第42話 脱げばいいじゃん

 心地よい気候であった春も終りが見え始め、木々の緑が増していくとともに、王都は日に日に暑さを増していた。

 石畳がどこまでも続く王都の道は、馬車や人の往来には向いていたが、夏の暑さには不向きだった。更には風の通りも悪く、王都の夏は暑いと言うのが専らの評判だった。

 そのため、夏真っ盛りになると多くの貴族がこぞって避暑地へと向かいそこでお金を落とす、という地域活性化に一役買っていた。

「暑いですわ」

「だったら洋服脱げばいいじゃん」

 初夏というのに早くも溶けそうな様子のクリスティアナ様に向かって、フェオが節操もなく言った。

 やや太っていた頃の名残だろうか、クリスティアナ様は暑さに弱かった。そのためすぐに音を上げていた。

 だが、その気持ちが分からなくもない。日本と違ってじめじめしていないだけまだマシだが、これからどんどん暑くなるのかと思うと、ちょっと憂鬱になった。

「服を脱ぐだなんてはしたないこと、できるはずがありませんわ。できるのならば私もフェオみたいに半袖に足の出た格好をしたいですわ」

 はぁ、とため息をついた。

 貴族の女性にとって、必要以上に肌を見せることははしたないことに分類されていた。

 一方、そこにカテゴライズされていないフェオは、そんなことにはお構い無しに半袖、半ズボンだった。

「この部屋にはあたし達しかいないから、そんなの気にしなくて大丈夫だよ。えいっ!」

「わわっ、手、手が勝手に!?フ、フェオ、やめて下さいませ!シリウス様、とめて下さいませ!」

 見かねたフェオが何やら魔法を使ったようだ。クリスティアナ様は次々と服を脱ぎ出した。

 ・・・どんだけ服を着てるんだ。それだけ着ていたら、そりゃ暑いわな。

「シ、シリウス様ッー!!」

 下着まで脱ぎ始めたところで怒られた。慌ててフェオをとめた。

 先ほどよりも薄手の服に着替えさせたクリスティアナ様は、白い両腕が肩から出ており、スカートは膝下の涼しげな格好になっている。

「始めからこの服着れば良かったじゃん」

「・・・シリウス様、何故このような肌の出ている服をお持ちなのですか?」

「え?クリスティアナ様が着たら可愛いかなと思いまして、こんなこともあろうかと作らせておいたのですよ。無駄にならなくて良かった」

「ソウデスカ」

 これは、完全に呆れられている。決してスケベ心から作ったわけじゃないのに心外だ。

「何とかしないと、これ以上暑くなったらクリピーが裸になっちゃうよ?」

「え?私が裸になる前提ですの!?」

「う~ん、それもいい・・・いや、良くないな~」

 クリスティアナ様にキッと睨まれた。怖い。

 確かにこれからは更に暑くなる。そのうち避暑地に行くことになるとはいえ、それまでは暑さを何とか凌がなくてはならない。

 貴族は使用人に氷を作らせて部屋を冷やしたり、冷気の魔法を使わせたりしているが、氷を作ると湿度が上がり過ぎてじめじめして不快になるし、冷気の魔法は絶妙な温度の冷気を出せる人がほとんど居ないため、実用的ではなかった。

 あと、どちらも魔力を使うため、長時間維持することは出来なかった。

「そういえば、冷却の魔方陣が刺繍として残っていたな。あれをアクセサリーに付与したら涼しくなるかもしれない。暖める魔方陣の反対バージョンだね」

「おお!それはいいかも。アクセサリーならあたしも使えるしね」

 補助系の魔法を付与したアクセサリーは幾つか作ったが、状態変化を付与したアクセサリーはまだ作ったことがなかった。丁度いい機会だし、試してみよう。

「またシリウス様が規格外の物を作り出さないか、心配ですわ」

 失礼な。まともな物だって作りますよ。たまには。

「じゃあクリピーは裸になりたいの?」

「フェオ、裸になっているときに誰か来たらどうするつもりですか?」

「それってさ、シリウスの前ならいいってことだよね?」

 バッチリとクリスティアナ様と目と目が合った。すぐに顔を反らされたが、その顔は赤かった。どうやら満更でもないようた。って言うか、お風呂に一緒に入っているし、今更だよね?

 その辺に転がっていたミスリル鉱石をペンダントの形にクラフトの魔法で形成し、魔方陣を描いた。

 宝石などは付けておらず、シンプルに魔方陣を模様のように彫り込んだ。幾何学模様が美しいプレート状のペンダントトップが出来上がった。それをチェーンに通せば完成だ。これなら規格外な代物にはならないだろう。

「できた。さあ、どうぞ」

「呆れるほどあっという間に作りましたわね。幾何学模様が美しいですわ・・・って、ミスリル製ですの!?そんなにホイホイとミスリルを使うのはどうかと思いますわ。一応は滅多に手に入らない希少金属ですのよ?」

「いや、そこに転がっていたから、これでいいかな、と・・・」

「普通は転がって居ません。全く、どうすれば常識を教えられ・・・って、あれ?本当に涼しいですわ。ひんやりとして気持ちがいいですわ。これが冷却の魔方陣の効果ですのね」

