・・・

「あー、いや、えっと?」

「えっと何よ?」

 フェオが半目で睨む。クリスティアナ様もまたか、と呆れた様子で同じ目をしていた。それに気がついたエクス。

「ごめんなさいマスター。内緒だった。どんな罰でも受ける」

 そう言ってエクスは目の前で脱ぎ・・・ださせねぇよ!服を脱ごうとするエクスを慌て止めた。何で脱ぐんだ?ひょっとして俺、そんな趣味があると思われてる?脱げなんて言ったことないからね?

「ちょっと待った!脱がなくていいから。別に罰とかないから、ね?」

「そう?」

 エクスは残念そうな顔をしている。何で!?そんなに俺の前で脱ぎたかったの?クリスティアナ様とフェオは白い目でこちらを見ていた。

 なんだろう、未遂なのに罪悪感を感じてしまう。

「あー、えっと、瞬間移動という魔法がありましてね?それを使えば一瞬で家まで帰れるんですよ」

「そんな魔法、聞いたことありませんわ」

「うん。聞いたことないね、そんな魔法」

「・・・じゃあ、また?」

「うん。また、だね」

 二人の視線のレーザービームが痛い。ううう、だってやってみたらできたんだもん。仕方ないよね?と言い訳してみたが益々呆れられただけだった。

「一瞬で家に帰ったら余計に目立つだけですわ。瞬間移動で帰るのは却下ですわね。ところで、何故エクスが脱ぐのは止めるのに、私の時は止めないのですか?」

 後半の怒りを含んだ声にビクッとする。

「あれはほら、フェオの可愛い悪戯でしょう?クリスティアナ様がいきなり脱ぎだしたらちゃんと止めますよ、多分」

「多分・・・?」

「絶対止めます」

「なるほど、いきなり脱がせれば」

「フェオさん?」

「ヒエッ!ご、ごめんなさいもうしません!」

「よろしい」

 どうやらフェオもかなりクリスティアナ様にビビっているようだ。気が合うな、俺もだよ。

「確かに、飛んで帰りたくなる気持ちも分かりますわ。私もお尻が痛くなってきましたもの」

「屋敷に戻ったら馬車を改良してみましょうか。それなら大丈夫でしょう?」

 魔法は駄目だが、既存の物を改良するくらいは許されるだろう。魔方陣まで組み込むのはちょっと考えないといけないかも知れないけどね。

「先ほど言っていたお話ですわね。馬車の改良くらいなら大丈夫なのではないでしょうか?あ、でも、どのようにするかくらいは教えて欲しいですわ」

「いいですとも!私の考えが常識の範囲内なのかをぜひ教えて下さい」

「クリピー、責任重大だね。シリウスが普通の物を作るとは思えないからね」

「が、頑張りますわ」

 なんだか嫌な方面で信頼されている気がする。すでにクリスティアナ様の顔色が悪く見えるのは気のせいだろうか?

 エクスはさっきの失言を気にしているのか、俺の腕にベッタリとくっついている。別に気にしていないのだが、柔らかくて何だかいい香りがするのでそのままにしておいた。一枚の布を挟んで感じる感触。・・・パンツは穿いてるよね?

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