「あたしも着けてみたい!」

「着けたい」

 三人娘は代わる代わる交代でペンダントを着けて、使い心地を確かめていた。特に問題はなさそうかな。

「このペンダント、少しずつだけど着けてる間、自分の魔力を消費する。魔力が少ない人には向いてないかも?」

 エクスが首を傾げながら貴重な意見をくれた。付与されたアクセサリーの魔力の供給源は装着している人の魔力。俺達は魔力が多いから気にはならないが、一般人向けではないのかもしれない。それに素材をミスリルではなく銀などにすれば、当然、魔力の変換効率も悪くなり、余計に魔力を消費することになる。

「ペンダント型は魔力の高い人向けだね。それに、着けている人は涼しいけど、部屋は暑いままだもんね。部屋自体を冷やす方法を考えた方がいいかもしれないね」

 前世でいうところのクーラーのような物があったらいいな。冷たい空気を送り出して部屋全体を冷やすのだ。ヒートポンプを再現するのは難しそうなので、ここは何でもありな魔法で何とかできないものか。

 そうだ、風を吹き出す魔方陣に冷却の魔方陣を組み込んでみてはどうだろうか。そうすれば冷たい風が出てくるかもしれない。浄化水の魔方陣を作ったように。

 ちなみに風を送り出す魔道具はすでにあったので、この魔道具の魔方陣を入れ替えればすぐにできるはずだ。

 早速、カリカリと魔方陣を書き換えた。前回、魔方陣を改良した経験が活きたのか、短時間で新型の魔方陣、その名も冷風の魔方陣が完成した。

「よし、できたぞ。早速これを送風の魔道具に組み込んで・・・」

「何ができましたの?」

 フェオとエクスと一緒にネックレスを着け合っていたクリスティアナ様が俺の呟きに気がつき、聞いてきた。

「この魔道具の魔方陣を改良してみました。これで少しは過ごしやすくなるかもしれません」

 送風の魔道具をポンポンと軽く叩きながら言った。いつの間にそんなことを、と半目で見られたが、頬っぺたをムニュムニュしてあげると機嫌が直った。

「せ、せっかくなので、試しに使ってみませんか?」

 頬を赤くしたクリスティアナ様が早口でまくし立てた。

「クリピーだけずるい。あたしもムニュムニュして欲しい」

「マスター、私も」

 二人も同じようにして欲しいとねだってきたのでムニュムニュしてあげた。どちらも幸せそうな顔だった。

 ひとしきりムニュムニュした後、改良した魔道具の説明に入った。

「この魔道具は風の変わりに冷たい風を送り出す魔道具、その名も冷風機です」

「まあ、冷たい風を送り出す魔方陣があったのですね!」

「いえ、なかったので作りました」

「またですの!?」

「ねぇ、この上の沢山のボタンは強さを変える用のスイッチ?」

「見た目は同じ?」

「上のボタンは強さを変える用のスイッチだよ。寒すぎるのも体に良くないからね。ある程度は調節できるようにしてあるよ。見た目が同じなのは、送風機を作る設備をそのまま流用するためだよ。今ある設備をそのまま使えれば早くたくさん作ることができるからね。それじゃ、スイッチオン!」

「ポチッとな!」

 フェオに合図を送ると、ノリノリでボタンを押してくれた。ほどなくして冷たい風が吹き出してきた。窓を開けていると部屋が冷えないので、窓も閉めてもらった。

「お、涼しくなってきた!今度は部屋がそのまま冷たくなるのね。これならみんな一緒に涼しくなるわね」

「ん、これなら魔力がない人でも涼しくなる」

「そうですわね。これなら国中の人が恩恵を受けられますわ。素晴らしい魔道具ですわって、寒っ!フェオ、冷たくし過ぎじゃないですか!?」

「いや~、一番強くするとどのくらい冷えるのかなと思ってさ~って、クリピー!なにシリウスに引っ付いてるの?ずるい!」

 急な寒さにビックリして俺にピッタリと引っ付いてきたクリスティアナ様を見たフェオも、同じくピッタリと引っ付いてきた。エクスも引っ付いてきた。・・・いや、その前に魔道具止めればいいんじゃないかな?

 身動きが取れなかったので、念動の魔法でスイッチを切った。最大出力を出す必要性はないのでこのボタンは削除だな。

 その時、トントンとドアをノックする音がした。あれ?誰か訪ねてくる予定があったかな、と思っている間に使用人がとりついでくれた。

「先ほどから騒がしいけれども、また何かあったのかしら?って、寒っ!それにどんな状況なの!?」

 ちょっとうるさくし過ぎたようだ。お母様が様子を見にいらっしゃった。

 お母様に言われて、はた、と自分の置かれている状況を見た。

 寒さに震えたクリスティアナ様、フェオ、エクスが俺の両腕と顔にくっついている。

 あまり誉められた状況じゃあないね。

「シリウス、貴方、何て服をクリスティアナ様に着せているのかしら?」

「え?」

 明らかにお怒りな様子の声にクリスティアナ様を振り返った。うん、涼しげで、可愛い服だが、貴族としてましてや王族としてはアウトかもしれない。本当に貴族は面倒くさいな。

「ち、違うのですわ、お義母様。私が暑かったのでシリウス様が作ってくださった涼しい服に着替えただけですわ!」

「そうそう!本当は裸にするつもりだったけど、この服で済んだんだよ!」

 何故かお母様にビビった二人がフォローしてくれようと必死になっていたが、逆効果のような気がする。

「シリウスが作った?シリウスがクリスティアナ様を裸に?」

 いや、ちょっと待った。クリスティアナ様を裸にしようとしたのは俺じゃなくてフェオだ。俺は無実だ。

「シリウス、後で私の部屋に来るように」

「・・・はい」

 冷風機の魔道具は飛ぶように売れた。

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